エピローグ

第85話 エピローグ

    ◆



「準備は整った」


 青年が語り掛けてくる。

 黒の詰襟という、いかにも「制服です」とアピールせんばかりの服に身を包んだその人物は、凛々しい表情をしている。

 これが――だった。

 あどけない五歳児だった兄は、すっかりと精悍な顔つきの青年へと変貌していた。


「そうだね、お兄ちゃん」


 私も同意する。

 兄に合わせたかのようにセーラー服だ。デザインが可愛いので結構気に入っている。


 あれから、幾つもの困難があった。

 幾つもの事件に巻き込まれ、幾つもの事件を解決した。


 ――自分達が解いたことは隠したうえで。


「僕も高校を卒業する。お金も十分に溜めた。あの人がいなくなっても、もう大丈夫」

「お兄ちゃんの才能が凄かったからね。一気に桁が変わっていくのはびっくりしたよ」

「君の推測能力のすさまじさも相まってだよ。何度助けられたことか。ありがとう」


 兄は私の頭を撫でる。


 その優しさはから何も変わっていない。


「さて、妹よ」

「うん、お兄ちゃん」


 

 


「いよいよ、待ちに待った時だ」

「そうだね。ようやくだね」

「ようやく――あの人の罪を暴ける」

「うん。今日から私達は生まれ変わるんだ」


 生まれ変わる。

 あの人の庇護下にあった状態から。

 新しい人生を歩むために。


 そして――探偵としても。



「あ、そういうことになるのね」

「どうしたの?」

「つまりね」


 私は助手に向かって、とびっきりの笑顔を見せつける。



「私達は生まれたばっかりの――『』ってことだね」



「……うん、そうだね」


 兄はいつもの特有の勘の良さで補完してくれたようだ。最初は戸惑っていたが、すぐに意図を汲んで頷いてくれる。

 全く、相変わらず優秀な助手だよ。

 助けはほとんどいらなった現在でも、精神面での助手として、本当に優秀だ。



 あの時に比べて私は知識も増えた。

 視界も広い。

 出来ることも増えた。

 自由度が増えた。

 でも。

 その自由の分だけ、不安もある。

 自由ゆえの縛りもある。

 怖さもある。


 だけど、私は前を向く。

 不安はあるけれど。


「ねえ、お兄ちゃん」


 私は両手で兄の左手の人差し指と中指を握り、そして――



 赤ちゃんの時と同じように、モールス信号でメッセージを送る。


「うん」


 兄もにっこりと笑顔を返してくれる。

 赤ちゃんの頃から何度も向けてくれた笑顔に、私は心から安心する。


 兄となら大丈夫。

 兄とだったら、どこへでも行ける。



 そうして私達は歩み始める。

 先が見えなくて不安もあるが、

 赤ちゃんのように這って、手探りであっても、前に進もう。



 希望も不安も、可能性が無限に広がる――未来へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤ちゃん探偵 狼狽 騒 @urotasawage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ