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元1流バリスタの遠吠え:1

実は私は、元バリスタである。
作家を目指しながらアルバイトとしてたのが、あの有名な緑のエプロンのお店であった。
元々コーヒーが趣味でもあった私は、それなりに真面目に頑張って仕事をしていたら、小説家としてよりもバリスタとしての能力、そして人材育成やマネジメント能力の方がグイグイと伸びていってしまい、アルバイトでありながら、契約社員と同じだけの仕事と責任を担う『マネージャー』をすることになってしまった。
売り上げにもシャレにならないくらいに貢献し、一時期は自店舗をエリアでもトップセールスの店にまで押し上げた。
デザートの売り方を学びに、他店から研修にくるスタッフまで現れる始末であった。
そんなことを6年ほど続けているうちに、突如自分の店を持つチャンスが到来した。
出資してくれる知り合いが現れ、私はその話にのって、コーヒー豆の焙煎からエスプレッソドリンクまでカフェ業において『コーヒー』の全てを担う店舗を立ち上げた。

だが……。
売り上げは上がらず、一年と持たずに私はその店を離れた。
学んだことは、どんなに美味しいコーヒーを淹れられても、どれほど多くのお客様に味を認められても、大手チェーンが近くに出来れば潰れるということ。
私は未だに、自分が作り上げたエスプレッソ以上に上手いコーヒーを飲んだことがない。これは単なる自信過剰や手前味噌な話ではなくて、ちゃんと根拠もある。

多くのお客様に認められた中でも、とりわけ信頼性が高いというか、間違いのない人に『美味い』と言って貰えたからである。
一人目は、私の店に焙煎器を下ろしてくれていた会社の社長。
彼はその職業柄、全国はもちろん、全世界のカフェでスプレッソを飲んでいた。
当然、バリスタの大会にも顔を出して、試飲などもしていたようだが、その人が和足のエスプレッソを呑んだ時『これ以上に上手いエスプレッソを飲んだことがない』と言ってくれたのだ。
そしてもう一人。
本当に偶然、当時のバリスタ世界大会で上位の方が、店に現れ、私のエスプレッソを飲んでくれた。
彼は感動のあまり、私を店から引き抜こうとした。
店を始めたばかりだったから、当然断ったが、今考えれば大人しく引き抜かれていれば、30歳にして無一文にはならなかったかもしれない。
すでに十年ほど前の話。

失敗した当時は、もう二度とコーヒーに関わるのは良そうと思っていたが、最近またコーヒーに携わりたい気持ちも出てきた。
小説……というか文章にはコーヒーや紅茶がつきものだ。

最高の小説を片手に最高のコーヒーを飲む、なんていうのは、なかなか稀有な贅沢ではなかろうか。

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