二章 長月との決戦
用心棒として
空を見上げれば、雲一つない蒼が広がる晴天。昼過ぎて太陽の光がもっとも暑く照り付ける——
墓川軍は、辺りが良く見える平原にて、岩陰に身を隠し、長月の兵を待ち伏せていた。
「長月の姿が見えました! 敵の数は四人、真っ直ぐこちらに向かって来てます!」
兵の一人が大きな声で報告をあげる。
「一の隊、構え!」雪定が大声で叫び、好機を伺った。
墓川の兵が二列に並んでおり、先頭の一列が、馬に乗った長月の兵に向けて矢尻を引く。そこへ小夜が、静かに前へと現れ、矢の軌道を遮った。
「あれは戦鬼姫? 打ち方止め!」
雪定の合図により、墓川の兵は矢先を地面へと向ける。馬に跨る長月の兵は、前へと躍り出た小夜を囲んだ。
「へっへっへ! 女ぁ! 一人でのこのこやってくるとは!」
「とんだ所にいる秋の虫!」
「飛んで火に居る冬の虫だろう?」
「春の虫ではなかったか?」
小夜は、小さく息を吐くと抜刀。一瞬にして、周りを囲っていた四人を
「夏の虫は貴様等であろう?」
納刀が終える音が平原に響く。
その姿を見た墓川の兵は、開いた口が塞がらなかった。
◇◇
「若、御話したい事があります」
雪定は、平原での一戦を終えた後、昼食である握り飯を食べている宏次の前に来るなり、正座にて座り込んだ。
「いきなりどうした?」
「戦鬼姫の事です」
「小夜がどうかしたのか?」
「あの女は危険です!」
雪定は、ぴしゃりと言い放った。
「そりゃあ、先日まで敵だったから、まだ慣れないのは解るが、あいつは寝返ったりはしないと思うぞ?」
「寝返りの話をしているのではありません。小夜殿の行動についてです。勝手に前に飛び出すは、策を事前に説明しようにも、「お前達の話は退屈だ」と言って、どこかへ行ってしまうわと、あまりにも勝手が過ぎます」
雪定の言葉に、宏次は耳が痛くなってきたか、宏次は、手に持っている握り飯を口に放り込んでは、小指を耳に入れて、耳の中の掃除をし始めた。
「はっきり申しますと、小夜殿は強い。これは間違いはありません。しかし、それは一対一の話です。雑魚ならば複数が相手でも通りますでしょう。ですが、この間の森の一件。相手が百人であろうと、立ち向かう姿勢。真に素晴らしい心構えではありますが、無謀というもの。自信過剰に過ぎます」
「いいんじゃねぇか? 勝てているんだし」
「我等の配下に示しが尽きません。『宏次様は女には頭があがらない、将来は尻に敷かれる』との話題で持ち切りです」
「誰だ? そんな事を言っているのは」
「中には、『女に手柄を横取りされる等、武士として恥だ』と言って自害しようとするような者も」
「心が弱すぎるだろう」
「墓山家よりお借りしている兵を無下にするものならば、この私、腹を掻っ捌く他ありません。若の方から、小夜殿に言ってください」
「雪定、お前の言いたい事はわかった。小夜に関しては俺に任せろ」
昼食を取り終えた宏次は、小夜の元へと足を運ぶ様に陣を出た。
◇◇
「それで? 私は前へ出なくても良いのか?」
木陰の中、木に背中を預けていた小夜に、宏次は声を掛けていた。
「小夜、お前には俺の用心棒を頼みたい。お前の腕を見込んで、俺を守ってくれないか?」
「……ふむ、承知した」
小夜は、少し不満を残していた顔だった。用心棒というのは、護衛であり、刀を振るう機会が減る。自分のやりたい様に出来ないと言うのは、退屈になるだろうと、小夜は思った。
「敵襲!」そんな折、長月の兵が迫る報告が上がる。
「よし行くぞ小夜! 後ろに乗れ!」
宏次は黒い馬に跨り、小夜は言われた通り、宏次の背中へと縋る様に馬に乗る。そして、宏次は馬の腹を足で軽く叩いては、声が上がった方へと馬を走らせた。
「一の隊、構え! 二の隊、備え!」
地を駆ける宏次は、二列に並び、弓を構える墓川兵を横目に通り過ぎ、敵兵の元へと一直線に馬を走らせる。
「うおおおおぉぉぉ!!!!」
宏次の馬は駆ける。長月の騎馬兵を、斬り伏せては止まる事無く、駆け続ける。正面の敵は宏次が、横から攻めてくる敵には小夜が対応し、それは見事な連携だった。
遠くから雪定が、将自ら斬り込む姿を見て、大きな溜息を零した。
◇◇
「いいですか? 戦とは、一人で多数を相手にするものではありません! いかに、有利な態勢に立ち、安全に勝星を取るか。無策で突っ走る等、愚の骨頂……聞いてますか?」
陣に戻った雪定が、正座をしている宏次と小夜に対して、戦とは何かを説いていた。
「わかったわかった」と宏次は宥める声を掛ける。
「本当にわかっておられるのか……若にもし何かあれば、宏政様の前で腹を掻っ捌く他ありません!」
「敵襲ーーー!」そんな折、またもや長月の兵が迫る報告が上がる。
「二人はそこで待っていて下さい! いいですね?」と、雪定は、二人を静止させ、更に念を押した。陣から出る様に幕を開いて、兵を待機させてある場所へと赴く。
「敵は一人、こちらに向かってきます」
墓川軍に迫って来る一人は、まず頭を被せている
「見た所、
雪定は、矢の射程範囲に敵が足を運ぶのを待っている。そして、好機が訪れると手を前へと振る。
「放て!」
一斉に矢が放たれる。しかし、籠を被った者は、放った矢を全て弾いて見せた。
「防がれた!? 一の隊しゃがめ! 二の隊、構え!」
その時、籠を被った虚無僧は、手に持つ刀を地面に突き立てた。突如、地が強く揺れ、地割れが地中を走り、墓川軍へと向かっていく。足場が崩れて、墓川軍は一斉に列を乱して体勢を崩してしまった。
「……なんと!? これは、妖刀使いか?」
墓川軍は一斉に、崩れた体勢を整える。だが、虚無僧は雪定の目の前にまで迫っていた。雪定の眼前に切っ先が向けられていた。
「墓川軍だな? 将の所へ案内をしろ」
「我が将を売るような真似はできません。貴方と刺し違えてでも守って見せます」
「ならば死ね」
弓を構える雪定に、虚無僧は刀を振り上げる。至近距離の中、雪定は見定めて、虚無僧の心臓目掛けて矢を放った。だが、身体に突き刺さる直前、矢を掴み取られてしまった。
振り下ろされる刀に、雪定は生を諦める様に目を瞑った。
そんな時、刀が重なる音が平原に響き渡った。開かれた雪定の目には、虚無僧の刀を受け止める、馬に跨った宏次の姿があった。
「凄い音が聞こえたと思ったら、これは一体何事だ?」
「若!」
宏次は、虚無僧の刀を突き飛ばす様に押し退ける。そこへ、小夜がすかさず虚無僧の間合いに近付き、背中を横目に走り抜く。同時に振り返り抜刀。虚無僧の肩を斬りつけては納刀を終えた。
「
だが浅い。小夜の一振りを見抜き、咄嗟に躱して致命傷を免れている。
「お主が戦鬼姫か? 随分と若いな」
「貴様も只者ではないな?」
対峙する虚無僧と小夜。その間を宏次が割って入る。
「見た所、長月に雇われたか? 名を何と言う?」
「不要。名を捨てた者だ。
「顔を見られたくないというのは落ち武者か?」
「そう思ってくれても構わぬ。貴様の首をよこせ」
虚無僧の言葉に、宏次は神戌を抜く。その前を、小夜が歩き、宏次に振り向いた。
「宏次殿。ここは私一人に任せてはもらえないだろうか? 多勢に無勢というのは正直気が引けて仕方ない」
「自信はあるのか?」
「言わずもがな」
「……いいだろう。小夜、お前に任せる。この一戦、兵には一切の手出しはさせないようにしよう。だが、負ける事は許さぬ。必ず勝て」
納得した顔を浮かべて、小夜は虚無僧に振り返る。
「それでよろしいか?」
「
「私に勝ったのなら、お主一人で、墓川軍百人が相手も可能であろう? 私に勝てたらの話だがな?」
「よほど腕に覚えがあると見える。
小夜は腰を落として刀を構える。対する虚無僧は刀身を向けて構える。小夜の背丈は低いが、虚無僧もまた小夜と変わらぬぐらいの背丈をしていた。
「小夜殿、お気を付け下さい。そいつは地を割るほどの凶悪な妖刀を持っております」
雪定が、小夜に対して言った。
「我が
「地を割ろうが、当たらなければ意味はあるまい」
静かな間。二人の間に風が吹き、止まった。
それを開始の合図とした小夜は、勢いをつけて村雨を抜刀し、水の刃を虚無僧に飛ばした。
「ぬぅ!?」
虚無僧は避けきれず、被っている籠の下部を斬り裂かれ口元が露になった。その怯んだ所に小夜の刀が振るわれる。
虚無僧は刀で小夜の刀を受け止める。小夜は鍔迫り合いを避ける為に、虚無僧の刀に当てると同時に押し、突き飛ばす勢いで体勢を崩させた。間合いが生まれ、村雨を納刀し、もう一本の刀を抜刀し、逆袈裟切りを決める。
「つ……強い!」虚無僧は、思わず呟いた。
「そのような籠を被って、私の相手が務まるか?」
「そうだな」
虚無僧は籠を脱ぎ捨てる。細い目に高く伸びた鼻、茶色の髪を後頭部に集めて
「某は、
「遠慮はいらん。存分に参られよ」
弥一は、小夜に飛び掛かる様に宙を浮き、刀を振り下ろした。小夜は、抜刀し弥一の一撃を受け流した。弥一は、大振りな一撃にも関わらず、振り下ろした直後に、もう一撃強い切り上げを放ち、小夜の手に持つ刀を飛ばした。
先刻とは立場が逆転した。弥一の戦い方は、背の低さに敵った、素早い攻撃を武器としていた。
対して、小夜は村雨の柄を手にする。
弥一は、小夜に息もつかせず、間合いを超えて剣戟を叩き込む。小夜は、村雨を鞘に納めたまま受け続ける。
二人の戦いを見届ける墓川の兵達は息を飲んでいた。剣豪と剣豪の戦い。戦鬼姫も強いが、この弥一と言う男も相当強い。墓川の兵には、この二人と肩を並べられる刀の使い手は宏次も含めて居ないのである。
「手こずっている様ですね」
雪定が宏次に対して言った。
「村雨は鞘から抜くと不運を寄せる。弥一とか言う男の動きの速さに抜刀ができないのだろう」
「小夜殿が負けたらどうするおつもりで?」
「心配はいらん。目を見ればわかる」
その小夜の目は、凛として輝いていた。この苦境の中、怯えの色一つ見せてない。それに比べて弥一の顔を焦っている。弥一は分かっているのだ、攻撃の手を緩めれば反撃が来ると。
「どうやら、あの石九十とか言う妖刀も、刀身に当てただけでは鞘一つ壊す力は無いようだな」
弥一は、激しい動きの繰り返しにより息を荒げていた。仕切り直す為に間合いを離れる。だが、小夜はその間合いに詰め寄り、鞘に納めたまま柄頭で弥一の腹に強く打ち込んだ。
力を無くして、弥一はその場で膝を折って座り込んだ。
「そこまで。勝負有だな」宏次は、声を上げて戦いに幕を引いた。
その声に小夜は、弥一に背を向ける。
「ちぃっ!」
弥一は地に刀を突き刺し、地割れを引き起こした。その場にいた者全員が、その揺れに耐えきれず、地に手を着き、馬に乗っていた宏次は、驚いて暴れる馬から転げ落ちた。
「刺し違えてでも! 将よ覚悟!」
弥一は、宏次の元へ真っ直ぐ駆けだす。
転げ落ちて尻を地に着けた宏次は、慌てて立ち上がろうとするが間に合わない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます