第三十二レポート:魔王軍の動向について
教会や国とやり取りをしながら作戦を進めていく。
フィマスの超三行の開始から数日。状況は順調に推移していた。
奇跡的だが、全てがうまく噛み合っていた。伝説の騎士を出した事で貴族からの評価も上々のようだ。
ルークス王国は精強だが、まだ王都を攻め入られていないだけあってか、貴族の中には未だこの現状に危機感を抱けていない者もいる。そして、往々にしてそういった者達には権威というものが有効だ。
まずは、聖勇者の名を高める。その名は希望となり、人類をまとめる支柱となるだろう。
だが、反面、一度名が広まった勇者に敗北は許されない。そして、一度名を広めてしまえば元に戻す事もできない。まさしく、両刃の剣だ。
そういう意味で、ここは一種のターニングポイントだと言えるだろう。
夜もとっぷりふけた頃、いくつか用事を言い付けていたサーニャが戻ってくる。
サーニャの役割は調査や必要な物資の用意、場合によっては傭兵仲間などに話をつけて協力を仰ぐ事だ。
一日中走り回っていたのか、その表情に浮かぶ疲労は濃かった。
「ただいまぁ……ボス、話をつけてきたよ。十人くらいだったらいつでも出せる。割のいいバイトだ。教会から補助が出ると伝えたら一発だった」
「よくやった。貴族達の動向調査は?」
「…………さすがに一人じゃ無理だよ。ちなみに、怪しそうな貴族は何人もいる。このご時勢だしね……でも、さすがに魔族の手引きをしようって人はいないよ」
サーニャが肩を竦めると、目の前のテーブルに置かれていた水の入ったグラスを一気に呷る。袖で口元を拭うと、小さくため息をついた。
「だって、人族を裏切って魔族側についても旨味は何もない。国を滅ぼされてその後どうするって言うのさ? 歴史が証明している」
「…………確かに、な」
魔族は人族を見下している。国を裏切り魔王に協力して国を滅ぼす事に成功したところで、残るのは後ろ盾を失った自分だけだ。
実際に人間を裏切り魔王側に加担し、国を滅ぼす事に成功したが、そのまま目的を達した魔王に一族郎党皆殺しにされた例だって存在する。
それ以来、国を裏切り魔族側につく者は現れなくなった。
恐らく、その魔王は余り頭がよくなかったのだろう。間違いなくその裏切りは今代の魔王の侵攻を妨げている。
と、そこで、俺は眉を顰めた。
「…………だが、相手が魔族だと気づかずに手引きをしてしまう可能性もある」
「…………それは…………そうだけど、さ」
魔王軍を構成する魔族は多種多様だ。中には人間への擬態能力を持つ者もいる。
王都の入り口には魔法を見破るための仕掛けがあるのでそういった者達を通す可能性は低いが、擬態能力ではなくそもそも見た目が人間そっくりな種族もいるし、ラビやサーニャのように一般的に敵とみなされていない種が魔王側の部下にいる可能性も十分あるだろう。
また、直接手引しなかったとしても――情報を漏らす者は必ずいるはず。
やはり、聖勇者お披露目のパレードが山場か。
全ての可能性を洗っていたらきりがないが、パレードの最中、ごく短時間だけならばなんとかできるはずだ。
「魔王クラノスが頭のキレる奴ならば、ばれないように敵を送り込んでくるはずだ。都への入出場を監視する。見知らぬ連中がいたら報告させろ」
クラノスにとってヘルヤールの死は予想外だったはず……魔王の手の者が古くから都に潜んでいる可能性は高くない。暴れる事なく、下等生物だと認識している人間の中に潜めるような魔族がいるのだとしたら、相当厄介だ。
もちろん例外もあるが――そう、例えば、元々古くから人間社会に溶け込んでいる類の魔族、とか。
パレードの警備には王国と教会の威信がかかっている。表立って兵を並べるわけではないはずだが、王都自体にも最大限の警戒が敷かれるだろう。
大軍でパレードを襲うのは不可能だ。そもそも大人数を動かせばどうしても目立つ。暗殺を試みるとするのならば――多くて数人だろうか。
深読みしすぎかもしれないが――。
「必ずしも排除する必要はない、か…………外敵だってうまくコントロールできれば聖勇者の絶好のお披露目になる」
「…………ボス、本当に聖職者?」
パレードが襲撃され、それを藤堂が撃退すれば何よりも強く勇者の強さを示せる。グレイスの教導を受け力を磨いたという情報は大々的に広めるつもりだが、やはりセンセーショナルな事件に巻き込まれてくれたほうが都合がいい。
だが……こちらで怪物を引き入れるのは流石に悪手、か。
センセーショナルな事件がなくても、グレイスの教導で十分評価は稼げている。なんなら、後で聖勇者が修行の中でどれほどの力を見せたのかそれとなく宣伝してやってもいい。
最悪は、教会の手の者が裏で手を引いていたとばれる事。今、教会が民草の信頼を失うというのは今後の魔王討伐の旅にも大きく影響しかねない。
最小限のリスクで最大限の利益を得る。
「ふん…………そうだな。サーニャ、次の仕事だ。聖勇者の襲撃作戦を立てそれとなく協力者を募れ」
「…………本気で?」
「勘違いするな。本当に襲撃をするわけじゃない」
これまでの旅路での出来事を考えても、魔王クラノスは相当キレる奴だ。魔族を潜ませるのは無理でも、協力者くらいは王都内にそれとなく放っているはず。
白い目を向けてくるサーニャの肩を掴み、じっとその瞳の奥を確認する。
誇り高き銀狼族の血を引く傭兵。獣人系種族には魔王の崇拝者も多いが、サーニャは信用できる。
「反勇者勢力があったら何らかのコンタクトを取ってくるはずだ。誘導できそうだったら奴らを誘導、不可能だったら事前に始末しろ」
「………………うへぇ…………聞いただけでしんどい仕事だ。これまで色々な雇い主に雇われたけど、どんな冷徹な雇い主でもそんな滅茶苦茶な命令する人いなかったよ。ボクをなんだと思っているの?」
ひどい言われようだ。だが、狼人種にはボスに従う本能がある。信頼さえ得てしまえば彼等は非常に忠実だ。
だからこそ、魔王に与した時にはこの上なく厄介な相手になるのだが。
サーニャは文句をいいつつも、ラビのように震えてはいなかった。
狼人と兎人にはそれぞれ適性があるという事だ。
「聖勇者の魔王討伐サポートを普通の依頼だと思うな。行け。何かあったらサポートはしてやる」
「了解、ボス。まったく、休む暇すらありゃしない…………もしも勇者襲撃団を作って、魔王の手下がコンタクトを取ってこなかったらどうするのさ?」
サーニャの問いに、肩を竦める。
「俺は、始末しろと言ったぞ」
唆されただけで教会の呼び出した聖勇者の襲撃作戦に参加するような連中は、たとえ人間だったとしても、生かしておいても邪魔にしかならん。災いの芽は事前に摘むに限る。
得てして、こういう細々とした積み重ねが最終的に勝負を決めるのだ。
ボクの言葉に、サーニャはびくりと身を震わせて言う。
「…………ボスは司教よりも悪の親玉の方が似合ってるよ」
俺の命令が琴線に触れたのか、そう言いながらもサーニャの表情には笑みが浮かんでいた。
似たようなものだ。魔王クラノスと俺達は敵同士。
相手から見ればあらゆる手段を使って藤堂を聖勇者たらしめようとする俺は相当厄介な悪の親玉だろう。
§ § §
幽閉されて一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
窓のない部屋。密閉された空間には自らの立てるもの以外に音はなく、正気を失いそうになる。力は底をつき、今負傷すれば再生もままならないだろう。
最初は大声をあげ暴れた。力を振り絞りあらゆる方法で枷を抜けようとした。
だが、不可能だった。身体を拘束する特別制の鎖による全ての能力は封じられ、魔術も構築できない。
それでも種族由来の馬鹿力さえあれば鎖を破壊することなど容易いはずだが、一度の敗北で力は底をつきかけている。いくら不死身の魔族でも、栄養が足りなければ力は発揮できない。
『当主』の目的が殺しでも折檻でもなく幽閉である事に気づいたのは、いくら経っても部屋に誰もやってくる気配がなかったからだ。
力を封じられ、脱出不能の状態で、栄養補給の術もない。
ただ放置され自分が弱っていく現実をただ直視させられるのは、同じ『吸血鬼』でなければ到底思い浮かばない地獄だった。
この世界で特別強力な魔族の一つ、吸血鬼。
その中でも、アズ・グリード神聖教会に最大の敵と認定されながらも太古から生き続ける、邪神の寵愛を受ける偉大なる闇の眷属――ファニ。
ファーストネームでもセカンドネームでもない、ただ一言で示される真なる吸血鬼。
余りに恐るべき力故にこれまでどの魔王とも手を組まなかった古き吸血鬼が魔王クラノスに協力すると聞いた時にはとうとう衰えたものかと思ったものだが、どうやらその力に陰りはなかったらしい。
いくらヴェール大森林での戦いで消耗していたとは言え、誰よりも人を殺し、ファニの血族の中でも特別魔王クラノスから目をかけられていたこの、『ザルパン・ドラゴ・ファニ』がここまで容易く捕縛されるとは。
ありえない。まだ、僕は負けてない。あの男は、聖勇者は強かったが、次に会ったその時には――負けない。
まだ、任務は失敗していない。あの時のザルパンは油断していた。能力的にも全力ではなかった。
叫びたい衝動をただ内に封じ込める。煮えたぎる感情を呑み込む。力の枯渇で朦朧とした意識を全力で保つ。
これ以上の消耗は絶対に避けるべきだった。ファニがザルパンを殺すつもりだったら、とうにやっているはずだ。嫌がらせでこんな事をやる程、ファニは甘い存在ではない。
もう幾度目だろうか。自分自身に言い聞かせながら荒い息をするザルパンを、ふと耳鳴りが襲った。
一瞬正気を失ったのかと思ったが、違う。脳内にどこか退屈そうな女の声が響き渡る。
怖気が奔った。ふいに襲った跪きたくなるかのような強い衝動は、ザルパンに流れる血が、力が、この声の主を起源にしている証。
ファニ。真なる吸血鬼。由緒正しき、吸血鬼の王は、ザルパンをこんな目に遭わせた事には一切触れずに言った。
『ザルパン。ザルパン・ドラゴ・ファニ。クラノスからの命令だ、君にチャンスを与えよう。聖勇者を殺す、チャンスを』
「チャン……ス……だって?」
『まだ正気を保っていたか……無能は嫌いだが、君はもっと嫌いだ。昔の自分を見ている気分になってくるからね』
ザルパンを封じていた鎖が不意に弾け飛ぶ。封じ込められていた魔力が身体に漲った。
手足を確認し、乾いた唇をぺろりと舌で舐める。
同族嫌悪。誠に結構だ。殺す。いつか、ファニを、真祖を、八つ裂きにして跪かせてやる。そのためには魔王の協力が必要だ。
誰よりも長く戦い、誰よりも長く生き続けてきた全き吸血鬼を滅ぼすには――。
『ルークスで聖勇者のお披露目がある。そこを叩け。今度は全力で、な』
言いたい事だけ言い終えて気配が消える。静寂が戻る。
ファニは次に任務に失敗したらどうなるのか、何も言わなかった。言うまでもないという事だろうか。
言われなくても……やってやる。ファニは憎いが、ザルパンと相対し容易く翻弄してみせたあの聖勇者は更に憎い。
名乗っていた。名前は――忘れもしない。そう、アレス・クラウンだ。
順番だ。あの聖勇者を血祭りにあげ、魔王の軍勢を借り、ファニを殺す。そして、ザルパンが吸血鬼の王になる。
闇の神、『ルシフ・アレプト』の加護を、寵愛を受けた、このザルパン・ドラゴ・ファニが。
深い笑みを浮かべると、解放されたばかりの魔力を編み、術を行使する。
そして、ただの暗闇が残された。
誰にでもできる影から助ける魔王討伐 槻影 @tsukikage
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