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いくひ誌。【3231~3240】

※日々、限られた自由を奪い合う、そんな世界になってない?


3231:【2021/09/24*マルカッコ多すぎ問題の巻】
あーん。いったんサボったらもうずっとサボるの巻が百話くらいつづきそうな気配が濃厚なんですけどー。どうしよ、ねえ、どうしよどうしよ。なーんもしたくないんじゃけど、もっとサボってもよいじゃろか(好きにしたらよいじゃありませんか)。そんなこと言っちゃっていいのかなぁ。ほんとうにいいのかなぁ。いくひしさんサボっちゃうよ。いくひしさんのとってもおもちろーい小説、読めなくなっちゃうよいいの(チラチラこっち見るのやめてください)。えーん、えーん。冷たい。そんなこと言いっこなしだよ。いくひしさんはもっと必要とされたいんだよ。世の人々にあがめたてまつられたいんじゃよ。なんもしないでも愛されたいんじゃ(ムリでは?)。うわーん、ひどい。こうなったら!(なんでしょう) サボってやる!(元からでは?) そうだけど違うの。なんもしたくなーいの。いっそ引退したいよ。小説なんか嫌いじゃ嫌いじゃ。ふんだ。あっかんべーじゃ。でもでも小説さんのほうではいくひしさんが大好きらしいので、好き好き大好きみたいなので、じゃあしゃあないなって、つくってあげてもいいけど?(な、何様なのでしょうこの人)(面の皮が天の川では) そんなことないよ。いくひしさんはほんとうはもっとすごいんじゃもん。本気だせば一日に百冊くらいは余裕でつくれるし、誤字脱字なんかないし、教科書にだって載っちゃうし、いくひしさん憧れのノーベル文学賞だってポピーンと設立されちゃうんじゃ(それだとただのノーベル文学賞では?)。うるさーい。細かいことにいちいちツッコまないで。小言とか聞きたくないんですけど。というかきみなに。前から気になってたけど、マルカッコのひとisなに。何かってにひとさまの徳のたっかーい、えっらーいお文章に野次を飛ばしてくれちゃっているのだらう。暇人なのかな?(ブーメランになっていませんか)(だいじょうぶでしょうか。じぶんで言ってじぶんで傷ついていませんか)(心のバンソーコーを差しあげましょうか) やめて、急にやさしくしないで。いくひしさんがなんだかとってもみじめでしょ。独り遊びですら楽しくできないなんて可哀そうでしょ。どうしてもっといくひしさんを褒めてくれないの。いくひしさんはすごいんだよ、天才なんだよ、誰も認めてくれないだけで本当は宇宙一かわいいんだよ、どうしてわかってくれないの!(ときどきは奇特でやさしい方が高く評価してくれているのに、そういうこと言っちゃうところが、心底救いようがないですねホント) やめてやめて。いくひしさんが心狭くてひどい人みたいでしょ。ほんとうのことだからって言っていいこととわるいことがあると思うんですけど。いくひしさん、いま本気でおこってるからね。マルカッコのひとの言葉に傷ついてるからね。ふんだ、ふんだ、ふんだ(怒り方がなんかコミカルで笑ってしまいますので、怒るなら怒るで真面目に怒ってもらってもよろしいでしょうか)。キーーーっ! まじめ、まじめだよ。いくひしさんは生まれてきてこのかたまじめでなかったことがないくらいにおおまじめなんですけど。もういい。マルカッコさんには頼まないもんね。いくひしさんはいくひしさんでかってに自画自賛して楽しくなっちゃうもんね。さっすがいくひしさんはちがうなぁ、具体的にどことは言えないけど、すごいなぁ、感心しちゃうなぁ、これじゃ世界中のひとたちから愛されて、モテモテのウハウハだぜ(虚しくならないんですか?)。あーん。もう、こうなったら!(ふて寝はナシですよ) なんでじゃなんでじゃ、ふて寝くらいさせてたもー(けっきょく怠けたいだけじゃないですか)。そうじゃが?(開き直るんじゃありません) こうじゃが?(大の字になるんじゃありません) ぐーっ(ジャンケンかな?)。すーぴー、じゃ(スヌーピーかな?)。ヌが抜けておるが(間ヌけじゃないですか)。言ったなコノー。キーーーーッ。もう寝る(起きてこなくてよいですよ)。なんでよ、なんでよ(うるさいので)。ぐーーーーーーっで殴ってやる(そこは寝ておきましょうよ素直に)。こうなったら!(なんでしょう) 寝オチまい(寝オチとおちまいをかけた渾身のギャグだそうです)。解説しないで!(どんまい) うまいこと言うの禁止!


3232:【2021/09/25*搾取構造を批判する搾取構造】
搾取構造に反対の意思を表明している組織が、組織運営を行ううえで搾取構造を利用している現象に名前はついているのでしょうか。資本家(企業)と労働者のあいだの問題は、基本的には利益の分配をどうするか、に収斂するように思います。そこにきてでは、そもそも利益を生みだせていない組織においてはどうでしょう。より搾取構造が強化されるように思うのですが、なぜかそうした、より搾取構造の激しい組織では、社会奉仕や善意を免罪符にして、労働搾取が肯定されて映ります。また剰余労働という概念に関しては、企業は付加価値を生み出すことで利益をだすこともあるので、必ずしも企業が労働者から搾取しつづけるわけではない点が度外視されて映ります。もうすこし述べるならば、基本的に世のなかの商品には、最初は付加価値が生じます。目新しさがあり、これまでになかった便利さがあるのです(なければ売れません)。これがあったほうが、ないよりも便利な生活を送れる。そうした商品が付加価値を帯び、世に流通するわけです。ですが、そうした商品によって企業が利益を恒常的に生みだせるようになると、生産ラインでは合理化が進み、最初のうちはイチの労力でイチの価値しか生まなかったものを、イチの労力でジュウの利益をあげられるようになります。このときに剰余労働というものが生じるわけです。イチの労働しかしていないのだから報酬はイチでいいだろう、というわけです。ですが資本家側はキュウの利益を享受するわけですから、ここに搾取の構図が生じます。ですがこれはあくまで利益がでた場合に限ります。したがって最初のうちは基本的に剰余労働の生じる余地がないと言えるでしょう。そもそも利益を生まなければどのような労働もマイナスでしかありません(社会に与える好ましい影響を利益と考えることもできますが、ここではあくまで現状の社会体制たる資本主義社会を念頭に置いて話しているので、ここでの利益とはすなわち貨幣である、とします)。資本家はそうしたマイナスの労働に付加価値をつけるための場を労働者に提供しているわけです。必ずしも資本家と労働者の関係が搾取に繋がっているわけではないのです。世に一般に失念されて映ることの一つに、剰余労働をすくなくする取り組みと、搾取を失くす取り組みがいっしょくたにされている点があります。言い換えるなら、働いてできた分の利益をきちんと再配分される仕組みをつくっていくことと、搾取構造の是正はイコールではないのです。なぜなら、利益がでなくとも搾取は可能だからです。ここに、詭弁の潜む余地があります。利益をあげていないのだから搾取をしていない、ではないのです。利益をあげておらずとも搾取は可能です。むしろ利益をだしていないのだから、余計に搾取構造は強化されるでしょう。何らかの仕組みのうえで仕事をさせ、何らかの仕組みを機能させるための手駒として個人を構成員に組み込んでいれば、そうした構成員の労働に対する報酬を与えていなければそれは労働の搾取をしている、と呼べます。ボランティアですから、という言い訳をそうした組織は建前にするのですが、強制力の伴なった労働はボランティアではありません。自主的に参加するからボランティアなのです。ノルマを課せられ、無理やりに働かせられたらそれはボランティアではありません。にも拘わらず、社会奉仕という名の詭弁によって無理くり労働をさせられている例を比較的よく目にします。利益がでないので組織を維持できず、しかし組織運営のためには資金がいるので、そのためにそうした組織は労働搾取を行います。ボランティアならばボランティアらしく、ノルマや会費などを設けずに、自主的に参加させればよいはずです。ですが、本来は企業と同じような経済活動を行っているのに、搾取構造を維持したいがために、或いは理念という名の我がままを優先したいがあまりに、労働者に報酬を払おうとしない組織が目立ちます。そうした組織は往々にして、社会奉仕を謳います。お金のために活動しているわけではない、という言い方をするわけですが、個人を構成員に組みこみ、仕組みを維持するための労働力にしているのならば、いち組織として相応に対価を払うのが道理ではないでしょうか。それができないのならば搾取をしているとまずは認めたほうが、自家撞着に無自覚であるよりも好ましくいくひしさんには映ります。言っていることがいくら正しくとも、やっていることが正反対では、支持をしたくともできないのが道理ではないでしょうか。いくひしさん個人は、社会奉仕や無償の善意を好ましく感じます。ですが、それは愛や奇跡といったものと同じように、滅多にお目にかかれず、ユニコーンや天使のようなものだからです。儚いのです。赤ちゃんと同じです。ただそれだけでは現状の社会体制では活動を維持しつづけることは適いません。人はお金のために生きるわけではありませんが、なくては生きていけないのもまた事実です。そういう仕組みのうえでの生活を現代人は強いられているわけです。技術が進歩し、社会に余裕ができればそうした仕組みもまた変わっていくのかもしれませんが、すくなくともいまはまだそうした仕組みにはなっていません。生きていくためにはお金が必要なのです。お金を稼ぐことはわるいことではありません。どちらかと言えば、報酬を払わないことのほうが搾取をしているという意味で、より劣悪です。すくなくともボランティアを標榜した組織において、運営中枢人物たちとその他の末端構成員の収入に偏りがあったら、それはおかしいと言えるでしょう。組織内部で権限のある者ほど高給取りで、そうでない末端が安月給だ、なんて構図は搾取以外の何物でもありません。企業ならばそれでもよいのかもしれませんが、ボランティア団体では、これはほとんど腐敗していると言えるでしょう。こうした詭弁に当人たちが気づいていないこともあります。まずはそうした無自覚を認識し、いまからでも仕組みを変えていこうとしていくほうが、よりじぶんたちの目指す理念に近づけるのではないでしょうか。(上記、聞きかじりの知識をもとに三十分で並べた文章です。こういう感じかな、といった漠然とした印象論ですので、真に受けないように注意してください)


3233:【2021/09/26*わっからーん】
一つのことを極めるよりも、ガラクタみたいな各種バラバラの要素を無作為に、無尽蔵に、自由自在に組み合わせられたほうが、時間経過にしたがって魅力が増す傾向にある。ものすごいことを一種類しかできないと、一時的には注目が集中するがすぐに飽きられてしまう。その点、各種要素がガラクタであろうとも、一つとして同じでないモノを生みだせるほうが長期的には人々を楽しませつづけることができる。とはいえ、人々を楽しませつづけるには、見つづけてもらわねばならず、そのためには一時的にも注目を集める必殺技みたいなものがないとすこしばかり苦労するかもしれない。いっぽうで一点特化型であろうとも長くつづけていけるのならば、時代が進むごとにいったんは飽きた人々以外の目にも触れるようになるので、やはりそのつど注目を集め、それなりに利を得られるようになるだろう。どちらにしたところで、続けること――或いは残すことが必要条件になる。継続がだいじ、といくひしさんが常々繰り返している意味を解ってもらえただろうか。もちろん注目を集めなくてもいい、じぶん一人が楽しければいい、という考えもある。その場合であってもやはり、できるだけ長く楽しい時間を味わうためには、継続できる環境を整えることが欠かせないはずだ。必殺技は基本的に、その習得にも発動にも身体を酷使する。その点、奥義と呼ばれるものはたいがいどんな技にまぶしても威力の増すドレッシングや香辛料のような効能がある。一つの必殺技を極めるよりも、まずは奥義を習得したほうが好ましいように思うのだが、これは必ずしもトレードオフではなく、両方同時に突き詰めていけるので、ときどきは必殺技にも挑戦してみる、くらいがちょうどよい塩梅なのではないかな、といまのところは考えているしだいである。可能ならば、ガラクタで組みあげたそのつどそのつどの集合が、あたかも必殺技のごとく研ぎ澄まされて見えるくらいにまで、瞬間瞬間の取捨選択の妙を極められるとうれしい限りだ。無造作に繰りだす流れそのものが、あたかも淘汰の末に造形される自然のように、或いは能や盆踊りや三味線やクラシック音楽のごとく伝統の形式に匹敵する造形の美を感じさせるくらいにまで、自由自在に、融通無碍を体現できたら、楽しいだろうなぁ、と妄想する本日のいくひしさんであった。(わっからーん、と思いながら、極めるってなんじゃ、のいまの段階の考えを述べてみました。極める必要ってあるの、という問いがまずあるはずなのですが、そこはまあまあ無視しています。上記、何一つ定かではありませんので、誰か教えてほしいです)


3234:【2021/09/27*どちゃくそ迷うぞ】
きょうはちょっと趣向を変えて、小学四年生から中学生くらいの子にプレゼントするならどんな本がよいだろうか、と考えながら本屋さんを覗いて、帰ってきてからもじぶんの本棚を眺めてみたのだけれど、結果から申しますと、ないです。プレゼントできません。まずは小説とそれ以外の書籍では、まあまあふつうに小説のほうが無難だな、と考えました。でも果たして小説をプレゼントされてうれしいのかがまず以って疑問ですし、じぶんが小学生中学生のときに小説をプレゼントされてもまったくうれしくありませんでした(唯一ハリーポッターシリーズを三巻だけ読んだことがあるくらいです。その流れでたしか十五少年漂流記も読んだ記憶がありますが、それ以外はからっきしでした。夏休みの宿題の読書感想文でどうしても読まなくてはならなかった、とか、そんな感じだったような気がします。でも読んでみたらおもしろかったです。ただその後、読書にはまることはなかったことから、好んで読むほどではなかったようです。以降、2008年まで読書とは縁がありませんでした)。そこにきて、じゃあマンガはどうか、と問われると、マンガだったらそこそこまあまあ、うれしくはないけれど読まずに捨てることはないだろう、という具合で、じゃあマンガでも見繕ってみるか、といろいろと目を通してみたのですけれど、結果から申しますと、ないです。プレゼントできません。いや、シリーズでごっそり贈るのがアリなら全然思いつくのですが、一巻縛りで今回は考えてしまったので、単巻でプレゼントにふさわしいマンガがあるかなぁ、と考えて、ざっと見繕えたのが、「ルックバック」と「女の子が死ぬ話」と「映画大好きポンポさん」とあとは好きな漫画家さんの短編集なんかを見繕ってみたのですが、たいがい人が死ぬ話ですし、プレゼントで贈るほどのモノかなぁ、という感じがして気が引けてしまいました。強いて言うならポンポさんかな、といった結論に落ち着きました。ちなみに、プレゼントで贈るほどのモノかな、というのは何もマンガを虚仮にしているのではなく、プレゼントである、というだけでそこに何かしらの意味を幻視されてしまいそうで、困っちゃうな、のニュアンスです。プレゼントでないのならいくひしさんが読んでおもしろかった本を山積みにして、読んでも読まんでもどっちでもいいけど暇つぶしがしたいのなら好きなの読んで、と置いとくだけなのですが、やはりプレゼントとなると、「なしてこれをあだすに贈っただ」と首をひねられ、含めてもいない意図をひねくりだされてしまいそうなので、そうするともはや贈らぬほうが無難だな、の判断を下してしまいます。ちなみにシリーズで贈っていいのなら、コテリさん著「Veil」や石塚千尋さん著「ふらいんぐうぃっち」や施川ユウキさん著「銀河の死なない子供たちへ」や山本和音さん著「星明りグラフィクス」や九井諒子さん著「ダンジョン飯」を贈るかなぁ、と見繕いました。結界師や鋼の錬金術師やらんま1/2でもよいかもです。どれも好き好きなマンガさんたちです。大人たちが意味もなく手塚治虫さんの「火の鳥」や「ブラックジャック」を贈りたがる気持ちが解かってしまった日でございました。それ以外を贈ると、あまりに個人的な嗜好の押し付けになってしまいそうで、教育上よろしくなさそうだなぁ、とどうしても思ってしまうのですね。とはいえ手塚治虫さんの作品とてかなり癖がつよいので、なぜそれは許せるのだ、の気持ちも湧かないわけではないのですが、まあまあそのうちどうせみんな読むんでしょ、ならいいじゃん、の妥協の産物かもしれないので、それはそれ、これはこれ(何がだ)。ひるがえって、いくひしさんはじぶんでつむいだ小説を子どもたちに薦められますか、と考えてみますれば、何一つ薦められぬし、読まれたくもないのだね。どうしても読みたいというのなら止めはしないよ、くらいの塩梅で。プロ意識が皆無やな、の自覚を強固にして、本日の「いくひ誌。」とさせてくださいな。おちまい。


3235:【2021/09/28*中身と装飾の違い】
他人に向けて文章を並べたとたんにいまの時代はどこからともなくひゅんひゅん野次が飛んでくるようなので、みんないくひしさんみたく一人遊びをしたらいいのに、と思ってしまうな。とはいえいくひしさんのいるここは人っ子一人いない無人の世界になってかれこれうんぬん年なので、誰かいませんかぁ、とラジオに乗せてとくに期待もせずに惰性で呼びかけつづけてる感じで並べているので、野次ですら返ってきたらうれしい、うれしい(うそ。そんなにうれしくはないです)(もらうなら野次よりもどう読めたかの感想がよい。解釈がよい。他者視点での世界が視たい)(だからべつに感想でなくともよくて、その人の表現であればべつにいくひしさんとまったく関係がなくともOKです)(というかそれがよい)。いくひしさんの「おーい、おーい。だれかいませんかぁ」の呼びかけに反応があるだけで、「人、生きてた」の感慨の深さで油田が湧いちゃうくらいにびっくりしてしまうな。だいたい、どんなに酷評されるような文章とてあと百年もしたら貴重な資料になるのだ。いちいち他人の評価に影響されて、文章形態を変えていたら埒が明かないし、みんな同じになってしまう。そんなのつまらんと思うのだけど、そうでもないのだろうか。好きなように考えやら思いやら妄想やらを表現すればよろしかろう。その結果に誰かを傷つけてしまったり、間違った情報を拡散してしまったら、ごめんなさいをして、訂正すればよいだけではないだろか。犯罪行為なら法律をもとに裁かれるし、そうでないならまあまあ自由にしてください、で終わる話なのでは。文章の内容と、文章の並び方はべつの次元のお話だ。その点、文芸はまさしく文の並びでお芸事をお見せしよう、の分野でもあるので、すこしくらい特徴があったほうがおもしろい気がするのだけれども、工夫するなら内容のほうに拘りたいよね、と思わないでもないので、まあまあお好きなようにしてください、いくひしさんはします、とやはり思ってしまうのだね。前々から述べているけれども、ダサいとか、キモいとか、そういう野次は批判ですらないので気にしないほうがよいですよ。とりとめもなく本日もマルカッコ多めのいくひしまんでした。おちまい。


3236:【2021/09/29*マルカッコなし問題の巻】
へい、集合。みんなさん集合してくれい。ちょいと相談したいことがあるんだよ。いくひしさんのご相談にのっておくれよ。んだよいま忙しいのに喚くなって。えーなになにぃ、まんちゃんの悪口大会開くってぇ? ちがうちがう、そんなんじゃなくて。じゃあ何だよ。そうだそうだ、我々は忙しい。まんちゃんといっしょにしないでいただきたいものだね。いやじゃ、いやじゃ、だいじな話だから我慢しておくれよ。いくひしさん、さいきん思うんじゃけど、じつはそんなにかわいくない疑惑あったりする? ないかな、ないといいな。ねぇねぇ、みんなさんはどう思います。こいつなんか言ってっけど、どうするよ。おまえなんか言ってやれよ。あたしぃ? いやいや、そういうのそっちが専門じゃん。ちょっとあたしでも現実を突きつけてあげちゃうのは可哀そうでできないわぁ。ちょい待ち、ちょい待ち。みんなさんなんなのさっきから。ちょいちょいいくひしさんを小馬鹿にしておりませんか。コバエなみに無下になされておいでではありませぬか。いいからおしぇて。いくひしさんってじつは宇宙一かわいいではないかも疑惑の真相をおしぇて。いいのか、つらい結果になるのが分りきってんぞ。まんちゃんが怒ったりむつけたりしないって誓うんならあたしは言ってあげてもいいけどね。心配ご無用だよ。本当のこと言われておへそちゃんねじねじひん曲げるほどいくひしさんは超能力者ではありませんので。スプーン曲げもできませんので。超能力者じゃねぇのは知ってっけど、じゃあまあ言うけど。え、なんでそっちのひと固唾飲みこんだのイマ。いくひしおまえな、じぶんで言うほどかわいくはねぇぞ。なんじゃ? かわいくはないって言ったんだ。幻聴かな? ちゃんと受け止めろよ、現実逃避すんな。いいか。おまえは、そんなに、というかふつうに、百人中九十九人はかわいいとは思わないレベルでかわいくはない。ちなみに残りの一人はいくひしおまえだ。そうだよまんちゃん。ウザい、腹グロい、性格わるい、の三拍子揃ったお近づきになりたいとは心の底から思わない人物なんだよまんちゃんは。あ、見てゴジラ。妄想で世界を滅ぼそうとすんな現実直視しろ。まんちゃんあのね、あたしらもできればまんちゃんにはおとなしくしててほしいから黙ってたんだけど。なんじゃいよ。まんちゃん、けっこう見ててヒヤヒヤする。寒いを超えて、ハラハラする。だいじょうぶかなぁ、このひと、ちゃんと生きていけるのかなぁって心配になっちゃうくらい。そんなに!? けっこうな言われようなんですけどいくひしさん、心外。そういうワルグチはよくないと思うんですけど。おまえが言えっつったからこちとら気分最悪でも教えてやったんだろうがよ。そうだよまんちゃん。あたしたちだって本当は外からそっと眺めて、まんちゃんまたバカなことしてるって笑っていたかったのに、こうして親切で教えてあげてるんだよ。いまの発言のどこをどう切り取ったら親切さんが? いえね、みんなさんが本音を打ち明けてくれているのはひしと伝わっておりますよ。短くはないお付き合いですからね。それにしたって、解せぬよ。解せぬ。いくひしさんは宇宙一かわいいのではなかったなんて。いいよ、いいよ。約束だもんね。怒らないし、むつけない。いいもん、いいもん。いくひしさんはいくひしさんじゃい、でもホントは宇宙一かわいいがよかっだぁ。まあなんだ、泣くだけなら許してやっから我慢すんな。まんちゃん……。やめてやめて、慰めないで。もっと惨めになっちゃうでしょ。だいじょうぶだよ。いくひしさんが宇宙で二番目にかわいくても、かわいいはかわいいだから。いくひしさんがかわいいのは不動だから。あははー。優勝をほかのだれかに譲っちゃうなんて、いくひしさんってばやっさしー。かわいいうえにやさしいだなんて、最強じゃなぁ。すごいなぁ。我は最強なり。なぁ、こいつどうするよ。あたしが思うに、さっきのゴジラ連れてきて藻屑にしてもらったらいいんじゃないかな。宇宙の藻屑にでもしてもらったらいいんじゃないかな。ひどいが!?


3237~3240:【2021/09/30*字数オーバー】
近況ノートは一万文字以上を載せられません。前回に引きつづきオーバーしてしまったので、pixivFANBOXさんのリンクを貼っておきます。https://ikubisiman.fanbox.cc/posts/2777288

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