その腕時計はもう動かない。
午前か、午後かもわからない。
男はその腕時計を片手に取って、止まった時間の中でこれまでのことを考えていた。
「あぁ、自分はなんて意義のない時間を過ごしてきたのだろうか」と。
無意味に感じる日々の中で、同じことの繰り返しをする朝と夜の往復の中で、自分に出来ることは何なのかを考えていた。
残念ながら、時の流れは止まらない。
取り戻したい時間は、永遠に戻らない。
無慈悲なベクトルが常に前へと進んでいる。
男はそんなとき、いてもたってもいられなくなる。
時間に無駄はない。でも、無駄な時間はある。
無駄な時間を無為に費やす人生は御免被りたい。
そんな時、男は外に出るのである。外の空気に触れて、人ごみに紛れて世の中の流れに乗った気分を味わいたいのである。
しかし、それでも男の涙は止まらなかった。それが果たして、悲しいのか、花粉症によるものなのかはわからなかった。
だから、男は今日もラーメン屋に向かう。
ラーメンだけが男の心を癒してくれた。
いつもと同じメニューを頼む。
だが、同じメニューであって、いつもと同じ味とは限らない。
それは、これが人の手によって作られたものであることの証明にほかならない。その微妙な差異を、鼻から、舌先から、喉の奥から確かめる。
ところが、男はそれでは満足できないのである。
男はラーメンにコショウをふりかけた。
再び、男に悲しい気持ちのようなものがこみ上げる。
鼻をくすぐる香辛料が、一気に男の中にこみ上げてきたものをぶちまけた。
ラーメンは、新たな調味料によって、妙な塩気と切なさと恥ずかしさによって仕上げられた。
落胆した。戻せる時があるのなら、杉を植え始めたあの頃に戻って、植林業者を片っ端から殴り飛ばしたいそんな気持ちになった。
こんなにも虚しいことがあろうか。
癒しを外に求め、その結果、その癒しですら自ら汚してしまう愚かなことが。植林業者を責めるより、まずは自分の行いを見つめ直さなければならないことに、この時気がついた。
そうだ、家を出るところからやり直せればと思いながら、男はレジへと向かった。
男は財布の中身が空であることに、この時は気づいていなかったのである。
そのため、男の執筆は3ヶ月にもわたって進まなかった。