出張という言葉を聞くと、なんだかイヤラシイ印象を覚えるのは私だけだろうか。
「ちょっと、出張に行ってくる」という夫の行く先は・・・というような、サスペンスドラマなどでお決まりの展開をよく目にしていたため、そんな印象が刷り込まれているようだ。
しかし、現実は全くそんなことは起こり得ない。
なぜならば、真面目に仕事をしているからである。
ところで、雨男、雨女という言葉がある。
昔は、雪男や雪女の親戚かとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
雪男は雪山に住み、雪女は寒い地方の村だかどこかに住んでいるが、雨男や雨女は、そんな限定的な存在ではない。
日夜、我々の生活の中に溶け込み、ここぞとばかりに雨を降らせる、ちょっとした面倒な輩たちである。しかし、彼らのおかしな点は、雨を望む場面で雨を降らせないことであった。
さて、今回、男は添乗員さん的なポジションで出張に行っていた。
大型バス3台を束ねる水先案内人である。陸だけども。
バスが出発した直後、2名の荷物が乗っていないという事実が発覚し、荷物を届けてもらうために待機する羽目になった。
ここから、運命の歯車が狂い始めたのだった。
待機していたバスは、突然の豪雨に見舞われた。
それは、荷物を受け取る瞬間でもあった。
2名分の荷物を受け取り、バスのトランクに入れている間、男と運転手、届けてくれた人物を含め、3名がずぶ濡れになる事態となった。
もちろん、荷物を忘れた2名はえびす顔である。
豪雨によるバスの移動は、すなわち行程の遅れにもつながった。
予定よりも30分ほど遅れたバスが向かった先は、とある観光名所である。そこでは、まず始めに昼食を取る予定であった。
90名ほどの人間が一気に移動を開始したのもつかの間、昼食場所となっていた休憩所(ここで弁当を食べる予定だった)は、他の団体客が占領していたのである。
その上、土砂降りである。
冷たい雨に打たれ凍える中、身内90名からの冷たい視線に心まで冷え切った男は、必死で昼食場所を探し回ることになったのであった。
翌日、一行は野外活動をすることになっていた。
昨日の雨天とは打って変わっての快晴。男は安堵していた。
この日は飯盒炊爨。
薪に火をつけ、米を炊く。炊いた米を食らう。
簡単なミッションのはずだった。
さぁ、飯盒炊爨を始めよう、とした矢先。
突然の雨・・・。
濡れる団体、湿る薪・・・。
屋根のある場所へと移動し、再び準備を始めた途端、雨は上がった。
このような由々しき事態は、きっと自然のいたずらなんかではない。
どこかに雨男が潜んでいるに違いない。
雨男は、男をつけ狙い、ピンポイントで雨を降らせる怪人である。
そんな輩がいる限り、この3日間にも及ぶイベントを無事に乗り切れるはずがなかった。
必ず、奴はそこにいる。
薄気味悪い表情を浮かべて、こちらを見ているに違いない。
建物の背後や、木の陰から、こちらを見て笑っているのだ。
男は唾を飲む。ゴクリと。
寒気が襲っていた。これは、雨が滴っているからなのか、妙な緊張感を持っているからなのだろうか。
人の集まりから離れ、あたりを見渡した。
再び曇り始める空を見て、男は、雨男の存在に気づいた。
遠く、80mほど離れた場所に、その男は佇んでいた。
集団が行動している場所に、雨は降っていない。
その男が佇む場所だけ、なぜか雨が降っていた。
その男は、水が滴る頭をゆっくりと持ち上げながら、微笑んだのであった。
ああ、そうか、自分が雨男だったのかと。
そんなショックで一日寝込んでしまったため、今日も執筆は進まなかった。