最終話 それは奇跡のように ②
ざわめきが起きる。まさか、という顔で人々はステージの周囲を見回したり、スタンド席後方の入り口へ振り向いたりした。
だが、彼女の姿はどちらにもない。
ステージからレナレナが呼びかける。
「誰?」
『私はエメル……エメル・カバシよ』
ステージ背後の巨大モニターに、漆黒のドレスをまとった美しい黒髪の少女が現われた。
「エメルだ! エメルが現われた!」
歓声と驚愕の入り混じった叫びが上がる。
今日のステージはたくさんの小さなサプライズがあったが、真のサプライズとはまさしく彼女のことだったのだ。
だが、彼等が驚くのはまだ早かった。
モニターの中のエメルはステージへと歩き始める。
次の瞬間、人々は更に大きな驚愕の叫びを上げ、息を呑んだ。
何と、彼女はそのまま画面から抜け出してステージの上に降り立ったのである!
それは、立体ホログラムとマジックを併用した演出だったのだが、観客達の目にはエメルがまるでゲームの世界から抜け出して現実世界に登場したようにしか見えなかった。
「エメルが画面の向こうからやって来た……」
観客の一人がうめくようにつぶやく。
ステージの前に進み出たエメルは、ドレスの裾を摘まんでお辞儀した。
「こんにちは、『ドリームアイドル・ライブステージ』のプロデューサーの皆さん。初めまして。私がエメル。エメル・カバシです……」
緊張した少しぎこちない声でエメルは観客達に呼びかけた。
観客達も、緊張した面持ちでステージ上の歌姫を見つめている。
「みなさんに会いたい、ここに立ちたいってずっと思ってました。とても嬉しいです。いつもゲームの中で私と戦ってくれてありが……あれ? 何よ、『私と戦ってくれてありがとう』って!」
自分で言って目を丸くしたエメルに、会場から思わず笑いが漏れた。
「へへへ……クールに挨拶したかったのに失敗しちゃった」
照れたように笑うエメルを庇うように、レナレナが進み出て観客へ呼びかけた。
「みんな安心して、今日のエメルはバーサスモードじゃないよ!」
アーヤはエメルをちらっと見るとうなずき、観客席へ語りかけた。
「みんながエメルを何て呼んでるか、私たち知ってます。『追慕の歌姫』……そして」
彼女が誰を探しているのか、それは今日とうとう明らかになります! という言葉に会場からオオオー! と、どよめきが上がった。
「だけどその前に……」
アイドル達がスッとステージのやや後ろに引き、入れ違いにエメルが進み出る。
「さぁ、まずは一曲いくよ!」
序奏が流れ出す。
あの日、彼女を伝説へと導いた曲、オリー・ザガリテの「シュアリー・サクセスド・トゥモロー」。
目を伏せて俯くようにポーズを取ったエメルは、軽やかに回転し、そのまま鮮やかにステップを踏んで踊り始めた。
「凄え、バーサスモードのステップそのままだ!」
ゲームで幾度も対戦した経験のあるひとりの観客が思わず叫んだ。
ゲームのキャラクターと同じ動きに観客達は驚かされる。
それぞれの演じるキャラクターになりきった声優アイドル達は、ゲームと同じダンスステップまではさすがに真似出来ないのに、エメルはゲームのキャラクターの動きそのままに踊っているのだ。
そして歌唱力も……
「If you find your wish in the world that you have not yet looked at. Find your hidden key without giving it up...」
エメルの口から透き通るような、それでいて力強い歌声が響き始める。
流麗な歌声に合わせ、背後の巨大なモニターに彼女の歌う英語を訳した歌詞が表示されてゆく。
「If you feel hidden one's power. Your heart surely flares up hot. The talent that God gave somebody is false. The truth that you felt is true power」
(もし隠された己の力を感じたら、心は熱く燃え上がりはじめる。誰かに与えられた才能なんてただの偽り。あなたが今感じた真実こそが本当の力なのよ)
「When you were tired, remember a promise with me, no don’t ever stop.」
(辛いときは思い出して、己の信じる道をひたすらに進むと誓ったあの日を)
ステージの端から端まで、駆けるようなダンスステップで踊りながらエメルは高らかに歌う。その小さな身体がアンプで出来ているのかと思えるほどの声を響かせて……
ケタ外れの、その歌唱力に観客達は驚かされた。
「You do not move only by words. The power of the heart moves you. The guidance named the passion」
(薄っぺらい言葉なんかじゃ動けない。情熱という心の力に導かれ、あなたは走り出した)
「Surely you who could do it believed so it and should have begun it. Follow what's in your heart. And reach for the highest star」
(きっと出来る、あなたはそう信じて始めたはずよ。だから諦めないで。夢を追い続けて。あの輝く星に手が届く時が必ずくるわ)
三万人の観客は今までにないほどの盛り上がりを見せて歓声を上げた。
まるで、彼女によって心の中の情熱を更に引き出されてゆくかのように興奮の度合いがぐんぐんと高まってゆく。
「Take you higher, reaching for the top!」
(さぁ、もっと高く! 輝かしいあの頂きを目指して)
「You have the power that you make an effort and obtained. It has nobody other! It surely leads you to the success」
(必ずあるわ、誰にもないあなただけの力が! それはきっとあなたを栄光へと導く)
大歓声に応えながら、エメルは曲の終わりにフェイドインして入ったシャンディ・シナモンの「メイキング・イット」を続けて歌い始める。
ステージの演出も、そんな彼女を魔法使いのように見せた。
指を鳴らすと観客席を照らすライトの光が色を変え、足を踏み鳴らすと銀粉がキラキラ宙を舞いながら降り注ぐ。
美しい歌声はますます響きを高め、エメルはそのまま三曲目まで続けて歌い切った。
「凄……」
「こりゃあ、イギリスで伝説になったって云われる訳だわ……」
観客達ばかりか背後のアイドル歌手達までもが、そのずば抜けた歌唱力と巧みなダンスステップの技能に驚かされた。
この一見可憐な少女は、受賞していないにもかかわらずイギリスで誰もが「アルティメット」の名を冠して呼ぶ歌姫なのだ。
ステージの上を所狭しとばかりに動き回りながら、オペラ歌手のような歌唱力で観客を魅了する姿に、背後のアイドル達も思わずタジタジとなった。
興奮の冷めやらぬ観客達に向かってエメルは呼びかける。
「さぁ、みんな隣の人に気をつけて一緒に踊ろう!」
リズムよく手を叩きながらエメルが呼びかける。
「私のステージはオタ芸大歓迎だよ。この歌はみんなが踊れるようにちゃあんと考えてあるんだよ」と、エメルが笑いかけると、観客達は大喜びで我先に立ち上がった。
エメルは、張り切って振付師のように指導を始める。
斜め上を指さした状態から腕を引く「ロマンス」、リズムに合わせて手拍子し気勢を上げる「PPPH」、頭上で手拍子しながらその場で回転する「マワリ」……「ここはこんな風にね!」と、熱心にオタ芸を実演する歌姫は見るからにおかしげで、人々は笑い出さずにはいられなかった。
会場が沸くたびに、エメルは顔を輝かせる。
アルティメットという高潔なイメージよりも、彼女にとって観客達が笑って親近感を感じてくれる方が何より嬉しいのだ。
ふと、観客席の端に目をやるとヨレヨレのTシャツを着た一人のファンが中腰でおどおどしていた。
こんな自分が皆と一緒に盛り上がっていいのだろうかと迷っているのだ。エメルは、彼の気持ちが手に取るようにわかった。
彼の姿は二年前、人目に隠れて蚊の鳴くような声で歌っていた彼女自身だったのだから。
「ねぇ、遠慮しないで立って! 一緒に歌おうよ!」
エメルが目線を合わせて微笑みかけると、彼はぱあっと顔を輝かせて不器用に、しかしとても嬉しそうに踊り始めた。
――どんなに有名になっても、人の痛みや悲しみを思いやってあげられる、そんな歌手になってくれ
あの日のデブオタの言葉をエメルは大切に守っているのだ。
意を汲んだアイドル達は頷きあい、エメルの後ろで一列になった。そのままバックダンサーとなって一緒に踊り、コーラスしてくれる。
一二人の声優アイドル達のライブ以上にエメルのステージは盛り上がり、最高潮に達した。
「こんなイベント初めてだ!」
「サイコーだよ、サイコー!」
「ああ、何だか夢を見ているみたいだ……」
感極まったファンたちから口々に言葉が漏れる。ステージの上ではエメルが楽しそうに歌い、歌の合間に観客達から掛け声が掛かる。
そして……
祭りのように興奮し声を上げる人々の中に只一人……ひっそりと佇む、黒い大きな影があった。
その影は、さいたまスーパーアリーナのステージの上で三万人もの大観衆を相手に臆することなく堂々と歌うエメルを見て懐かしむように、だが、どこか寂しそうにうなずきかける。
あの日、トイレの影に隠れ、蚊の鳴くような声で歌っていた少女。
自分には何の希望も可能性もないと諦めきり、泣いていた少女。
それが今では、こんな立派なスターになって……
影は、心の中で話し掛けた。
(そうだ、その光の当たるステージがエメルの辿りついた場所、オレ様が約束した場所だよ)
(オレ様はいるべき場所に戻っただけだ。もう探さなくったっていい)
(エメルならきっともっと高い場所を目指していける。どこまでも走っていけ……頑張れよ)
影は静かに席を立った。
そっと立ち去ろうとするその影に、興奮した周囲の観客達は誰一人気がつかない。
ステージの上では、ようやく歌い終わってひと息ついたエメルが「みんな、今日はありがとう」と、呼びかけていた。
拍手に笑顔で会釈すると、そこでエメルはゴクリと喉を鳴らした。
初めてオーディションを受けた時の緊張感が蘇る。
彼女にとってはこれからが「本番」だった。
これから話そうとしていることこそ、あの日から今日まで自分がやってきたすべてが賭かっているのだ。
「皆さん、あのね……」
エメルは、少し震える声で静かに話し始めた。それは……
「私は、ある人を探して日本に来ました。このゲームの中で歌っていれば、きっと私に気づいてくれるはずだから」
レナレナが優しく尋ねかける。
「どんな人なの?」
「私をスターにしてくれた人。その人はね」
エメルは観客席を指差した。
「ずっとそこにいたの。アイドルのファンで、好きになったアイドルに恋人がいたり、ファンを大事にしないでお金だけが目当てだったり……そんな風に裏切られ続け、蔑まれ続けた人だった。そんな人が私をスターにしたの。何の後ろ盾も肩書きもないのに、知恵の限り、持てる限りの力を尽くして……何の見返りもなしに」
初めてその話を聞いたレナレナは、目を丸くした。
「凄いね! 恰好いいね! それが探している人なのね。エメルの王子様なんだ」
「格好は……よくないんだ。お腹回りなんかでっかくて、ハンサムじゃなくて、ボサボサの髪とヨレヨレの服とボロボロの靴をしてた。でも……でも……」
思い出して涙声になりかけたエメルは、声を励まして会場へ告げた。
「エメルには世界で一番大切な人。その人を見つける為に、エメルは今日ここに来ました」
会場から去りかけた影は、出口のそばで思わず立ち止まってしまった。
「どこで出会ったの? どんな人だったの?」
「うん、ちょっと長いお話になるけど……みんな、聞いてもらえるかな」
会場から起こった三万人の温かい拍手が、彼女の願いに優しく応えた。
それだけで、エメルはもう涙が出そうだった。
「ありがとう……。彼と出会ったのは今から二年前になります。当時の私はイギリスでイジメに遭って学校にも行けませんでした。そのうちママが病気で亡くなって、毎日泣いてばかりいました。町の小さな公園にあったトイレの陰で一人でこっそり歌うことが、たったひとつの楽しみだったの。そんなある日、歌っているところをクラスメートに見つかって悪口を言われて泣いていた、その時……」
(その喧嘩、オレ様が買った!)
ズボンのベルトを締めながらトイレから飛び出してきたデブの大男。彼が自分の運命を変えてくれた。
泣き虫の自分を叱り、励まし、夢を持たせ、自信を植え付け、背中を押し……しまいにはとうとう、奇跡のような夢をかなえてくれた。
さいたまスーパーアリーナの観客席からは物音一つしない。
詰め掛けた三万人近い観客は、追慕の歌姫が語る探し人、名もないデブオタの物語を息を呑んで聞き入った。
「デイブはいつも、どこか寂しそうだった。本当の名前も自分の正体も明かしてくれなかった。そして自分の正体を知られた時、いなくなってしまったの。きっと自分の役目はもう終わったからって……ねえ、誰かの為に夢を叶えてくれたのに、そんな人は幸せになっちゃいけないの? ずっと日陰にいた人は陽だまりに出てきてはいけないの? ……違う! そんなの絶対違う!」
エメルは激しくかぶりを振ると、観客席を睨みつけて叫んだ。
「エメルはそんなの絶対に認めない! 今度は私が、光のさす場所へ彼を連れ出してみせる!」
ゲームの中でエメルと出会ったことのあるファン達は愕然とした。
ようやく知ったのだ。
ゲーム画面の中で、彼女が何故あれほど人を思いやる歌姫を願ったのか。何故あれほど人を蔑む歌姫を憎んだのか……
その瞳に今にもこぼれそうな涙をためて、追慕の歌姫は観客へ呼び掛ける。
「探している人がいるの……」
ゲームの中と同じように、大切な人を探し続ける声。
「アキバではどこにでもいる人かも知れない。だけど私には世界にただ一人、かけがえのない人なの。大好きなの……愛してるの……お願いです、エメルと一緒に……あの人を探して下さい」
さいたまスーパーアリーナは、まるで無人の会場になったように、静まり返った。
……と、一人の男が突然立ち上がり、その静寂を破って叫んだ。
「任せろ、俺が見つけてやる!」
その男を皮切りに、「俺もだ!」「いや、俺が必ず探し出す!」「私に任せて!」と、次々と観客達が立ち上がった。頼もしい声が幾つも幾つも上がる。
そして、それはやがて割れんばかりの拍手と大歓声になり、エメルへの答えとなった。
「ありがとう……」
顔を覆ってそのまま泣き崩れそうになったエメルを、周囲から駆け寄ったアイドル達が慌てて支える。
「よかったね!」
「凄いよ、三万人も一緒に探してくれる人がいるよ。きっとすぐ見つかるよ!」
「まだ泣いちゃだめよ。さぁ、もうひと踏ん張り!」
彼女達に励まされ、涙を拭ってエメルは続けた。
「このイベントが終わったら、出口で私がみんなにひとりひとり手書きのサイン入りの手配書を渡します。エメルから握手付きのお土産だよ。光速で流すような握手なんてしないからね。……みんな、私の大切な友達だもの」
泣くな、涙はスターになるその日の為にとっておけ……彼のあの声を思い出して、エメルは凛として背を正した。
序奏が流れ始める。
「じゃあ、最後に私からみんなへのお礼の気持ちも込めて歌います。この曲名と同じ気持ちだと告げた時、彼は気づいてくれなかった。でも今度こそ……今度こそ、ちゃんと伝えたいの」
エメルは透き通るような声で「My heart is dyed your eye color(恋は貴方の瞳に染まって)」を歌い始めた。
「It is the miracle that God surely gave to have been able to meet a person like you. I want to stare all the time all the time」
(あなたみたいな人と出会えたのは、きっと神様がくれた奇跡なのよ。ずっとずっと見つめていたい)
「I can find happiness when think about you.Nobody other understands this feeling. When I saw your eye color, my feeling was dyed the color」
(心の中に思い浮かべるだけで幸せになれるくらいなの。他の誰にもわかりっこないでしょうけれど。あなたの瞳を見たとき、私の心はその色に染まってしまったわ)
ゆるやかな風に身を任せるように踊り、心を込めて歌いながら、エメルは観客席を見まわした。
一人一人にうなずきかけ、微笑みかける。
観客席から手拍子が起こる。エメルは思い切りウィンクし、キスを投げた。
わあっと歓声が上がる。
「You want you to feel me to be in the same way as what I feel, too. A loss without enough thanks if my wish comes true」
(私が感じてるようにあなたも私のことを感じて欲しい。もし、それが叶うなら私、どんなに神様に感謝しても足りないわ)
アイドル達がコーラスに加わり始める。
エメルは声を高めながらひとりひとり観客達へ見つめ、心の中で「ありがとう」と呼びかけた。
「I love you heartily. I want to be together forever. Every day to spend with you is really happy.I expect nothing elsewhere」
(あなたが心から好き、ずっとずっと一緒にいたいの。毎日を共に生きてゆけたらそれだけで最高に幸せよ。他に望むものなんて……)
そこまで歌ったときだった。
……ふいにエメルの歌声が途切れた。
観客達が「えっ?」と、驚いたようにステージを注視した。
もしかして歌詞を忘れてしまったのかと彼等は思ったが、そうではなかった。
涙で歌えなくなったのでもなかった。
「あ……あ……」
ターコイズグリーンの瞳が、これ以上出来ないほど大きく見開かれていた。
何かアクシデントか、と察して曲がフェイドアウトする。
観客達がざわめき、凍りついたようなエメルの視線の先を見た。
皆が曲に合わせて笑顔で手を上げていた中、ただひとり、うなだれて人々の間に隠れるように佇んでいる男がいる。
彼女の瞳はそれをとらえたのだ。
それは、それこそは……
「デェェェェェェェェェェェェェイブ!」
悲鳴にも似た絶叫と共に歌姫は走り出した。
身のこなしも軽くステージからひらりと飛び降りる。客席を隔てる鉄柵も、その跳躍力で柵の上に飛びついて、そのままよじ登って無理やり乗り越えた。
一体どうしたのかと驚愕する観客達が見守る中、柵から飛び降りたエメルはよろめいて転んだが、バネ仕掛けのように飛び起きて走った。
「デェェェェェェェェェェェェェイブ!」
心からの叫びがほとばしる。
ステージを照らしていたスポットライトのひとつが、ドレスを翻し観客席の通路を駆け抜けてゆく歌姫を慌てて追いかけた。
やがて、エメルは息を弾ませてそこへ辿り着いた。
まるで怯えているように、エメルの眼の前で一人の男が身体を震わせている。
デブオタだった。
夢ではないかと瞳を潤ませてその巨体に近づくと懐かしい匂いがした。
日本のオタク特有の埃っぽい匂い。エメルの大好きな匂い……
「オレ……オレ……」
自分の正体の恥ずかしさに声もなく俯いたデブオタの胸へ、エメルは飛び込んでいった。
「好きよ! デイブ! 愛してるわ!」
抱きついたエメルはそのまま彼の唇を奪った。唇から頬に、瞼に、耳に、額に雨のようにキスを降らせる。そして子供のように泣き出した。
虚をつかれ、その光景をただポカンとして見ていた観客達のうち、一人が気がついて叫んだ。
「デブオタがいたぞぉぉーー!」
一瞬の間があり、それからやにわに人々は爆発した!
おおおっ! とも、うわあっ! ともつかない声にもならない叫びが、会場をどよもした。
誰が何を叫んでいるのかもわからぬような喧騒の中で、誰も彼もが喉をからし、声の限りに喚いていた。
そんな叫び声の嵐すら耳にも入らないように、エメルはデブオタに縋りついたまま離れようとしない。
「愛してるの……愛してるの……」
泣きながら、うわごとのようにささやき続けている。
エメルを追って、一二人のアイドル達がステージから降りて駆け寄ってきた。
「いたよ! エメルの王子様だよーっ!」
「エメル、おめでとう! よかったわね……」
「ははは……三万枚の手配書が無駄になったよ! でもよかった……」
「爆発しろ! そのまま爆発しちゃえ、もう!」
二人に縋り付いてこちらも泣きだした一二人は、嬉しさにぴょんぴょんジャンプしたりクルクルと踊り出したり、飛んだり撥ねたり、はしゃいで大騒ぎした。
華やかな衣装を着た一二人のアイドル達が輪を作って喜ぶ様子は、まるで二人を囲んで花の妖精が踊っているようにも見える。
誰もが嬉しさに泣き、笑い、叫んでいた。
やがて彼女達は、俯いたまま泣いているデブオタと彼に抱きついたまま離れないエメルを押したり引っ張ったりしながら、少しづつ動かし始めた。
スポットライトに照らされたステージの上へ。
光さす場所へ……
会場の人々は興奮の余り、もう一人残らず立ち上がっていた。
会場にこだましていた叫び声は、いつしか拍手へと変わってゆく。
見上げれば、澄んだ冬の夜空に無数の星々が輝いていた。
だが、気がついて仰ぎ見る者はまだ誰もいない。
人々はデブオタと追慕という名の歌姫へ、祝福の拍手をいつまでもいつまでも贈り続けるのだった……
デブオタと追慕という名の歌姫 ニセ梶原康弘@アニメ化企画進行中!(脳内 @kaji_dasreich
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