家族という塩
七星(ななほし)歩(あゆむ)
カオス
塩が必要だ。私は朝の忙しい時間。調味料用につくられたステンレス製の棚の上をじっと見る。やっぱりない。そうだ。昨日の薔薇の花を落としたときに、塩も?頭の中で記憶の渦が波のように押し引きを繰り返し、やはり塩は落としていない、と断定する。昨日のことだ。覚えていないはずがない。私はパートナーに、塩はないか?と聞く。彼は、眠そうに寝癖ぼさぼさの頭をかきながら、あくびをかみ殺している。私は彼の頭を叩くと、パートナーは抗議の声をあげたが、私は素早く彼の言葉が出ない間に、再び質問をする。つまり、「塩はないか?」だ。
愛結羅木カナメのパートナーである僕。確かにパートナーだ。一緒に住んでいるという意味では・・・・・・。ただ、世間一般にいうような恋愛関係ではないらしい。最初、彼女が僕に一緒に住むのを提案した日を思い出す。彼女は買い物袋を下げて、立っている。その頃、僕らはごく普通の関係だったように思う。それは、もっとも、多くの人からみればズレているのかもしれないが・・・・・・。とにかく僕らはパートナーじゃなかったんだ。要点はそこだ。買い物袋に穴があいていた。カナメさんはよく自転車のカゴに買い物袋を引っかけるのだ。ビニール製の袋だから、カゴの材質にかかれば、ひとたまりもない。なんといっても、かたさが段違いなのだ。そんなわけで、僕は冷静に彼女に言ったはずだ。「買い物袋破れてるよ」いや、違うか。ちょっと違ったな。「君の心破れてるよ」なんて、言ったっけ??確かに僕の頭はどうかしていた。でも、彼女はもっとどうかしていた。「じゃあ、あなたがしっかりふさいでね」と目も合わせずに言い放ったのだ。僕は、どういう意味か理解するのに、10秒は必要だった。とにかく、そうして、なんだか僕らの間に赤い糸ならぬ、ビニール製の糸が結ばれたのだ。
私は塩を見つけた。やっぱり彼が隠していたのだ。私のパートナーは物を隠す癖がある。それ自体、普段はどうってことないのだ。私は長年かかって、彼の隠しそうなところを知り尽くしているのだ。さらには、少し聞いてしまえば、より時間を短縮できる。彼は隠した場所に視線を走らせるのだ。ありがとう。ありがとう。もうわかったよ。そんな調子で塩は見つかった。これで塩のきいた卵焼きができるはずだ。砂糖などいれない。私はそんな軟弱者ではないのだ。もっとも彼は未だに、お母さんの甘いチョコレートが好きらしい。でも、私は徹底して、辛いものをつくる。これは、一種の反抗かもしれない。遅咲きの反抗期なんて、ちょとかっこいいね。何してる!!何してる!!私はパートナーを見る。彼はフォークで卵焼きを食べている。「物事には、変化が必要なんだ」彼はどうしてしまったのだろう?もっとも昔からちょっと変なやつではあった。しかし、私と暮らしてから、脳の爆発が寝癖なみにひどくなっている。
僕とカナメさんはお互いに年を知らない。だって、僕らは役所に婚姻届けを出すとか、子供を産んで戸籍を登録するとか、そんな必要はまったくなかったんだ。僕らは、お互いをまったく必要としていなかったけれども、2人が集まれば、奇妙な世界が、いつもあらわれた。それは、まるでスヌーピーの世界のようなね。そして、スヌーピーがチャーリー・ブラウンを泣かしているのを君らは見ることになるさ。どっちがブラウン?僕さ。いつだって、彼女は強い。カナメさんは、やっぱり名前に負けていないすごい人なんだよね。でもって、僕らはどうでもいいことをあれこれ話し合っている。子供が生まれたら、どこの部屋に寝かせるか?子供なんてできっこないのにね。不思議なもんだよ。でも、そういう家族ごっこが楽しかったんだろう。それから、カナメさんは、両親とたまに電話するようになった。どうやらカナメさんの両親は孤児をひきとって育てているらしかった。「でもですね。私はたった1人の実の娘なんです」カナメさんは改まっていうときは、敬語になる。そんなカナメさんに罵倒される日々が、とてもいじらしい僕。とにかく、その孤児の1人を僕たちは引き取ることになった。それが、20年前のことだったろうか。
私はまだ5年しか彼と一緒にいないことに気づいてしまった。もう、どこにも行かないで!!と叫んだ夜は?ない!!断じてない!!彼は永遠に自由だ。私から離れるのも、私と一緒にいるのも。ただ、彼は今のところ私と一緒にいる。変化が大好きな彼が私と一緒にいる現状について考えてみる。どうやら私は変化しているらしい。しかも、とてつもないスピードで!!ベートーヴェンの第九の流れるリビングで、彼が隠した靴を取り出して、スイセンの香りを愛でる。梅の花が見たい!!私は突然家を飛び出した。飛行場は、とても混雑していた。「梅だ!!梅だ!!」多くの乗客が叫んでいた。その中に、やはり彼もいた。「感じたんだね?」彼の笑顔にいらいらする。「あ!!音楽かけっぱなし」私は、まわれ右をしようとする。パートナーは私の腕をつかむ。「何をする!!」私は彼の大事な部分を蹴り上げる。つまり、あの日ってことだ。
きっと梅を見に行ける人行けない人いたんだろう。僕が感じたカナメさんの思いは重い。とても大事な感覚なんだ。それを感じられるのは、このあたりの20人くらいだったろう。そう。彼女は、もう超能力を身につけてしまったのだ。やっぱりカナメさんは、すごい。僕の驚きを跳びこすように彼女は子供を連れて帰ってきた。20年前にひきとって彼女がひそかに育てた子供。名前をアレシと言った。どんな漢字を書くのか??と聞くと、彼女は、笑っただけで何も答えなかった。でも、僕は見てしまったんだ。カナメさんのバッグから『亜レ詩』と言う字がね。漢字とカタカナの混合なんて、誰が思いつくだろう?役所は受理してくれたのだろうか?いや、戸籍上の名前なんて、どうでもいい。きっとカナメさんは成長しない永遠の子供をこれからもずっと愛し続けるだろうな。
アレシを初めてパートナーに会わせたのは、10年くらい前だろうか?アレシは私の半径5mをぶらぶらするのが好きだったので、彼の記憶にはないのかもしれないが。あえて、私の子どもとは言わなかった。結局、彼は気づかないまま。いつだって、鈍感なので、頭を2,3発叩いておいた。本当に、このパートナーは変わるものが好きな癖に、自分だけは変わろうとしない。それが、無性に腹立たしくて、10針の怪我をさせたこともある。でも、それってつまるところ、愛情なんだ。私には、わかってしまったのさ。彼は生きて帰った。だから、私はアレシと喜んだ。祝賀パーティーもした。アレシは見事に道化者を演じてくれた。そのうち、アレシも殴りたくなった。それで殴った。アレシは何も言わない。ニコニコ笑っている。私は気づいた。この子は本当に私を親と思っている。この呪縛を解かせるには、パートナーが必要だった。でも、会わせるタイミングがない。アレシを引き取って、20年かかって、ようやく彼に会わせたとき、もう最後が迫っていた。明日世界は終わるはずだったのに・・・・・・。こんなときになって家族3人そろうなんてね。
アレシはまだ小さな子供だった。いつだってアレシは小さな人だ。まるで小人のような奇妙な態度。くりくりした目で一直線に空を射抜く。右手と左手が逆でも、僕はまだ彼を愛するだろう。だって、カナメさんの子供なんだ。僕はあるとき、アレシの首を絞めた。とても愉快だった。これが家族なのだ!!この愛が家族なのだ!!アレシは死んだので、僕はどうにかしたのだろう。アレシの亡骸はいつの間にかなくなっていた。カナメさんが、アレシを見つけた。アレシは生きていた。むしろ前より少し成長した姿で舞い戻ったのだ。「やあ」アレシは笑った。僕は、最初怖じ気づいていたが、「やあ」と返事すると気分が一気に良くなった。それから、僕らは3人でゲームをしたね。チェスと将棋と囲碁を全部あわせたようなやつさ。アレシが押し入れで考え出したんだ。さすがアレシだね。
家族という塩 七星(ななほし)歩(あゆむ) @tukuyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます