※日々、賽の河原で遊び尽くす、河原の石をもっと寄こせ。
2861:【作家は死者に取材する】
世に怪談を集める作家の物語は数えだしたら暇がない。ホラー小説ともなれば作品全体の三割は怪談を収集する作家が主人公なのではないか、とすら思えるが、藪に首を突っこみたがる者が蛇に遭遇しやすいのは何も虚構にかぎらぬ話であるから、これは生存バイアスの意味合いでは正しい統計と言って齟齬はないように思う反面、いささか誇張しすぎたきらいもないとは言えない。私は三十路をすぎた売れない作家だ。とはいえ昨今売れている作家を探すほうがむつかしく、私は作家ですと言えるくらいに売れている者のほうが小数であるから、作家と名乗るのもおこがましい肩身の狭い者たちが、ちんけな誠意と尊大な虚栄心の狭間で、売れないけど作家です、と口にしているのだろうと、これは十割自己分析でしかないが、そう解釈している。怪談の話である。私の飯の種であるので、それはもう、全国津々浦々、目新しい怪談があるようならばネットで収集し、取材費をなるべくかけずにいようと創意工夫している毎日だ。わざわざ現地に足を運んだりはしない。運んだりはしないが、しかし例外は何事にもつきもので、(つづきはこちら:
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2862:【王道の怪談】
百物語をご存じの方も、そうでない方も、今宵は百話目にふさわしい王道の怪談を一つ披露させてもらおうかと、少々のお時間を頂戴いたしますこと、ご容赦くださればなと、他人事のように前置きをしておきましょうかね、えぇ。怪談話で有名なのは皿屋敷なのではないかとわたくしは思うんでございますが、では皿を数えて一枚二枚とやっていって、一枚足りないと恨み言を零す幽霊の話を王道と言ってしまってよいものか、ここは一つ首をひねりたくもなりますでしょう、なりますでしょ、なりませんか。怪談の醍醐味と言えばなんといっても背筋が凍るほどにおそろしい、夏の暑さを忘れてしまうほどに怯えてしまう、そういった恐怖にあるとわたくしは断言致しますが、そこにきて、では皿屋敷が恐怖に慄けるかと言えば、はてさて、これはもちろんひとによりけりでございましょう。わたくしはと申しますと、やや物足りない所存でございます。皿屋敷よりかは手前、四谷怪談、お岩さんは、これはちと背筋がぞわぞわ落ち着かない気も致しますが、やはり恐怖に慄くほどのことではございませんね。はて、ビビリと思われたくないだけ? つよがっているだけ? なんてぇこと言うんでしょうかねこのひとは。斟酌せずに言ってしまえば、いったいどこが怖いのかと、野次の一つでも飛ばしたくなるところでごぜぇますが、礼儀正しい爽やか坊主で通っております手前、かような乱暴な所感は零さずにおきますが、えぇ、もう遅いなんてお声が聞こえてきましたが、何事も遅すぎるなんてことはないものでして、(つづきはこちら:
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2863:【カミサマ。僕の神さま】
僕は十四歳にして悟ってしまった。恋愛には二通りの結末しかない。結ばれるか、結ばれないか、だ。たとえ結ばれたとしてもそのあとにはまた、別れるか別れないかの分かれ道が待ち受けていて、別れてもその後に縁を繋ぎとめておくか否かでまた道が分岐し、別れないにしても仮面夫婦よろしく実質、縁が切れている場合もある。そう考えてみると、恋愛を成就させようと考える前提がまず理に適っておらず、恋愛における成就を、数少ない結末のどこに設定するかで人生の満足度は大きく変わってしまいそうだ。結婚とか付き合うとか、そういうことでは本来ないはずだ。恋愛の成就とは意中の相手と結ばれることだとすれば、そんなのはあまりに儚い一瞬の結合でしかなく、基本を穿り返してもみれば、二つの直線はいちど交わればあとはもう延々と離れていく定めなのだ。たとえば性行為をすることを成就と呼ぶのならば、それこそ長くとも六時間、平均すれば一時間しか持続しない。何度も同じ相手と性行為をすることとしても、ではその相手がほかにも同じように何度もほかの相手と性行為をする人間だとしたら、それを成就と呼んでよいのかは、やはりひとによるだろう。心の結びつきを恋愛の成就と呼ぶとしよう。互いに相手を尊び、しあわせを願い、そのように振る舞うことを日々是とする。だがそれは親と子の関係でも成立するし、孫と祖父母の関係でも成立する。友情であっても充分だろう。何故恋愛の専売特許のごとく、(つづきはこちら:
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2864:【僕は虚構に恋をする】
恋愛経験を重ねずにこんな歳まできてしまったが、こんな歳とはどんなかを具体的に数字で示すのには抵抗がある。いわゆる大人として誰もが認める年齢であるので、そこはぼやかしておくけれども、なぜって念押ししておきたい点がだから、恋愛経験の一つでも重ねておいておかしくはない年齢に僕がいるという点であって、僕の側面像を仔細に述べたいわけではないからだ。恋愛をテーマに一つ掌編をつくってくれませんかね。馴染みの取引先からそのような依頼を受けた。いざとりかかってみるものの、ふだんはもっぱらゴテゴテの宇宙冒険譚を手掛けているため、恋愛を主軸に物語を組み立てるというのがいったいどういうことなのかが、感覚的に掴めない。自作においても恋愛要素は自ずと帯びていることがある。ただ、読者からの評判のよいキャラクターはどちらかと言えば、友情や博愛を優先するタイプの人格で、恋愛にかまけるようなキャラクターは、作者としてもいち読者としてもあまり愛着がなく、どうしても作中での恋愛要素は、ほとんど装飾の域をでず、腰を据えて描いたことはなかったように思う。だいたいにおいて、恋愛をテーマに物語を編むとはどういうことか。二人の人間がいればそれでいいというわけではないのだろう、そこはかとなく、そこはなんとなしにだが察せられる。むろん、二人きりしか登場せずとも極上の恋愛小説になることもあるだろう。事実そのような作品を読んだ憶えがちらほらとある。ただし、ロミオとジュリエットを引き合いにだすまでもなく、(つづきはこちら:
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2865:【新しいマシン買った】
店内は涼しく、閑散としていた。客の姿はなく、電化製品だけが所狭しと並んでいる。有線なのだろうか聴いたことのない南国じみた曲が流れている。人目を気にしてワンピースを着こんできたが、こんなにひと気がないならもっとラフな格好をしてくればよかった。自転車をかっとばしてきたので汗がだくだくだ。化粧もドロドロで、いますぐに冷水で顔を洗いたいくらいだ。さっさと用を済ませて退散しよう。まずは店員を探した。目的が決まっている以上、専門家の意見を仰ぐのが先決だ。目的の品がなければそれまでだし、予算内で購入できる品があれば御の字だ。しかし店内を練り歩くがなかなか店員を捕まえられなかった。客のみならず店の者がいない。よもや無人店舗ではあるまい。しょうがないと諦め、目的の品の陳列されている棚を見て回った。通販が主流のさっこん、物理店は繁盛しない向きがつよい。店舗を維持するだけでも経費が嵩むのだろうし、管理には人件費もかかる。だったら在庫だけ抱えてあとは注文があったときにだけ品物を手配し、送り出したほうが効率がよいのは、これは誰が考えてもその通りだと思うだろう。仲介料をとれば、右から左に商品を移すだけで利益が懐にチャリンチャリンと音を立てて入る。転売屋なんてアコギな業者が跋扈するのもそのほうが儲かるからだろう。健全な経済なるものがあるのかは知らないが、まっとうに社会の財を増やそうと堅実に付加価値を作りだしそれを売って利益をだそうとあくせくしている者たちからすれば、ズルをするなズルを、と言いたくなる気持ちは理解できる。が、あと十年も経たぬ間に物理店はコンビニや一部の専門店のみが残り、あとは野となり山となり、いずこへと消える定めなのだろうと、(つづきはこちら:
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2866:【あすのチャイムは特別で】
在宅ワークに替えてから通販を利用する頻度があがったために、段ボールの始末が面倒に感じはじめて久しいが、人付き合いをせずに済むようになったのはよろこばしいことだ。とはいえ、さすがのわたしも――何がさすがなのはかじぶんでも謎だが、人間関係を煩わしく感じることにかけては得意中の得意のわたしであっても――数か月を家に引きこもりっぱなしで過ごしていると、そこはかとなく人肌恋しくなったりするようだ。端的に誰かとしゃべりたい。独り身の孤独を紛らわせるための処方箋として、猫でも飼うとよいとネットには書かれていたが、あいにくとアレルギー持ちゆえそうもいかない。散歩に出かけるのを日課にしようと計画を立ててみたが、三日坊主どころか翌日から行かなくなってしまった。歩くのですらダルい。身体がすっかり引きこもりに適応している。無駄に動かぬように脆弱に進化し、すくないエネルギィで動けるように省エネ構造になってしまった。映画や漫画など、虚構の世界に没頭して寂しさを紛らわせてはみるものの、短期的には効果があるが、長期的にはむしろ孤独の深淵さを測るための試金石代わりになってしまって、いかにじぶんが社会と断絶し、あべこべに世界のどこかには虚構の世界にあるような人との交流を、それはたとえば友情や愛情を互いにそそぎあったりする関係を築いている者たちがいるのだと、まざまざと知ることとなる。虚構の世界に逃避すればするほどに、想像の翼は強化された。わたしはじぶんでじぶんの首を絞めながら、さびしい、さびしい、わたしはなんて孤独なんだ、とときおり猛烈に、何かに嫉妬し、(つづきはこちら:
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2867:【瞬久間弐徳の休日】
「今回の犯人は凶器を密室のなかから見事に消し去り、迷宮入りを企んだわけだが、相手がわるかったようだ。私にはすぐに見当がついた」またぞろ先生は事件の概要を聞いて三秒で解決してしまったのだろう。人を殺した犯人に同情はできないけれど、それでも苦労をして練った一世一代の企みがこうも呆気なく暴かれたとなると、ほんのりとした申し訳なさを、まったくの無関係な外野の人間ながらに覚えてしまう。先生の代わりに謝りたい気分だ。呆気なく謎を解いてしまってごめんなさい、と。「密室って今回はどこだったんですか」わたしは繋ぎ穂を添える。先生から事件のあらましを話してくれるなんて滅多にないので、ここで素っ気なくしたら臍を曲げるに決まっているので、幼子をあやすような寛大な心持ちでわたしは、「また館の一室だったんですか」と訊ねる。「いいや、今回はマグロなどを冷凍保存するための保管庫だった」「わかった。凶器は氷だったんですね。それかドライアイス」「犯人もそこまでアホウではない」「間接的にアホウって言われた」「直接的に言ったつもりだったのだが、うまく伝わらなくて残念だ。密室内部はキンキンに冷やされていた。マイナス八十度以下だ。氷やドライアイスはまず熔解しない。倉庫内に遺体以外の物体は視認できなかった。ちょうど掃除の時期だったらしくてね、中身を洗いざらいすべてだして、まったく何もない状態にされていた。そこに遺体だけが残されていた」「鍵はもちろんかかっていたんですよね」「かかっていた。問題は、鍵のかかった時刻がデジタルで記録されていた点にある。その時刻は、死亡推定時刻より一時間も早い。つまり被害者は、(つづきはこちら:
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2868:【心に熔けた鋼を忍ばせて】
組織の長はじぶんの判断に私情を挟むべきではない。個々人を守るために組織を維持補強し、より長くつづく安寧の土台を築く。私情を挟めば大義は失せる。組織を私物化しないためにも私情と組織存続のための判断は切り離して考えるべきだ。同時に、構成員の安全は何よりも優先して守る。規則に反しない限りそれを罰することも、軽んじることもしてはならない。組織を生かすために個を尊重する。個を守るために、組織を維持する。ゆえに、もし個を犠牲にしなければ組織を存続させられないときは、それを潔しとはしないまでも、不承不承その選択を取らざるを得ないのが組織の管理者としての絶対にしてゆいいつの義務だ。ある意味でそれは組織のために他人を切り捨てることと同義だ。本来はあってはならないことである。責められて然るべきであるし、そうした長の判断を批判するのが組織の構成員に与えられた権利でもあるだろう。甘んじて非難される。組織を生かすためには進んで手を汚す。そしてその罪を贖いつづけていくしかない。そうした判断を下さなければならない局面が往々にして長には巡ってくる。ライバンはことし齢五十四になる男だ。彼は反社会的勢力対策の専門組織に属している。公的な機関ではない。民間企業だが、全世界の戦場を渡り歩いた傭兵たちと契約しているれっきとした部隊だ。ふだんは信頼の置ける十人に満たない少人数のみで活動している。どうしても部隊を動かさなければならないほどの大規模な依頼、(つづきはこちら:
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2869:【不倫反省文】
不倫なんてバカみたいって思ってたし、現にいまでも思っているけれど、先に出会っただけのことで人間一人の自由意思を、好意を、束縛できるなんてそっちのほうがおかしいとも考えるようになってしまった。それもこれも多田さんのせいである。多田さんは母の職場の同僚で、母はよく多田ちゃんと呼んで可愛がっていた。職場の全員が全員、互いにチャン付けで呼び合っている奇妙な空間にあって、多田さんだけがみなから本当に真実子ども扱いをされていた。年齢がみなより一回り低いこともあるのだろう。十数年ぶりの大卒社員ということもあってか、みな多田さんの活躍に、というよりもずっとこの職場にいてほしいとの願望が露骨に、甘やかしとなって表出しているように私の目には映った。多田さんはそんな甘やかし攻撃もなんのその、いつまでも謙虚に、慎ましくおり、みなはますます多田さんをチヤホヤした。多田さんは既婚の三十五歳の男性で、新卒採用では全然なかった。私よりも十個も歳が上の彼とは、最初はほとんど接点がなかった。飲み会のたびに母を送り迎えしてくれるので、それとなく家にあげて話をするようになったのは、初めて多田さんと出会ってから半年も経ってからのことで、私はてっきり母は多田さんと浮気をしているのかと思っていた。うちには父親がいないので、(つづきはこちら:
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2870:【必死は向かうよ滾々と】
ミカさんの性格が急激にわるくなって見えて私は気が気ではない。おそらくミカさんのことだからまたぞろ何かしらの本を読んで、或いは映画かもしれないけれど、感化されて、影響されて、何にとは言わないけれど染まり切ってしまったのではないかと私は睨んでいる。「あたし、相手の言動が本気かどうか、真剣かどうか、解っちゃうんだよね」「へえそりゃ便利でいいですね」窓から夕陽が差し込んでいる。部室のなかに舞う埃がキラキラと輝く。「そうでもないよ。相手の底が知れてしまうから、なんだか疲れてしまって」「それはそれはたいへんですね」「ちなみにきみはいま、適当に返事をしているね。そういうの解っちゃうんだからね」「バレてましたか」伝わるように言っていたのだからそうでなくては皮肉を言った甲斐がない。ミカさんはじぶんで言うほど鋭くはないし、むしろようやく人並みに他人の言動の機微を感じ取れるようになったくらいで、いままでが無頓着すぎたのだと私なぞは思ってしまうが、それを当の本人に言ったところで、認めはしないだろう。じぶんだけがこの世の真実を分かっているのだ、と思いあがった人間は往々にして他人を見下し、じぶんの考えを押しつけ、ちょっとじぶんの意にそぐわないことがあると機嫌を損ね、それすら相手のせいにするので、相手をするのが非常に疲れる。なんて思ってしまう私自身がすでにミカさんの悪影響を受けつつあり、こうして不機嫌なのはミカさんのせいだと責任転嫁を図っている。不快なら距離を置けばよいのだ。そうしないのはミカさんのせいではなく私が現状維持を望んでしまっているせいである。「ミカさん、ミカさん。ミカさんが聡明なのは私もよく(つづきはこちら:
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054921748256)
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参照:いくひ誌。【1981~1990】
https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054889222741