最終話 それは奇跡のように ①

『ドリームアイドル・ライブステージのプロデューサーの皆さま。いつも歌姫を大切に育てて下さり、ありがとうございます。さて、来年二月を持ちまして当プロダクションは所属するアイドル達を卒業させたいと存じます。ファーストステージが始まり二年になりました。笑顔や涙の思い出を胸に、彼女達がそれぞれの空へ羽ばたく時がやって来たのです。一足早い卒業となりますが、どうか彼女達の旅立ちを笑顔で見送って下さい。そして、新たなアイドル研究生達を迎え入れたセカンドシーズンにもどうぞご期待下さい』


 公式サイトや広報誌、ゲーム画面からそんな運営ニュースが流れ出したのは、秋が深まり、冬も間近となった季節の頃だった。

 枯葉の舞い落ちる季節から更に寒さが深まり、街の風景が冬へ色濃く移ろい始めると、人々の心にはどこかしら寂しさが滲み、人恋しさが募る。

 そんな時に知らされた卒業の予告であった。

 ファン達の反応は様々だった。

 今まで画面の中で何くれとなく世話を焼いてきた歌姫やスターの卵たち。ゲーム半ばのプレイヤー達には、育成したデータの引継ぎがないと知ってあっさりプレイを打ち切る者もいたが、歌姫を結末へ行き着かせようとレッスンに励む者もいる。

 また、様々なイベントを通じて心を通わせた二次元の少女達と別離の時が来たことが受け入れられず、悲嘆に暮れる者もいた。

 画面の中で共にひとときの夢を見たファン達にとって、彼女達は架空の歌姫と単純に割り切れるだけの存在ではないのだ。

 そして、そんな彼等へ向けた年末のイベントが告知された。


『来たる一二月二〇日、さいたまスーパーアリーナにおいて歌姫達のクリスマスライブを開催いたします。来年には卒業ライブとセカンドシーズンのオーピニングセレモニーが開かれる予定ですが、今年を締めくくるにあたり、彼女達の歌によるクリスマスプレゼントをどうかお楽しみ下さい。……素敵なサプライズがあるかも知れません』


 もちろん、ゲームの画面に登場する歌姫達が実際に登場出来るはずがない。

 彼女達の「中の人」、声優アイドル達が歌姫になりきってゲームの中の世界を再現し、楽しんでもらおうという趣向のクリスマスライブイベントである。

 寂しさを噛みしめていたファン達は、一様に沸き立った。


「うおおー久々にレナレナに会えるぜ!」

「アーヤたんもミポリンもオレの嫁!」

「もうクリスマスも怖くない!」


 本気なのか冗談なのか「るるなを卒業させてたまるか! 会場からさらって二人で逃避行するんだ」と犯罪予告とも現実逃避ともつかない宣言をブチ上げる輩もいる。

 同好者達から気持ちは分かるが落ち着けとたしなめられていたが、そこへ「ふざけんな、るるなはオレの嫁だ!」と話をややこしくする輩も加わり、騒ぎが大きくなる。

 彼等のSNSやブログ等には、年末のイベントに向けた期待の声が幾つも書き込まれていった。

「どんなイベントになるだろう」と、様々な予想がたちまちネット上で取り沙汰された。

 おみやげと称する無料配布のグッズ、イベント限定のお菓子販売、抽選でもらえる握手券などは定番ものだが、それでも考えるだけで心が浮き立ち、楽しくなってくる。

 楽しい。

 そう、ファン達は「以前よりずいぶん運営が変わって、楽しくなった」と、口を揃えて言うようになった。

 以前は、アイドル達との僅かな交歓の為に握手券を手に入れるのにも、人気投票の為にも同じCDを大量に購入したりしなくてはならなかった。そんな搾取的な仕組みが改まっていたのだ。

 規制も変わった。以前はオタ芸はもちろんのこと、ペンライトを振るのも掛け声も禁止され、拍手ですらステージ前のスタッフの合図がなければ出来なかったのが、随分と緩和されたのだ。

 アイドル達もそれまでイベントで声を掛けられても返事をすることが許されず、困った顔で無視するしかなかった。握手会でわずかな会話をするのがせいぜいだったのだ。

 それが今では、イベントでファンからのツッコミにボケたりツッコミ返したり出来るようになっていた。ライブ中に観客席のファンとハイタッチをすることすらままあった。

 そのせいか、どこかぎこちなく硬かったイベントトークも今ではコントじみたアクシデントで爆笑も多い愉快なひとときになって、ファン達を心から喜ばせるようになった。

 守銭奴のような運営の方針がどうしてこうも変わったのか、皆首を傾げたが、事情を知る者はいなかった。

 だが、何にせよ、彼等にとっては大歓迎だった。

 かつて「ファンは黙って金だけ出せ」と暴言まで吐いた高慢なスタッフは姿を消し、刷新されたスタッフは、ファンを出来るだけ大切にしようとするスタンスで接するようになった。

 ストーカーじみたアイドルへの犯罪も起きている世の中である。規制が緩和されても問題が起きればまた元に戻されるかも知れない。ファンの有志もイベント前に「礼儀を守って楽しもう」「ファンの誇りに懸けて浅ましい真似を許すな」と、注意を促すパンフレットを作って配るようになった。

 今ではファンと運営サイドが互いに協力してイベントの秩序を守り、盛り上げるというスタイルが確立し、「ドリームアイドル・ライブステージ」は、かつてよりも更に高い人気を誇るようになっていた。

 そんな経過を経てアイドル達と打ち解けるようになったファン達である。「どんなイベントになるだろう」と期待する一方で、「サプライズ」とは何なのか、と様々な憶測が立った。

「彼女達の卒業……実はウソでした、テヘ! という一足早いエイプリルフール」

「ファン達一人一人に手作りのクリスマスプレゼント」

「誕生日が一二月二六日のミポリンへのバースデー企画」

「メンバーの誰かの結婚報告……イヤだぁ、うわああああ!」

 ……想像というより自爆じみた妄想も挙がる中、「エメルが登場するのではないか」という声にも多数の賛同と熱い期待が寄せられた。

 登場するとしたらゲームと同じようにステージ上で熱い歌唱バトルを繰り広げる展開があるのかも知れない。謎に包まれた彼女の探し人について語るかも知れない。

 彼女は、この頃にはすっかり有名になっていた。

 公式サイトではシルエットのみ掲載された謎の歌姫のはずだったが、既にファンサイトではゲーム画面をキャプチャーした画像やCGやイラストで再現された容姿が掲載されていた。動画サイトでの彼女の紹介や対戦プレイ「エメルにケチョンケチョンにやられてみました」に至っては言うまでもない。

 ゲームで遭遇したことのないプレイヤーは未だ多かったが、彼女の存在や歌は、ほとんどのファンが知るところとなっていた。

 日本国内で、彼女のCDはまだ発売されていない。そればかりか、イベントやコンサートに彼女が登場したことは未だ一度もないのだ。

 このまま今のアイドル達が卒業を迎え、キャラクターが刷新されたら、エメルも謎を秘めたまま僅かな遭遇の機会ごと消えることになる。

 せめて一度だけでも本物のエメルが姿を見せてくれないだろうか……そう願わないファンはいなかった。

 だが、もちろんサプライズの内容が公式サイトや運営から漏れることはなかった。

 イベントが近づく一日一日に、ファン達は期待で心も膨らんだ。

 だが、それは同時に歌姫達との別離が近づいてくることでもあるのだ。

 嬉しさと、そして寂しさの入り混じった複雑な気持ちを抱える中で、ファン達は何か奇妙な予感じみたものを感じていた。

「その日」が、何か特別な日になることを。


 ……秋の気配がほどなく日々の中に消え、冷たい冬の空気に人々がすっかり慣れた頃、「ドリームアイドル・ライブステージ」のファン達は、ついにクリスマスイベントの日を迎えることになった。



**  **  **  **  **  **



 その日は快晴だった。

 冬晴れの空に輝く太陽の陽光は、厚着やカイロ等で思い思いに寒さを凌ぎながら朝から入場列を作って待っている彼等に、ささやかな自然の暖を与えてくれていた。

 入口付近ではスタッフが「開始時間には全員をちゃんとご案内しますから前の人を押さないで下さい。推すのは自分の育てた歌姫だけにして下さーい!」としきりにメガホンで声を掛けてファン達を笑わせている。

「押し違いでーす!」とツッコみを入れたお調子者がいて、列からは笑いが起きた。「誰ですかー! 今ツッコんだの誰ですかー! 貴方、小学生の頃に非常ベルをイタズラで押したことあるでしょーっ!」とムキになった振りのスタッフに、笑いは更に大きくなった。


「今日は色々と楽しい一日になりそうだな」


 プリプリしてる振りをしながらスタッフが去ってゆくのを笑顔で見ながら、ファンの一人がつぶやいた。

 ほどなく、入場開始が告げられ、長蛇の列を作っていたファン達はスタッフに誘導されて少しづつ移動を始めた。

「さいたまスーパーアリーナ」は、スタンド席が可動式で収容人数を調整出来る特異な構造を持った会場である。

 六千人程度の客用のホールモード、一、二万人向けのアリーナモード、三万人以上を収容出来るスタジアムモードの三つの形態を持つ。

 今日はスタジアムモードで、続々と入場するファンをスーパーアリーナは呑み込んでいった。ゲートは四ヶ所あり、それぞれスタッフが「お手元のチケットを確認して案内板に従って下さい」と呼びかけている。

 ゲートの入り口には配布スタッフもいて、無料グッズを手渡していた。

「慌てないで下さい。グッズは人数分あります。あと、くれぐれも転売しないで下さい。アイドル達の魂を悪魔に売り渡さないで下さい!」というアナウンスに、これまたあちこちから笑いが漏れる。

 三万人近い大人数である。特にトラブルらしいものは起きなかったが、入場にはやはり時間が掛かった。入場後もグッズの購入やトイレ待ちで列が出来たが、それらも時間が経過するにつれて次第に落ち着き、やがて開始時間となった。

 アナウンスに促され着席すると観客としての意識へ切り替わってゆく。

 声高なざわめきも、時間が経つにつれてだんだんと静まっていった。

 だが、ステージの上には一向にスポットライトも照らされず、一二人のアイドルはまだ誰も姿を現さない。

 いつもだったら、彼等のムードメーカー「レナレナ」が「みなさーん、お待たせしましたぁ!」と元気いっぱい叫びながら飛び出してくるのがお約束の筈なのに……。


「どうしたんだろう……」


 観客達は不審そうな顔を見合わせながらも辛抱強く待った。

 だが、それでも彼女達の姿は現れずイベント開始の遅延を詫びるアナウンスすら流れない。

 行儀よく座っていた観客の一人がとうとう痺れを切らせて立ち上がろうとした。

まさにその時だった。


「おっ待たせー!」


 一階スタンド席後ろの扉を突然バーン! と勢いよく開いて誰かが叫ぶ。開いた扉も、叫び声も一つではない。

 舞台慣れしたよく響く声は、彼等には聞き覚えがあった。

 振り向いた観客たちは、レナレナ、かえで、アーヤ、るるな、みぽりん、アナベリー、ルルージュ……それぞれのアイドルのコスチュームに身を包んだ声優アイドル達一二人が一二の扉を開いて立っているのを見て度肝を抜かれた。

 意表を衝かれた彼等に向かって、背後からアイドル達からの檄が飛ぶ。


「さぁ、今日はしょっぱなから飛ばして行くよー!」

「寒さなんて感じてるヒマなんかねーぞ!」

「Ride on time! (さぁ、ついてこいよ!)」


 彼女達の掛け声が合図だったのだろう。会場のあちこちに設けられた巨大なスピーカーからノリの良いゲームのオープニング曲の序奏が流れ始めた。

 観客たちは、歓喜の雄叫びと共にコブシを振り上げる。


「We are burning singers!」


 サプライズな登場でファンの心をさらったアイドル達は、そのまま歌いながらそれぞれの入り口から中央のステージへと走り始めた。

 うぉーっ、というファンの叫び声を打ち消すほど彼女たちの歌には気合いが入っている。

街頭ライブや地方キャラバンなど、今までの数多くのイベントがあった。そのどれにももちろん彼女達は全力で臨んで来た。

 だが、今日は違う。全力で歌えばいいだけではない。もっと大切なことがあるのだ……

 今日は絶対に「特別な日」にしなければいけない、と彼女たちは心ひそかに期する理由があった。

 だが、観客達はまだ誰もそのことを知らない。

 観客席とステージを隔てる鉄柵をスタッフが一時的に空けて待っている。彼女たちは歌いながら通路を駆け抜け、鉄柵をくぐり、ステージの上へと走りあがった。

 全員の手を宙で合わせ、クルリと回転して歌の最後にポーズを決めた。

ステージの後方に掲げられた巨大なTVモニターに「All the members gathered!(全員集合!)」の文字が躍る。

 全員とは……一二人だった。エメルの姿はない。

 観客達はちょっぴりガッカリしたが、そんな失望を吹き飛ばしてしまうほど、彼女達は底抜けのハイテンションだった。


「みんな、会いたかったよーっ!」


 歌い切った直後にアーヤが叫ぶ。三万人の観客が大歓声で応えた。

 だが、その声を受け「よぉぉし」と、声を張り上げた彼女が次に叫んだのが……


「オッケー! 今日は楽しかったぜ。みんな気を付けて帰れよ、また会おうぜ!」


 ステージ上のアイドル達が吉本新喜劇よろしく全員ズッこけ、大歓声は大爆笑に変わった。


「始まったばかりでしょ!」

「三万人を集めて一曲で終わりかよ!」

「ううっ……ごめん。どうしてもコレ一回やってみたかったの。我慢できなくて」


 詰め寄る仲間たちにボケた当人は平謝りで土下座する。ステージ後方の巨大モニターには「あやまれ! 会場のファン全員と仲間に手をついてあやまれ!」と煽るような謝罪要求が掲示された。会場は爆笑に次ぐ爆笑である。


「じ、じゃあ会場のみんな、お詫びにこの歌を歌います。『Burn the Wind』!」


 再び歓声が上がる。笑いを生んだ前フリのおかげで掴みはバッチリだった。こうなると、もうしめたものである。

 土下座状態から飛び上がった声優がポーズを決め、序奏に合わせて踊りだすと観客達は「ウォォー、ハイハイハイハイ!」と手拍子を始めた。

 彼女の歌が終われば次のアイドルが「次はるるなの歌も聴いてちょうだい!」と、躍り出る。

 彼女達の自慢の持ち歌が、こうして怒涛のように次から次へと繰り出されてゆく。三万人の観客達はノリにノって盛り上がった。


「オーケー、じゃあちょっとコーヒーブレイクね」


 ひと通り歌が披露されると、息抜きを兼ねたトークタイムが始まった。

 いや、始まるはずだった。

 トークの得意なレナレナから「おい、ちょっと貸せ」とマイクを奪った声優アイドルがいた。東引(とうびき)ハルコである。

 ちなみに彼女は清楚で大人しそうな美少女という外見とは裏腹に、礼儀を弁えないファンをところかまわず叱りつけることから「説教アイドル」「ドン引きのファルコ」という異名で恐れられている。


「コーヒーブレイクは中止だ。今からお説教を行うッ!」


 ステージ後方の巨大モニターには、でかでかと「ドン引きのファルコによる公開処刑タイム」と表示される。

 会場からは何故か拍手まで起こった。事前に打ち合わせて知っているにもかかわらずレナレナは吹き出してしまい、ハルコは彼女の頭をペシッとはたく。


「これからハンドルネームを読み上げる。呼ばれた奴はその場で起立しろ、いいな! 立たない奴は本名でもう一度読み上げる!」


 ハルコは可愛らしい声に精いっぱいドスを効かせて次々と名前を読み上げる。名指しされたファンは蒼白な顔で立ち上がった。

 そして、ひと通り名前を挙げ終わると「お前たちには失望したぞ!」と、いう演説とも説教ともつかないハルコの怒号が炸裂した。


「ファンレターに返事がもらえないとかで恨んでアンチになってやるとか、どういう了見だ! それからファンレターにいきなり付き合ってくれとか結婚してくれとか書いてきたお前、外国製の高級腕時計を突然送りつけてくるお前、いっしょくたに言わせてもらうぜ。たぁー・わぁー・けぇぇー!」


 三万人の観客の前で……まさに公開処刑である。立たされているファンは卒倒寸前、会場は大爆笑の渦に包まれた。


「自分の思うとおりにならないから嫌がらせする。アフォか! そんな腐った根性の男に惚れる女がこの世にいるか! 今すぐ首を吊れ、首を! あ、その前に保険金掛けといて。もちろん受取人は私でね。よろしくッ」


 笑いが更に膨れ上がる。立たされて罵倒されている連中も思わず吹き出してしまった。


「それからいきなり好きだと言われてハイと言うとでも思ったか! 金のかかるプレゼントで私らが釣れると思ったか、バッカモーン! お前らは女心は分かってない。出直せ、カーチャンのお腹からオギャーするところからやり直せッ! いや、いっそ神となってこの大宇宙から作り直せッ!」


 陰湿さとは真逆の明るい罵倒は、聞いている相手も不快に感じない爽やかさがあった。これだからこそ、彼女は人気があるのだ。

 まるで格闘試合後のマイクパフォーマンスのように、観客席へ指を突き付けながらドン引きのファルコはマイクを持って吼えに吼える。

 ただ、吠えているのが屈強な格闘選手どころか吹けば飛ぶような容姿のアイドルなので、どこか微笑ましく見えてしまう。


「その腐った根性を今すぐドブに捨てないと二次元の女でもお前らの嫁にはなってくれんぞ! いいか、気持ちや金を一方的に押しつけるのは愛じゃねえ、ただの自己満足だ」


 ケンカを売ってるような怒号だが正論である。感嘆の声と拍手が起きた。


「思うままにならないのが人の世、人の気持ちだ。だけど押し付けるのは嫌われるだけだ。だから、好きな人がどうしたら喜んでくれるのかって考えてみろよ。な? そんな風に考えられるようになった奴にはさ、私らアイドルよりもっと素敵な出会いがいつかきっと待っている。約束するよ。だから、そんなクールな男になってみせろ!」


 拍手が起きる。


「よーし、じゃあ一人づつ誓ってもらおう……まずはそこのお前からだ!」


 もちろん三万人の面前でイヤだと言えるはずがない。誓約が成立するたびに拍手が起きる。

 ハルコは一人一人に満足そうにうなずくと「よし、それでこそ『ドリームアイドル・ライブステージ』のファンだ。見直したぞ! これで卑怯者は一人もいなくなった。公開処刑を終了する!」と締めくくる。見事な幕引きに、大歓声と拍手が起きた。

 ハルコは手を挙げ、まるで選挙にでも当選した政治家のように歓呼へ応える。

 彼女はファンの更正そのものをイベントにして盛り上げながら、アイドルとしての自分の株までちゃっかり上げたのだ。


「さぁ、処刑タイムの間に私達も充電完了。ライブステージ第二弾いくよー!」


 ハルコの後ろでニヤニヤしながら見守っていたアイドル達が次々とステージの後ろから最前に飛び出してゆく。

 たちまち歓声が上がり、彼女達のコールに観客が応えて曲のイントロが再びかかる。

 そして、またもや怒涛のような彼女達の個人の持ち歌やユニットによるメドレーが始まった。

 観客達は、疲れを感じる暇もなく、歓喜の渦へと巻き込まれてゆく。

 曲の合間にはまたブレイクタイムが差し込まれ、コントがあったり、暴露話のトークがあったり。

「ミポリン、ちょっと早いけど誕生日おめでとーっ!」と、ステージにケーキが持ち込まれ、三万人が「ハッピーバースデー」を合唱し、感激のあまり当のアイドルが号泣してしまったりもした。

 楽しいサプライズが次々に起こる。観客達はみな笑顔で、アイドル達と一体になってステージを楽しんだ。

 やがて……


 日は暮れ、ステージの照明やスポットライトが目に付くようになった。空には星がちらほらと見え始めている。

 楽しい時間がいつまでも続くような錯覚にとらわれていた観客達も、ようやくひとときの夢が終わろうとしていることに気がついた。

 それでもどこか名残惜しい気がする。

 もっと何かが起こって欲しい、せめてもうひととき夢の続きが見たい。観客達は誰もがそう思わずにいられなかった。


「みんな、今日はありがとう。私達も本当に楽しかったよ!」


 レナレナは、笑顔で観客に呼びかけた。

 みんなの気持ち、わかってるよ……そんな笑顔で。

 そして。


「それじゃ、最後に『ドリームアイドル・ライブステージ』のテーマ曲で私達全員の合唱曲、聴いて下さい『Dream in dream in drea……」


 名残惜し気に彼女達が締めくくりのラストソングを告げかけた……その時だった。


『待って』


 会場のスピーカーから声がした。

 一二人のアイドル達の誰でもない、この場にはいない歌姫の声。

 会場にいた観客達の顔が、ハッとなった。


『探している人がいるの……』

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