エピローグ
第85話 エピローグ
◆
「準備は整った」
青年が語り掛けてくる。
黒の詰襟という、いかにも「制服です」とアピールせんばかりの服に身を包んだその人物は、凛々しい表情をしている。
これが――兄だった。
あどけない五歳児だった兄は、すっかりと精悍な顔つきの青年へと変貌していた。
「そうだね、お兄ちゃん」
私も同意する。
兄に合わせたかのようにセーラー服だ。デザインが可愛いので結構気に入っている。
あれから、幾つもの困難があった。
幾つもの事件に巻き込まれ、幾つもの事件を解決した。
――自分達が解いたことは隠したうえで。
「僕も高校を卒業する。お金も十分に溜めた。あの人がいなくなっても、もう大丈夫」
「お兄ちゃんの才能が凄かったからね。一気に桁が変わっていくのはびっくりしたよ」
「君の推測能力のすさまじさも相まってだよ。何度助けられたことか。ありがとう」
兄は私の頭を撫でる。
その優しさは一三年前から何も変わっていない。
「さて、妹よ」
「うん、お兄ちゃん」
兄、一八歳。
私、一三歳。
「いよいよ、待ちに待った時だ」
「そうだね。ようやくだね」
「ようやく――あの人の罪を暴ける」
「うん。今日から私達は生まれ変わるんだ」
生まれ変わる。
あの人の庇護下にあった状態から。
新しい人生を歩むために。
そして――探偵としても。
「あ、そういうことになるのね」
「どうしたの?」
「つまりね」
私は
「私達は生まれたばっかりの――『赤ちゃん探偵』ってことだね」
「……うん、そうだね」
兄はいつもの特有の勘の良さで補完してくれたようだ。最初は戸惑っていたが、すぐに意図を汲んで頷いてくれる。
全く、相変わらず優秀な助手だよ。
助けはほとんどいらなった現在でも、精神面での助手として、本当に優秀だ。
あの時に比べて私は知識も増えた。
視界も広い。
出来ることも増えた。
自由度が増えた。
でも。
その自由の分だけ、不安もある。
自由ゆえの縛りもある。
怖さもある。
だけど、私は前を向く。
不安はあるけれど。
「ねえ、お兄ちゃん」
私は両手で兄の左手の人差し指と中指を握り、そして――
『イコウ』
赤ちゃんの時と同じように、モールス信号でメッセージを送る。
「うん」
兄もにっこりと笑顔を返してくれる。
赤ちゃんの頃から何度も向けてくれた笑顔に、私は心から安心する。
兄となら大丈夫。
兄とだったら、どこへでも行ける。
そうして私達は歩み始める。
先が見えなくて不安もあるが、
赤ちゃんのように這って、手探りであっても、前に進もう。
希望も不安も、可能性が無限に広がる――未来へと。
赤ちゃん探偵 狼狽 騒 @urotasawage
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