本来力を入れて書きたかったはずのファンタジーは見る影もない。
正直、自分の表現力に絶望していた。
男は、そんな自分の非力さを、違ったジャンルの小説を書くことで慰めていた。それでも、彼は非力さを痛感するあまりであった。
彼は書くことでしか自分の心を埋められなかったのである。
力が入らなかった。男は渇いていた。少しでもいいから、自分を潤す何かを求めていた。
渇望する欲求が、彼の足を、いや、心を突き動かしていた。
自分に足りないものを求めて、彼は走った、飛んだ、泳いだ、そして、四輪の箱に飛び乗り、足にあるレバーのような何かを踏みしめる。加速する背景が、とてつもない速さで通り抜けていく。
男を駆り立てるものは何なのか、何が彼を突き動かすのか。
刺激が、刺激が足りない。みずみずしい潤いを、力強い血肉を、気を高ぶらせる興奮を求めていた。
紅い雫を器に浸す。骨身のない肉を、葉を茂らせて、白き塊をその手に取ってゆっくりと刃物で切り裂いていく。
やがてそれは、慈悲なき釜戸に放り込まれた。
釜戸の中では、紅き雫に満たされた芳醇な香りを漂わせ、命を乞うように、そいつらは身を踊らせていた。
男は、無慈悲にもその釜戸に火を点けた。
釜戸の中では溶岩にも似た飛沫をあげながら、ただひたすらにその身が柔くふやけ、溶け出すのを待つしかないのである。
それが……チゲ鍋であるということは、彼はまだ気づいていなかった。