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「いつか誇れるあなたへ」外伝 騎士キーシェの場合 -1-

(本編はこちら)↓
いつか誇れるあなたへ ~ 追放した相手が心配なので勇者は休業して回避不可能レベルで追いかけることにしました ~
https://kakuyomu.jp/works/16817330669276806673


◆◆◆


 キーシェは所謂ところの女騎士である。しかし、美貌とスタイリッシュさを併せ持ち、何処か抜けていたばかりに敵に捕まり「くっ、殺せ!」と誇りを重んじる女騎士とは、少々……いや、だいぶ違う。
 王都ルトランセの騎士学校を首席で卒業した有数の才女だが、天然で抜けていることが多い、つまり残念な女騎士であった。
 その最たる残念さは、その趣味趣向にあった。

「はっ! あの衛兵さん二人、イイ雰囲気だ。今の目配せ、イイなぁ……ふ、ふふ、ふふふ腐」

 恰幅の良い男性同士の不器用な愛情からしか得られない栄養素があると、キーシェは本気で思っている……いや本気は言い過ぎたかもしれない。所謂、腐女子という奴だ。
 もちろん、「生もの」は厳禁であるからして、キーシェの趣味趣向は常には心の中にしまい込まれているものである。が、付き合いが長い女友達などには周知のことであった。
 騎士学校を卒業したその足で、キーシェは成人用図書を買いに勤しみ、ついには推し作家の最新作「いつか誇れるあなたへ……」という作品を入手した。
 帰ったら物語の隅々まで読み進め、着想が浮かんだら二次創作を描いたりなんてしちゃったりして、“同士”や“お姉さま”方とまた貸し借りなんかしちゃったりして、そもそももう騎士学校も卒業したのだから、これからは借りなくても自身のコレクションとして持ち歩けるだなんてなんてハッピーな卒業……などと夢心地で書店からの帰り道、突然、騎士キーシェとして騎士学校の校長室へ呼び出された。

「(まさか、趣味がバレた? いやいや、いくら何でも趣味にまで口を出すか? 校長室に呼んでまで? あるいは校長も同じ趣味……じゃないだろうしなぁ)」

 などと悶々としていたキーシェに、校長はある旅の一行を紹介した。
 勇者ユウデンとその一行は、騎士としてのキーシェを旅の仲間に加えたいのだという。どうやら話を聞くに、キーシェが気付かぬ間に彼らに恩を作っていたとか何とかで……人違いでは? などと思ったが、勇者パーティ加入などこの上ない名声である。実家への仕送りにも困らないだろう。
 キーシェは推しの新作を部屋で読みふけってから同行したかったが、そこはそれ、冷静に騎士として同行した。あわよくば、勇者一行の中に“同士”が居るかもしれないし、あるいは勇者と誰かの禁断の仲間以上恋人未満の関係を眺められるかもしれない。

 とか思ってたのだが……魔法使いマジェルジェ、女性。聖者セイシル、女性……男性は勇者ユウデン一人。しかも、マジェルジェはユウデンへアピールしまくりでユウデンもそっけなくもありながらまんざらでもなさそうな、あるいは朴念仁過ぎて気付いて居なさそうという具合。
 勇者一行の旅路は思ったより肉体的にハードであり、精神的にもすり減る。推し作家の作品は旅の道中では手に入れにくく、まさに……

「ひ、ひからびる……」

 こんなことなら、勇者一行には付いてこない方が良かったのではないか。騎士キーシェは自問しつつ、しかし騎士としてこの上ない名誉なのだと自分を奮い立たせては、心の渇きを感じていた。


 そんなある日、パーティメンバーに小間使いの少年が加わることになった。
 太陽のような素朴な、どことなく利発そうな少年だ。彼が加わったことで食事の質が上がり、勇者一行の生活の質は向上した。洗濯物を異性が洗うことに抵抗が始めのうちはあったが、他のメンバーが気にしなかったこともありキーシェも気にしなくなってきていた。次第に、小間使いの少年は付与術師としての才覚を開花させていき、勇者一行の付与術師フヨルとしても同行することになった。

 そして、キーシェは見てしまった。
 ある日の朝、寝袋に入ったまま、そっと寝返りと打つとまどろみが故かと思える光景が見えてしまった。
 霧深い朝露の中、勇者ユウデンと付与術師フヨルの二人が、珈琲を飲みながら談笑している。ユウデンの顔は穏やかで、フヨルの顔は……

「(あれは……間違いない! 右だ!!)」

 キーシェの心に、唐突な供給が始まった。渇いた土地に、雨が降って来た。
 いやしかし、あくまで「生もの」それは見守るに限る。手を出してはいけない。これはとても繊細な飴細工のような物。常温で溶けるに違いない。
 だが同時に、いくつかの疑問も浮かんだ。

「(あれ? でも、ユウデンさんとは結ばれてない、のかな? マジェルジェさんのこともあるし……え? あんなに穏やかな表情してるのに??)」


 キーシェのこの時感じた「嫌な予感」は、最悪の形で実現してしまうことを、この時のキーシェは知る由もなかった。

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