ニュースの時間です。

阿井上夫

ニュースの時間です。

 軽快な音楽とともに、妙に明るい雰囲気のスタジオが映し出される。

 中心のカウンターには男性と女性の「アンデッド」。

 カメラが男性のほうをクローズアップしてゆく。


 男 性:こんばんわ、不死テレビのニュースイレブン。

     司会のゾンビ佐藤です。

 女 性:こんばんわ、アシスタントのゴースト良子です。

 男 性:いやー、今日はむし暑かったですねえ。

     日差しが強くて、都心では二十五度を超えたようです。

 女 性:紫外線も強くて、日陰を探しながら歩くのが本当に大変でした。

 男 性:実は、私も少し前まで渋谷を歩いていましたが、日にあたりすぎましたね。

     汗臭くなってしまいました。

 女 性:あら、それは腐臭ですわ。

 男 性:おや、そうでしたか。

     道理で、回りに人がいなくて歩きやすいと思いました。

     アンデッドだけに腐臭が、ふしゅーっ、なんてね。


 *静まる会場、静まる観客。


 女 性:えー、それでは最初のニュースです。

 男 性:茨城県神栖市の路上に、身元不明の死体が放置されいるのが発見されました。

 女 性:この死体は、第一発見者の名前を取って『鈴木定吉二号』と名づけられました。

     それでは、現地の吉田さん?

 吉 田:はい。 あ、こちらは… あ、失礼しました。      あ、これは…

 女 性: どのような… あ、どうぞ。    すみません、そちらから。

 男 性:神栖市は日本ですから、電波が届くまでに時間差はありませんよ。

 吉 田:ああ、そうでした。

     現場は警察と野次馬で埋め尽くされています。

     発見が遅れたために『鈴木定吉二号』さんは、ちょっとすねているそうです。

 女 性:すねているんですか。  それで、あっ。    その、はい。

 吉 田:       そうです、って。 あの、それはですね。

 男 性:だから、時差もなければ、見合いの席の挨拶でもないです。

 女 性:失礼しました。続けてください。

 吉 田:では、第一発見者の鈴木定吉さんです。

 鈴 木:あー、なんだー。

 男 性:あのー、鈴木さん、二号ということは今年二回目の発見ですね。

 鈴 木:そうだっぺよー。やー、今回のはひどかったよー。

(通 訳:そうですね。それにしても今回のものはひどい状態でした)

 鈴 木:ぐっちゃぐっちゃの、ぼろんぼろんのやつでよー。

(通 訳:原型をとどめていないうえに、損壊もすすんでおりまして)

 男 性:あのー、日本語ですから通訳いりませんよ。

 吉 田:あっ、そうですか。

 女 性:あのー、吉田さん。

 吉 田:なんでしょう。

 女 性:さきほど「死体が発見された」と言ってようですが。

 吉 田:はい、言いました。

 女 性:ということは男性ですか。

 吉 田:あれ、よく分かりましたね。

     鈴木さんが気が付きまして、そうですね?

 鈴 木:そうだっぺよー。やー、でっけかったのなんのって。

(通 訳:私が車の外に出てみると、前からまぶしい光がやってきました)

 鈴 木:死んでもまだぴーんと骨が伸びててよ。へそまで反り返っていたっけよー。

(通 訳:私の前に止まりますと、それで自然に体が軽くなって、円盤の中に)

 男 性:あのー、だから通訳はいらない上に、内容がおかしいですよ。

 女 性:それに、骨なんかないじゃありませんか。


 *静まる会場、静まる観客。


 男 性:えっ、そうですか。

 吉 田:あっ、ないんですか。

 鈴 木:ねがったかなあ。

(通 訳:なかったかな)

 女 性:ないですよ。

     硬いのは死後硬直までで、その後はふにゃんふにゃんです。

 男 性:あの。

 女 性:はい、なんですか。

 男 性:何でそんなことまで知ってるんですか。

 女 性:え?

     あ?

     どうしてでしょうねえ?

 男 性:先ほども、言われる前に死体が男性であることに気がついたようですが。

 女 性:あら、もしかして犯人だと思っていません?

     そうではないのですよ。

 男 性:では、どうして分かったのですか?

 女 性:その、実はですね。

 男 性:はい。

 女 性:「したい」のは男性、「いたい」のは女性ですから。


 *静まる会場、静まる観客。


 男 性:えー、次のニュースです。


 ???:………………


 男 性:今のはなんですか?

 女 性:『愛の小鳩事業団』による手話通訳です。

 男 性:大変言いにくいのですが、無駄なのでやめてください。

 女 性:はあ。

 男 性:さて、関西では早朝の気温が次第に下がってきているようです。

 女 性:朝晩はさすがに肌寒いようですね。

 男 性:実は、私も今朝、関西に出張しておりまして、寒くて目を覚ましました。

     そろそろ毛布がもう一枚、必要な時期ですね。

 女 性:あら、それなら包帯ではどうですか?

 男 性:アンデッドで包帯だとミイラですね。

     ミイラ取りがミイラになる。

     相撲取りが相撲になる。

     サントリーがサンになる。

     なんてね。


 *静まる会場、静まる観客。


 男 性:さて、大阪府八尾市で『なにか』が失踪するという事件がありました。

 女 性:このような『なにか』が失踪する事件は、これまでも度々発生していたようです。

     それでは、現地の吉田さん?

 吉 田:はい。  あ、こちらは…  あ、失礼しました。

 女 性: どのような…   あ、どうぞ。     すみません。

 男 性:だから、八尾市は日本ですから時差はないです。

     そろそろ怒られますよ。

 吉 田:ああ、そうでした。

     では、現場の第一発見者であり、本人とも親しかった井上さんにお話を伺いましょう。


 井 上:………………


 女 性:そうですか。大変ですね。

 男 性:ちょっと待った。何ですか今のは。

 女 性:テレパシーです。

 男 性:だから、手話とかテレパシーじゃ読んでる人が分からないでしょう!

 女 性:あら、この番組は文字放送じゃありませんよ。

 男 性:それは置いておいて、テレビだってテレパシーじゃ分かりません!

 女 性:いえいえ、今のは日本でも何人かの方の頭の中に響いたはず。

 男 性:少人数相手にしないの!


 井 上:………………


 女 性:えーっと、縦の波模様が三本見えます。

 男 性:だーかーら、ここでESPテストなんかやらないで下さい。


 *スタジオ内にドライアイスの霧。

  ジングル「ジャジャジャジャジャジャジャジャジャン」


 男 性:いいから、Mrなんとかは出てくるなよ!

     現場の吉田さん、さっさと続けてください!

 吉 田:はい。それでは続けます。アメリカの国防総省は……

 男 性:テロの話はしないの!

 吉 田:あ、そうでした。

     失踪した「なにか」の行方は、いまのところ把握できていないそうです。

 井 上:どこにいったんだあ!

 吉 田:さぞご心配でしょうねえ。

 井 上:子供まで一緒に連れていくなんて!

 男 性:ちょっと、ちょっと。子連れなんですか?

 吉 田:そうです。

 井 上:おまえがいないと、俺は寂しくて寂しくて!

     夜も眠れないんだ!

 吉 田:分かりますよ。

 男 性:ちょっと。

 吉 田:はい?

 男 性:『なにか』って結局なんだよ。

     失踪時に子供がいて、いないと寂しくて眠れないんだろ。

 吉 田:いいじゃないですか、なんでも。

 男 性:駄目だよ。

     説明責任というものがあるだろ。

 吉 田:こんなローカルニュースに、誰も責任なんか求めていませんよ。

 男 性:求めてるよ。

 吉 田:求めてませんて。

 男 性:求めてます。

 吉 田:求めてません。

 男 性:吉田さん、最近走ってる?

 吉 田:うっ!

 男 性:まったく、何をするにも長続きしないだから。

     根気がないから、最後のつめが甘くなるのよ。

 吉 田:うちのお袋のようなことをいうなあああっ!!

 男 性:「性格も几帳面なんだか、せせこましいんだか」

 吉 田:うーっ、だからお袋の声音までつかうなあああっ!!

 男 性:そんなこと言っても読んでる人は分からないもんね。

     爪を噛む癖があったでしょう?

     だめよ、ちゃんとなおさないと。

 吉 田:なおしたもん!もう爪なんか噛まないもん。

 男 性:幼児退行しても駄目だもんね。

 吉 田:本当になおしたもん。

 男 性:嘘だもん。

 吉 田:本当に、本当だもん。

 男 性:嘘だったら、嘘だもん。

 吉 田:本当の、本当の、本当だもん。

 男 性:嘘の、嘘の、嘘だもん。

 吉 田:本当の、本当の、本当の、本当だもん。

 男 性:嘘の、嘘の、嘘の、嘘だもん。


 吉 田:………………

 男 性:………………


 吉 田:本当の、本当の、本当の、本当の、本当の、本当の、本当だもん。

 男 性:嘘の、嘘の、嘘の、嘘の、嘘の、嘘の、嘘だもん。

 吉 田:本当だもん(泣)

 男 性:泣いたってだめだもんね。

     お前のかーちゃん、で・べ・そ。


 吉 田:そうですよ。


 男 性:えっ?

 吉 田:だから、客観的な事実としてそうですよ。

 男 性:なんだよ、急に冷静になるなよ。

 吉 田:さて、話を戻しましょうか。

 男 性:いいじゃないか、もう少しやろうよ。

 吉 田:確かにそろそろ潮時かなと思っていたのも事実ですから。

     子供じみた手を使うのはやめたいと思います。

 男 性:だからね、別に私はそんなことが言いたいのではなくてね。

 吉 田:貴重な御意見を有難うございました。

     私にとっては今日が『幼年期の終わり』ではないかと思います。

 男 性:まあまあ、悟らないで。

 吉 田:今後は大人の男性として、世間に恥じないような報道に徹したいと思います。

     まずは世界情勢を適切に把握して、タイムリーに情報を発信ます。

     視聴者の知的好奇心を満足させるような番組作りを重視しようかと。

 男 性:いいの!

     今までどおりの「痴的好奇心」でも!

 吉 田:よくないですよ、大人の男性としては……

 男 性:いいったら、いいの。


 吉 田:………………

 男 性:………………


 吉 田:よくないったら、よくないの!

 男 性:いいったら、いいの!

 吉 田:よくないったら、よくないったら、よくないの!

 男 性:いいったら、いいったら、いいの!

 吉 田:よくないったら、よくないったら、よくないったら、よくないの!

 男 性:いいったら、いいったら、いいったら、いいの!

 吉 田:よくないったら、よくないったら、よくないったら……

 男 性:いいったら、いいったら、いいったら、いいったら……


 *急にクラシックが流れ、「しばらくお待ちください」のメッセージが一分間。

  その後、映像が戻り、カメラがパン。

  『椅子に座った熊のぬいぐるみ』がふたつ。


 司 会:えーっ、大変お見苦しい点がありましたことをお詫び申し上げます。

     それでは次の人生相談は……

     えっ、これニュースなの?

     俺は人生相談の司会で来てたのに。

     え、無理無理、そんなこと言われても……


 *再度クラシックが流れ、「しばらくお待ちください」のメッセージが一分間。

  その後、映像が戻る。目の上を腫らした司会者。


 司 会:さて、次の御相談は、三十四才男性の方からです。

 男 性:初めまして。


 *プライバシー保護のため、音声は変えてあります。


 司 会:はい、初めまして。で、今日はどのような御相談ですか?

 男 性:あの、実は最近明け方近くになると眠りが浅くなりまして。

 司 会:はい。

 男 性:それで、寝たり起きたりを十回ぐらい繰り返し、結局疲れて起きるんです。

 司 会:ああ、まともなご相談ですねえ!

 男 性:(ちょっと気を悪くして)なんですか、それは?

 司 会:あ、いや、失礼しました。続けてください。

 男 性:はあ、それでですね、とうとう三時に起きるようになりまして。

 司 会:それは早いですねえ。

 男 性:ええ、そのときは休みの日ですから良かったのですが。平日もたまに。

 司 会:平日も?

 男 性:はい。

 司 会:うーん。大変ですねえ。何か原因は。

 男 性:最近は仕事が忙しかったんで、そのせいかなと思うんですが。

     よく考えてみると前から同じようなことがありまして。

 司 会:それで違うんじゃないかと。

 男 性:はい、それですっかり分からなくなりまして。

 司 会:そうですねえ。それでは先生方に聞いてみましょう。

 男 性:え?そんな人がいるのですか? では、宜しくお願いします。

 司 会:はい。それではまず霊能力者の丹下先生から参りましょう。

 丹 下:既に見えています。

 司 会:おおっ、さすがは先生!それでなんでしょうか?

 丹 下:えーっと、青木さん。

 男 性:えっ?

 司 会:先生!駄目ですよ、本名言っちゃあ!

 丹 下:そうでした。失礼しました。それで、青ピーーーーーッさん。

 司 会:だからそれでは意味ありません!

 丹 下:(気にせず)あなた、白くて四角いものに憑りつかれていますね。


 *ビートの利いたBGM

  ナレーション「実はこの後、白い魔物の正体が分かるんですうううううっ!」


 司 会:おい、誰だよ!

    「ASAYAN」なんて懐かしいところの音楽持ってきたのは!

 男 性:ええっ、なぜそれが!!

 司 会:はっ、なにか思い当たることでも?

 男 性:(手を震わせて)はい。

 丹 下:霊ですね。

 男 性:確かに、あの、そういえば最近夢の中にも出てくるんです。

 司 会:なにがですか?

 男 性:白くて四角いものが。

 司 会:おおおっ。


 *ビートの利いたBGM

  ナレーション「この後、とんでもない事態が彼を襲う!」


 司 会:おい!

     今度は確か「ガチンコ」じゃないのか!

 男 性:しかも美味いんです。

 司 会:え?

 丹 下:そうでしょう、そうでしょう、うんうん。

 司 会:ちょっとちょっと。

 男 性:柔らかくて、それでいてしっかりと味もあって。

 司 会:あーっ、ちょっと待てよ!

 丹 下:そうでしょう。うんうん。私が思ったとおりだ。

 司 会:だからなんだよ!無視するなよ!

 男 性:そうか、それだったんだ!

 司 会:をーいっ、待てったら!

 丹 下:それです!

 司 会:あーっ、二人で納得してるんじゃないよ!

     だからなんだよ!


 *ジングル「ジャーーーン」

  ナレーション「この後我々は謎の生物の正体を目撃する!」


 司 会:あーっ!

     『川口探検隊』なんか誰も覚えていないって!

 丹 下:豆腐の霊ですね。

 司 会:え?

 男 性:そうです!


 *静まる会場。静まる観客席。


 司 会:ちょっと待て。

 丹 下:なんだよ、あんたはさっきから。

 司 会:なんだじゃない。あんた今、何て言った。

 丹 下:だから、豆腐の霊だと。

 司 会:はあ?

 男 性:そうだったんだ、うーん。

     やっぱり三代続いた豆腐屋だと相当因果が溜まって……

 司 会:納得してるんじゃないよ! 大体、豆腐に霊なんかないだろ!

 丹 下:ある!

 司 会:ないの!

 丹 下:私には見える!

 司 会:見えてもないの!豆腐には霊なんか!

 丹 下:ふっ、これだから西洋合理主義にかぶれたやつはいかん。

 司 会:西洋合理主義とか東洋神秘主義とか、そういう問題じゃない!

     誰だよ、こんないかがわしいやつ連れてきたのは!

 男 性:そうかあ……

 司 会:ほら!そこ!納得してるんじゃないよ!


 *ジングル「チャララーン、チャララララーン」

  ナレーション「とうとう秘密が開かされる! 我々は宇宙人を目撃する!」


 司 会:あーっ! だから「矢追スペシャル」なんか持ってくるなって!

     次!次の先生出せって!

 川 崎:どうも、生理学者の川崎です。

 男 性:あっ、どうも。

 司 会:(ちょっと気を取り直して)ふー、それでは解説をお願いします。

 川 崎:はい、これはやはり睡眠障害の一種かと。

 司 会:はい、やっと科学的な話になってきましたね。

 川 崎:確かに高齢になると睡眠のサイクルが若いときとは違いますから。

 司 会:えっ?

 川 崎:新陳代謝が不活発になる関係で、睡眠が浅くなったりするんです。

 司 会:ちょっとちょっと。

 男 性:そうかのう、わしもそろそろ歳かと思っとったが。

     小便も近いしのう。

 司 会:乗るなよ!


 *ナレーション「その時、青ピーーーーッは年齢を感じた」

  ジングル「プロジェクト……」


 司 会:NH○連れてくるなよ!


 *男性の目元をアップ。


 司 会:だーかーらー、アップで泣くなって!

     わざとらしいだろ!

 川 崎:歳をとると涙腺が弱くなりますから。

 司 会:待てって。最初に三十四才っていったじゃないか!

 男 性:ううううっ。(涙)

 司 会:乗るなって!

     次、まともな先生は連れてきてないのか!

 安 西:やはり、これは中東のテロリストによるものではないかと。

 司 会:誰だよおまえは!

 安 西:軍事評論家ですが。

 司 会:番組違うだろ!

     報道関係の特集に行けよ!

 男 性:先生はこのあとアメリカの動きをどう読まれますか。

 司 会:だから乗るなって!


 *別なアナウンサー「それではJRの佐藤さん♪」


 司 会:えっ?


 *JRの佐藤、急に振られてあせる。


 佐 藤:あ、失礼しました♪

     この時間、JRは全線通常運行を行っています♪

 司 会:あーーーっ、JR車両運行センターの佐藤さんだ!

     私ファンです!

 男 性:それでは交通情報センターの佐藤さん♪

 司 会:ええっ?


 *交通情報センター佐藤、落ち着いて、


 佐 藤:この時間、目立った渋滞はありません。

 司 会:おおおおおおっ、交通情報センターの佐藤さんまで!


 *急にクラシックが流れ、「しばらくお待ちください」のメッセージが一分間。

  映像が戻るとさらに別な司会。


 司 会:えーっ、大変お見苦しい点がありましたことをお詫び申し上げます。

     それでは中継がつながっておりますので、呼んでみたいと思います。

     それでは、現地の吉田さん?

 吉 田:はい。

     私は今、日本の食文化を破壊し、人民の征服を狙う外資系フードショップにおります。


 *店に入り、中央の注文カウンターにつくサラリーマン風の男性客。


 店員1:いらっしゃいませぇ!

 男性客:えーと、ハンバーガーひとつ。

 店員1:お飲み物はいかがですかあ。

 男性客:いらない。

 店員1:ではポテトはいかがですかあ。あっ、いらっしゃいませぇ!


 *男性客が入り口を振り向くと、犬を抱いた女性が入ってきて、右隣の注文カウンターにつく。


 店員1:あの、ポテトは。

 男性客:いらない。


 *隣のカウンターでは、


 店員2:ご注文は何ですかあ?

 犬  :ワン

 店員2:お飲み物は何に致しますか?

 犬  :ワン、ワン

 店員2:かしこまりましたあ!


 *男性客、呆然。


 店員1:あのー、お客様あ?

 男性客:あ、ああ。何か言った?

 店員1:あのー、チキンはいかがかとお。

 男性客:いいから、ハンバーガーだけで。

 店員1:かしこまりましたあ。ハンバーガー『だけ』でございますねえ。

 男性客:ちょっと、ちょっと、今の何?

 店員1:は?

 男性客:は?じゃなくて。いや、いまのオーダー。

 店員1:はい、ですから、ハンバーガー『だけ』でございますねえ。

     あっ、いらっしゃいませぇ!


 *男性客が反射的に振り向くと、客の姿は見えず自動ドアが開いて閉まる。


 男性客:えーっと、それでだ。


 *再度カウンターに振り向くと、店員1はオーダーを伝えにいったらしく不在。

  仕方がないので少し待つ。

  すると、1分ぐらい経ってから、店員3が左隣のカウンターにつく。


 店員3:ご注文は何ですかあ?

 ???:???

 店員3:お飲み物は何に致しますか?

 ???:???

 店員3:かしこまりましたあ!


 *男性客、呆然。


 店員1:お待たせしましたあ。ハンバーガー『だけ』でございますねえ。

 男性客:ちょっと、ちょっと、今の何?

 店員1:は?

 男性客:だから「は?」じゃなくて。

     いや、もういい。ところで左隣は誰?

 店員1:は?

 男性客:だからだなあ「は?」じゃなくて!

     左隣は誰!?

 店員1:はあ、常連の蚤さまですが。

 男性客:蚤?

 店員1:蚤。

 男性客:で、常連?

 店員1:はあ。

 男性客:ここは蚤にも挨拶するの。

 店員1:はあ、店のマニュアルに書いてありますしい。

 男性客:書いてあればいいってもんじゃないだろ。

     いや、分かった。もういい。

 店員1:はあ、では、ハンバーガー『だけ』で、百円でございますう。


 *男性客が諦めてお金を払おうとしていると、右隣のカウンターで、


 店員2:お待たせいたしましたあ。「ワン」と「ワンワン」でございますう。


 *驚いて右を見ると、トレイの上には、誰が見ても間違いようのない「ワン」と「ワンワン」。

  男性客は驚愕。


 男性客:ちょっと、もしかしてあれは伝説の……


 *急にクラシックが流れ、「しばらくお待ちください」のメッセージが一分間。

  映像が戻る。


 司 会:えーっと、大変お見苦しい点がありましたことをお詫び申し上げます。

     それでは次の中継がつながっておりますので、呼んでみたいと思います。

     それでは、現地の吉田さん?

 吉 田:はい。

     私は今、とある研究学園都市として有名な街の動物病院におります。


 *若い男が猫を抱えてやってくる。

  待合室には2名の先客。

  色の黒い髭面の男性と、お嬢様風の清楚な女性。

  若い男が窓口に近づく。


 若い男:すいませーん!

 看護婦:はい、どうしました?

 若い男:風邪をひいたようで元気がないんです。

 看護婦:それは大変ですね。こちらへどうぞ。

     飼い主の方は待合室でお待ちくださいね♪


 *猫を待合室に置き、男の手を引いて奥に行こうとする看護婦。


 若い男:ちょっと、ちょっと!

     私じゃないですよ!

 看護婦:あら、ごめんなさい。

     ぱっと見てあなたのほうが獣に近いかなと。

 若い男:私は人間です!

 看護婦:ごめんなさいね。

     はーい、猫ちゃーん!

     あら、この子雑種ですか?

 若い男:(気を悪くしたまま)そうですが。

 看護婦:そうですか。

     では診察ですよー!

     飼い主に似て雑種の猫ちゃーん。

 若い男:あーっ!

     ちょっと待て!


 *無視して診察室に入る看護婦。

  どうしようもなくなって待合室のソファに座る男。

  しばらくすると看護婦がまた現れる。


 看護婦:伊集院玲子様、いらっしゃいますか?

 お嬢様:(か細い声で)はい……

 看護婦:加藤基次郎ちゃんの診察が終わりましたので、お入りくださーい。

 お嬢様:はい……有難うございます……


 *奥に入る清楚な女性。


 若い男:(独り言)「加藤基次郎」ちゃんだって。

     なんだろうなあ、アイリッシュセッターかなあ。

     それともコッカースパニエルかなあ。

     スピッツだとちょっと名前が合わないし。

     それにしても、人間みたいな名前をつけるなんて、お茶目な人だなあ。


 *しばらくして扉が開く。


 お嬢様:お世話になりました……ほら、行くわよ……


 *楚々とした動きで出てきたお嬢様の後から、四つんばいで出てきたのは――

  中小企業係長、マイホームの借金もある五十代前半の「加藤基次郎」

  (一・九分けの簾頭)


 基次郎:わんわん♪


 *そのまま何事もなかったかの立ち去る二人。


 若い男:お嬢様じゃなくて女王様だったのか・・・


 *しばらくすると、また看護婦が出てくる。


 看護婦:ラジャ・アル・アフマヌーン様、×××××××××××××××


 *色黒の髭面男が立ち上がる。


 ラジャ:×××××××××××××××

 看護婦:×××××××××××××××


 *奥に入るラジャ。


 若い男:ちょっと、ちょっと!

     今のはなんですか?

 看護婦:は?

 若い男:「は?」じゃなくて!

     今のは何語ですか?

 看護婦:ウルドゥ語ですが。


 *その時、奥の部屋から聞こえてくる叫び声。


 ???:あるるるるるるるるー、あぎあぎあぎ、るうるうるうるう!!!


 若い男:……何ですか?

     今のは?

 看護婦:キマイラです。

 若い男:……そんなことをここで言っても、知っている人は少ないのでは。

     そもそも普通に動物病院には来ないでしょう?

 看護婦:はあ、ちょっと今日は気が立っているようですね♪

 若い男:……あの、もしかしてお腹が空いているとか。

 看護婦:そのようですね♪

     まあ、飼猫と飼い主が仲良く一緒に同じところに収まるんですから、喜んでください♪

     それでは――

 若い男:あーっ、ちょっと待て!

     逃げるなあ!

     なんだよ、飼い主も一緒って!


 この後、見るも無残な阿鼻叫喚の巷が展開されるのだが、心優しい作者としてはこれ以上は可哀想で書けない。


( 終り )

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