SF桃太郎

@smi2le

第1話「ドンブラーコ・ドンブラーコ」と奇怪な音を発する球体

メインチャンネルを空の色に合わせたおじいさんは、30年前に購入したレーザー式電動鎌「緑一色」を手に取ると、未だゴーグル越しの拡張現実で、アラン・ドロンと異国の噴水でデートをしているおばあさんを尻目に家を出た。


全世界の責任を押し付けられそうな、黒い粉塵がひらひら舞い落ちる、どんよりとした空を見上げてため息をついたあと、空調機付きマタギベストのダイアルを「春」に回すと、穏やかな暖かさがおじいさんを包み込んだ。


いつものとおり、山(と昔は言われていた)の中腹に付くと、炭化したような色の草をレーザー式電動鎌で刈り取り、ガラスの容器に一つ一つ丁寧に入れていく。


ポケットの中から測定装置を取り出すと、装置に付属されているピンク色の液体を先ほど取ったガラス容器にピボットで入れる。

2、3回振ると液体が灰褐色に変わり、容器を装置に突っ込むと、スキャンをはじめ、埃まみれのひび割れたディスプレイに「否」と表示された。


「否」の表示はもう30年も続いている。


その頃、アラン・ドロンとのデートを終えたおばあさんは、ゴーグルを取り外した後の現実に辟易していた。


ホログラムで外見こそ立派な内装をしているが、一旦電源を落としてしまえば、分厚いコンクリート造りの小屋である。

もう一度、拡張現実の世界に戻ろうかとも考えたが、薬の残量も少ないので、仕方なく水質調査に出かけることにした。


「調査をしなくても結果なんて解りきっているわよ。こん畜生」と、たかをくくって30年。結果は覆されたことはない。今日も過去の幾千日と同じ結果、同じ光景、そして同じ空の色だった。


ただひとつ、川の上流から奇怪な球体が流れてきたことを除けば。


その鉄球のような重苦しい図体をした球体は、微弱な音量で「ドンブラーコ・ドンブラーコ」とマイナー調のメロディを流しながら、大事な時に必ずポケットの手前で止まるナインボールのように、おばあさんの前でピタリと止まった。


「こういう場合は何か嫌なことが起きるに決まっている」という女の勘が、おばあさんを後ずさりさせる。

そのまま鉄球を刺激しないように、ゆっくりと後退を続けたのだが、少し離れるごとに、鉄球はおばあさんの方に転がって来る。


一定の距離を空けて付いてくる珍奇な球体に、恐怖と少しの面倒臭さを感じながら、気付けば家は目前に迫っていた。


家の中に入ったところで、面倒くさい球体はその場に留まり、動かなくなったのだが、未だに「ドンブラーコ・ドンブラーコ」という気持ちが悪い、人を非常に鬱屈とした気分にさせるマイナー調のメロディは流れ続けていた。


一方、「否」の字を見てから、しばらく近くの岩に腰を下ろし、何の面白みもない空を眺めていたおじいさんは、「よっこらセプテンバー」とか言いながら、ゆっくりと腰を挙げ、人格まで一緒に出ていきそうなため息をついて家の方に足を向けた。


「婆さんはちゃんと水質調査に行っただろうか? あれをやらんと今度はもっと僻地に飛ばされる」


と小声でぼやきながら、今朝方アラン・ドロンとデートをしていたおばあさんの半開きの口を思い出していた。死にたくなった。


ようやく家に着くと、家の前には鉄球のようなものである。


「こういう場合は何か嫌なことが起きるに決まっている」と長年の山暮らしの勘が伝えた。


「婆さん。ありゃなんだ?」


と家に入るなり不安そうな表情をしたおばあさんにおじいさんが訪ねる。


「知らないよ! 勝手に着いて来たんだからね! 気味悪くて仕方ないよ!」


どうやら一人ではなくなったために安心したのか、虚勢を張るくらいの気力は戻って来ているようである。


「早くなんとかしておくれよ!」


「何とかしろ」と言われても、長い人生で珍妙なメロディを流す鉄球のようなものを何とかした経験は皆無である。


「何とかしろって言われてもなあ、とりあえずぶっ壊すか」


と、ホログラムのスイッチを切り、数秒前まで大量の灰を讃えていた囲炉裏があった場所にある取手を引き、床下収納から対戦車擲弾発射器「サッチモ」を取り出し、肩に担ぐと外に出て、照準機を引き出して鉄球のようなものに狙いを定めた。


すると、今までクソのようなメロディを無礼に垂れ流していた鉄球のようなものが煌々と光を放ち、周りの空気が振動し、ついには空間にヒビが入るように、ぱりぱりという音がしはじめた。


おじいさんはあまりの光量に目がくらみ、しばらく目の前を青い点や、赤い点が浮かんでは消えて行った。


ようやく光がおさまり、目が馴れてくると、そこには鉄球の姿はなく、全裸の成人男性が立っていた。


「こんにちは、おじいさん。僕はC42型レプリカント、ピーチ・ジョンです」


その全裸の成人男性はまた随分と透き通る声でおじいさんに自己紹介をした。


続く。

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