長い夜は続いている。
男はなかなか眠りから覚めずにいた。
人生は一日に例えられる。
日の出から日没まで、日没から日付が変わる瞬間まで、人の一生は終わらない。
ならば、日付が変わった時、人はどうなるのだろうか。
一生の終わりとはなんなのか。
日付を跨ぐことは何を意味するのか。
男にとって、夜は生命線であった。
この夜こそが、男にとっての生きがいそのものだった。
一日の終わりが、男にとっての最高の時間である。
夜の静寂が男を癒し、この夜に男は安堵するのである。
そうであるからこそ、男は長い夜を好んだ。
現実の明かりは眩しすぎる。
日差しの中で溶けていくよりも、月明かりの下で物思いに耽ることが悪いことなのだろうか。
それでも明日はやってくる。
毎日生まれ変わったかのように、同じ日常を繰り返している。
同じことを繰り返しているうちに、人は感覚を失っていくのだろう。
目を閉じた時に、今日の自分はなくなってしまう。
明日、目を開いた自分は、果たして元の自分なのだろうか。
そんなことを考えてしまうほど、朝を迎えることは苦痛で仕方がない。
男は毎晩創作に耽ることが楽しみである。
ここ数ヶ月の間、どういうわけかそんな楽しみすら忘れてしまうほど、昼間を必死で生きていた。
次第に思うのである。
昼間を生きている自分は、果たして本当の自分なのかと。
それでは、夜に生きる自分が、本当の自分なのだろうか。
夜に生きれば生きるほど、明日の、昼間の自分は自分でなくなっていった。
長い夜は続いている。
この夜が明ける頃には・・・きっと“自分”は死んでいるのかもしれない。
せめて、この夢だけでも続けばと、目を閉じた世界で夜を演出するために、男はなかなか眠りから覚めようとはしないのである。
という、ある種の哲学的な考えをしているくらい、あまりにも夜は暇だった。
暇すぎてあくびが止まらないため、ここ数ヶ月間は早く寝ることにしていた。
それにしても、ここ最近は眠すぎて起きれないことが多すぎる。
目覚ましをかけているのだが、目を覚ますことを拒絶するかのように、目覚ましを止めては再設定、止めては再設定を繰り返していた。
そういうことを繰り返しているうちに、お気に入りの目覚まし曲は嫌いな曲リストにノミネートされていくのである。
今日も睡魔に勝てないため、執筆は捗らなかった。
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ついでに、明日から出張のため、またしばらくは執筆は捗らないと思います。
わけのわからない日記を書いているうちに、作品執筆をした方が良いのではないだろうかと思ってはいるが、とりあえず、また週末に更新を予定しています。