Ⅲ ドイツ人

 砲兵陣地での事件では、勇敢ないのしし武者である大佐の冷酷さが知れ渡った。彼は真の勇者だけど、その勇気には筋の通った冷酷な判断力、慎重さ、それに計算があった。

 三日後、彼が彼なりの戦略的計算にもとづいて、自分が攻撃した味方の砲兵陣地に平然と戻ろうとしたことからも、彼がサイコパスだと分かる。


 攻撃したときとは違い、「万歳ウラー」と叫ぶもの、意味なく仲間と乱闘するもの、おかしな騒ぎを起こすものは誰もいなかった。皆、ただ静かにそして愉快に話しをしながら土塁をよじ登り、砲兵陣地のそばに陣取ってすでに休息に入った気分でいた。その頭上に砲弾の雨が降り注ぎ、砲兵陣地から轟音が響き、兵士たちの半分に永遠の休息を与えた。


「ここで戦いを挑むとは間抜けな奴らめ!」

 大佐は叫んだ。

「ここは私の庭も同じだ。先日、戦ったばかりだからな」


「恐れながら申し上げます!」

 つつしんで僕は言った。


「僕の考えでは、すでに陣地は敵の手に落ちていると思われます」

「おそらく、貴様は正しいだろう」

 悩める剣豪は言った。


「奴らが陣地を攻略したのは何時いつだ? お前の言うとおり、慎重にやっても奴らに時間を与えるだけではないか! 私は以前のようにこいつらをまとめ上げ、大砲と肉弾で戦わねばならんのだ」


 その時、ドイツ人たちは僕たちへ奇襲をかけてきた。そして、誰も大佐に逆らうこと無く走り出すことになった。でも、僕は僕たちかドイツ人か、誰が走っているのか分からなくなった。なぜかといえば、彼らは前からも後ろからも走ってきたからだ。


 僕の感じたところでは、本当の戦いにでは、誰が誰から殴られ、誰が誰から逃げているのか、分かってる奴なんて居ない。

 僕は一キロぐらい走って戦場を抜けた。そのとき、すぐ隣にドイツ人が居たときの驚きがどのようなものか想像できるだろうか。


 僕は固まってしまい、そして奴はサーベルを引き抜くと僕に飛びかかってきた。


 僕は両手を上げて叫んだ。

「何するんだ! 怪我するじゃないか」

「何って、殺すつもりに決まってるだろ」

「どうして?」

「君は敵だ」

「本当?」

 皮肉っぽく笑って、僕。


「僕は君に何をしたっていうの? 君の奥さんに手を出したり、金を盗ったりした? 僕は君に今の今までまで会ったことなんてない。バカっ!」

 僕は、ぼんやりした頭で言葉を選びながら言った。ドイツ人は動揺したように言い返した。


「今は戦争中だろ。お前たちと俺たちは戦争中だ」

「じゃあ、どうやって戦いが起きたか知ってる?」

「関税が上がったから、らしい」

 ためらいながらドイツ人は言って、サーベルで地面をつついた。


「だったら、君の行動は賢いかな? 関税が増えたことって、戦う理由になる? 例えば君が店で、三ルーブルの服を五ルーブルで売りつけられたとする。君は相手に殴りかかったり、サーベルや大砲を持ち出したりする? あきらめて去るだけだろう。

 正義について考えるとするなら、サーベルで隣に居る人間を殺そうとしたことについて、君は裁判官の前で答えることになると、僕は思う。君は一年以上はムショに入ることになる。よく知られているように……」

 僕たちは黙った。


「とにかく」僕は考えた。「彼は僕の捕虜ほりょで、もし彼の身柄を味方に引き渡せたら勲章がもらえる」


「とにかく」ドイツ人は言った。「君は俺の捕虜だ。だから俺は……」

 それは最高の厚かましさだった。


「何だって? 僕が君の捕虜? 違うよブラザー。君が僕の捕虜だ。捕虜として君を連れて行く」


「何のことだ? 俺は君を捕えようとしたのに、俺の方が捕虜だって?」

「僕はわざと君から逃げたんだ。もう少し遠くへおびき出して捕まえるために」


「なのに、君は捕まえなかった」

「そんなことはどうでもいい。僕と一緒に来い!」


「ああ、そうしよう」彼は承諾した。「もう君はうろちょろするな。捕虜として俺が捕まえたんだからな」

「何を言う! バカバカしい。捕まえたのは僕だ。君じゃない!」


 僕たちは、互いに相手の腕をつかみながら歩き出した。意味もなく一時間ほど草原を彷徨さまよった後、僕たちはある結論に達した。迷ったと。


 空腹が体に響く。ドイツ人のカバンの中にパンと一切ひときれの肉を見つけ、僕は心の中で喝采かっさいした。

「ほら」

 と、ドイツ人はそれを半分よこした。

「食えよ。君は俺の捕虜なんだから、俺にはお前を養う責任がある」


「違う。君は僕の捕虜なんだから、君のものは僕のもの。僕は君を荷物ごと捕まえたんだ」

 僕たちは倒木に座って軽食を取り、僕の水筒に入っていたワインを飲んだ。


「眠くなってきた」

 あくびしながら、僕。

「疲れた。この戦いと捕虜のせいで……」


「君は眠れ。俺は寝ないから」

 ドイツ人は深く息をいた。


「なぜ?」

「俺は君が逃げないように見張る必要がある」

 それから僕は寝ないでおこうと決意した。ドイツ人が僕の寝込みを利用し、逃亡しないか心配だったからだ。でも、ドイツ人はロバのようなイビキをかいて寝てしまった。僕も木の上に寝そべり、眠った。まだ夜が更ける前だ。


「いる?」と、僕は聞いた。

「座ってる」

「もし寝たいなら寝ていいよ。僕は見張ってるから」


「君が逃げるんじゃないのか?」

「何を言ってるんだ。誰が捕虜から逃げたりするもんか」

 ドイツ人は肩をすくめて眠った。


 遠くに広がる地平線に太陽は姿を消そうとしていた。僕の敵の横顔を優しいピンクの光が照らしていた。僕は自分の心に問いかけた。この人に対する悪意があるか、と。


 すると、心はさわやかにニヤリと笑って答えた。

「無いよ。もし彼が君の時計の修理を遅らせた憎むべきドイツ人だとしても、それは恐らく、病気の妻が居たか、もっと重要な何かをしていたせいだろう」


 目を覚ました僕は、西に向かって歩き出した。その前に、失った捕虜の代わりになるように、横たわる敵の手にワインの入った水筒を置いた。


 横たわる彼の姿は、まるでおしゃぶりに手を伸ばしたり、目が覚めたときに自分を世話してくれる女性が行ってしまったことに気づいて大泣きしている、大きな子供のように見えた。

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ロシアの戦争 ボストンP @redbear

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