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目先のPVに目が眩みます。

目先のPVに目が眩みます。

小説を投稿すると、やはり「できる限り多くの方に読んでもらいたい」と思うのが作者心なのではないでしょうか。少なくとも私個人としてはそう考えており、拙作の至らなさを恥じるあまり感想や批評に怯えている側面はあるものの、それでも自身の紡ぎ出した物語に触れた感想を知りたいと探求心が疼くのです。知的好奇心あるいは承認欲求と呼ぶべき我欲かもしれません。

そこで注目するものがPVです。どれだけ満足できる物語を書こうとも、読まれなければ書いていないのと同じです。物語を物語として昇華させるのはいつだって読者なのです。PVはそのまま物語の存在値のようなもので、ゼロからイチへと具現化させるには多くの値が必要になると考えております。

ゆえに私はPVを求め、PVに目が眩み、物語の深みへの追求を断念してまで、PVの向上に執念を燃やすのです。さながら泥沼にはまってゆくような感覚でしょうか。「どの時間帯に投稿すべきか」「どのように宣伝すべきか」「どのようなキャッチフレーズをつけるべきか」、悩みは尽きず、しかしある瞬間にプツッと切れます。「話がつまらなきゃ誰も読まんな」と。

PVとは我欲の塊で、だからこそPVに目が眩んだ人間は醜悪で、滑稽で、奈落の底へと落ちてゆくのです。私は今、風を感じながら近況を綴っております。実況中継なのです。

強い我欲に眩んだ目は、葛藤の深淵で一切の光を見失います。次に日の目を拝む時、私の身体はヘドロのように溶け切っていることでしょう。こんなにも暗い闇の底から光差す地上に這い上がるには、並大抵の努力がなければ叶わず、その努力が綺麗事であるとは限らないからです。汚れて汚れて汚れ切って、読者の注目を一身に受けた時、私は我欲という頂で漸く日の目を拝むのです。PVという名の太陽の日差しを――

元始、読者は太陽であった……光を目の前にして、目が眩むのも無理からぬ話なのでしょう。それでも、自ら輝く太陽を、物語を輝かせてくれる光を追い求めることは、盲目的な愚行ではないと自身に言い聞かせたい所存であります。

虫であろうと目先の光に惹かれてゆくのです。人間も同じことでしょう。我々は本の虫の成れの果てなのですから。

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