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いくひ誌。【2781~2790】

※日々、じぶんだけは悪に染まっていないと思いこんでいる、きれいなつもりで生きている、透明な血だまりを踏み荒らしながら、他人を汚物と見做しながら、他者の傷口に善意を擦りこんで、まとわりつく罪悪感はこそぎ落として、うつくしく立派でありつづける姿を、誇りに、糧に、生きている。


2781:【歪みの夜のモヤ】
兄を越える弟なんかいないと世のマンガや映画では、まるでそれが普遍の定理みたいに並び立てているが、現実じゃあまず兄は弟に抜かれるだけの当て馬でしかない。「ハカセ、こんどは何作ってんだ」「錯視と錯誤のなかに生きてるでしょ、人間ってほら。認知の歪みがあって、事実を事実として認識できない。そのことにすこし興味があって」「相変わらずむつかしいこと考えてんな」未だ十歳にして十コも年上の兄を置いてきぼりにする奇天烈さには、毎度のことながら舌を巻く。認知の歪みどころか会話の難解さにこちらの顔が歪みそうだ。「兄ちゃんはさ、幽霊って信じる?」「信じてるやつなんかいんのかよ」「いないとはでも誰も証明していないのに、いないって信じてるひとはいっぱいいるよね」「それってあれだろ。悪魔の証明」ないことを証明するには宇宙すべてを虱潰しに調べて、この世に一つも存在しないことを証明しなければならない。そんなことは悪魔か神でなければ無理だ。反対に、あることを証明するだけなら一つの証拠を示せばいい。だから基本的に、なにかの証明をしたければ、あることを主張する側が証拠を提示するのが広くマナーとされている。裏から言えば、存在することを前提に調べたり、論理を積みあげたりしたさきで矛盾が発生すれば、それはないことの証明と成り得る。いずれにせよ、ないことの証明はむつかしい。「前にそれをオレに教えてくれたのはハカセ、おまえだろ」「そうなんだけどね。でも案外に幽霊の存在する証拠が目のまえに提示されても、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897992789


2782:【旅の終わりを探し求めて】
うつくしいものを探しに旅に出た。家を出て、街を離れ、海や山や川や谷の、そこにしかない風景を目の当たりにし、ほぉ、と息を吐く。うつくしい、と思う。うつくしいとはこういうことなのだろうな、と思う。刻々と移り変わるさざ波の煌めき、木々のいろどりや、風になびく葉のうねり、岩をくすぐる水の流れる涼しげな音に、陰影の散りばめられた岩肌の荘厳さ、そこに息づく生き物たちの目の端に現れては消えていく儚い蠢きに、命、と漠然とした大きな、自然の、息遣いを思う。だがひと月、半年、一年、二年、三年と同じ場所を順繰りと回っていると、当初に湧いた感動はいつしか薄れており、うつくしいものを目にしたいとの欲求がまた、ごろごろと身体の内部に、塩の結晶のごとく溜まりはじめている。うつくしい景色を探し、秘境という秘境を渡り歩いたが、やはり一定の期間をそこで過ごすと、内に湧いた美の輝きは薄れ、何かじぶんが泥のようなものになった心地に苛まれる。もっと、もっと、と喉が渇いた。歩いた軌跡を筆で辿れば、地図は真っ黒に染まるだろう。もはや探し回る余地が地上にはなかった。天上を見上げる。星空はきれいだが、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898042350


2783:【バイオレンス姉妹】
冷蔵庫を開けたら生首が入っていた。きょうはわたしの誕生日だから、誰かがプレゼントしてくれたのかもしれない。生首は奥を向いていて誰の顔だかわからない。髪の毛が首のところまでしかないので姉ではないはずだ。でも、首を切断するときにいっしょに切れてしまったのかもしれない。髪の毛の色もこんなに茶色くなかったけれど、これも血にまみれているだけだと考えれば、ひょっとしたら姉の首であってもおかしくはない。ウキウキしながら生首に手を伸ばし、掴むと、冷たい割にまだ弾力があった。切りたてほやほやだ。思いながら、ぐいと持ちあげ、冷蔵庫のなかから引き抜く。ボールを回すみたいにぐるりと宙に浮かして回転させる。ぱっ、と掴みなおすと、そこには見知らぬ少女の顔が現れる。片目をつむった状態だ。もういっぽうの目は眠たげに開いたままで、口を半開きのまま死んでいる。いいや、死んだあとでこんなふうになったのかもしれないけれど、期待どおりの顔ではなくてがっかりする。「ハッピーバースディトゥーユー」背後から声をかけられ、振り向くと、パンっと音が鳴った。「お姉ちゃん!」わたしは怒る。「せっかくオニューのお洋服なのに」「ごめんごめん」姉はライフルを床に放り投げると、これでおあいこ、と言って台所から包丁を持ちだし、じぶんの腹を切り裂いた。「もったいない」わたしはすかさず姉の腹からこぼれおちる臓物を手で受け取りに寄り、反対にじぶんの臓物を床にビタビタこぼした。「あらあら」姉はわたしの内臓には目もくれず、せっかく捥いできたのに、とわたしの手から転げ落ちた少女の生首を拾いあげた。「このコ、かわいかったのよ。とっても」わたしより? お腹の奥がムカムカしたけれど、それはどう考えても気のせいだ。「おっきなお穴」姉はわたしの胴体に開いた穴に、少女の生首を押しこんだ。「お姉ちゃん!」わたしは姉からナイフを奪い取り、姉の胸に突きたてる。「あらあら、うふふ」姉はわたしを抱きしめる。来年こそは、とわたしは願う。姉のこのうつくしい顔がほしい。姉の、きれいな顔だけをこの手に。


2784:【首切り密室殺人事件】
「対応いただき感謝いたします。なにぶん我々だけでは荷が重いようで」「まずは状況を聞こう」「ドーム型の部屋で遺体が発見されました。被害者はドームの所有者で、三十四歳の資本家です。立体映像作家としての顔も併せ持っていたようで、ドームはその実験室だったようです」「立体映像を映せるのか」「その予定だったようで、まだ完成してはいないようです。建設に携わっていたのが三名おりまして、重要参考人として事情を訊いています。というのも、ドームに立ち入ったことのある者が、現時点で被害者を抜きにすればその三名しかいないとのことで」「ほかにも侵入者がいたのではないか」「室内への入場者は厳重にデータ管理されていました。遺体の第一発見者もその三名だったそうです。被害者に呼ばれて三名とも前日からドームのとなりにある宿泊施設にいました。朝になっても被害者が姿を現さないのでみなで探していたそうです」「密室というのはどういうことだ」「ええ、問題はそこなんです。ドーム型の空間に入口は一つしかありません。空調ダクトもなく、藻類を練りこんだ壁が呼吸をして、酸欠を防ぐ構造だそうで。現に被害者の死因は首を切断されたことによるショック死です。見識によれば窒息死ではないと。しかし、室内に凶器が見当たらないんです。どうやって誰が首を切断したのかがさっぱりでして」「被害者以外にドームに入った者は?」「記録はありますが、被害者以外に入室した者は、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898123426


2785:【きみは世界を救う愛しいひと】
疲れた顔で妻が、ただいまぁ、とソファに崩れ落ちる。もうやだこのまま寝る、とつぶやくので、温かい濡れタオルを手渡し、それで彼女が顔を拭いているあいだに靴下を脱がす。ついさっき履いたばかりみたいに新品だ。妻はこういうところが抜けている。「汚いよ」「どれどれ」嗅ぐ仕草をすると妻は、やだぁ、と膝を抱えた。足先をゆびでマッサージしているとやがて畳まれた足がゆるみ、伸びてくる。大きなカタツムリ、と思う。「きょうはどうしたの。何かあった?」「特大のクレームをやっつけたよ」「たくさんがんばったんだね。偉いね」「偉いよ。そうだよ。もっと褒めて」こっちの足も、と妻はもういっぽうの足を差しだす。全体的に丸みを帯びた足で、指先のちいささがかわいくて、思わずゆびでつまみたくなる。「くすぐったい」「じゃあこれは?」「きもちい。もっと」足首の付け根を揉みほぐし、そのままふくらはぎをほぐしにかかる。いつの間にか妻は目をつむり、糸のほどけるような寝息を立てている。「お布団で寝たほうがいいよ」抱っこをして運ぼうとするも、妻は駄々っ子のようにソファから動こうとしない。しょうがないな、の溜息を吐く。身体をよこにさせ、うえから毛布をかける。頭にクッションを差しこみ、ソファを即席のベッドにこさえる。「お疲れさま」部屋の電気を消し、じぶんは寝室に引っこむ。妻は隠しごとをしている。枕に頭を埋め、目をつむる。夫のじぶんにも本当の仕事を内緒にしている。世界に湧く怪獣や犯罪組織と日夜、秘密裏に戦闘を繰り広げている正真正銘のスーパーヒーローだ。でもその姿は(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898169209


2786:【扇風機の値札】
クーラーが壊れた。アスファルトで目玉焼きがつくれるほどの真夏日にだ。運がわるい。火にかけたフライパンのうえのアイスみたいに汗だくになりながら、クーラーの修理にかかる値段を調べる。新品を買うのと似たような値段だと判る。ここはおとなしくクーラーではなく代用品として扇風機で我慢しておくのが吉ではないか。来月の給料が入ってからクーラーは新品を購入するのが利口に思える。さっそくネットで扇風機の品定めをする。いまいち風力の違いが判らなくて難儀する。できれば強力なのがよい。それでいてやわらかい風にもできると好ましい。中古なら中古で構わない。来月までしか使わないのだ、わざわざ新品に拘る理由はない。ネットは情報量が多すぎてなかなか目星が定まらず、選ぼうにも選ぶ基準が他人のつけた星の数というのは信用性にいささか欠ける。実物を見て購入すべく外にでたまではよかったが、電化製品販売店にはおおむね新品しか売っておらず、商品棚には最新機種ばかりがずらりと並ぶ。羽のないものが主流で、お値段も割高だ。むかしながらの三枚の羽がぐるぐる回るのでよい。哀愁が感じられて風流ではないか。骨董屋に立ち寄ったのはそうした背景からだ。むわっとしたアスファルトのうえを歩き回りながら(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898218596


2787:【潰れる二秒前】
小指に蟻が這う。尻を浮かし、花壇のふちを見遣ると、蟻が列をなしていた。土のうえに巣の入り口が見える。何かを考えたわけではなかった。気づくと指先で一匹の蟻を圧し潰している。ブロックのざらついた感触がゆびに伝わる。くるくると指とブロックのあいだを転がり、蟻はひしゃげた。片側の足は全滅し、残りの三本がぴくぴくと痙攣している。わるいことをした、と反射的に思った。つまみあげ、手のひらに載せる。命を奪ってしまった罪悪感が湧くが、目のまえを素通りしていく人間と見比べるとそれも薄れた。苦しんでいるのだろうか。蟻はひしゃげたままの姿でしばらくもがきつづけていた。もしこれが人間だったら、と想像する。身体がねじれ、四肢はつぶれ、内臓が破裂し、それでも死にきれずにのたうちまわり、やがて死んでいく姿は、控えめに言ってむごたらしく、可哀そうだ。目にしたくもない。やはりじぶんのしたことは愚かなことだった。蟻に痛覚がないことを祈るよりない。命の尊さを改めて胸に刻む。ただ、手に持ちつづけるのは億劫なので、まさに虫の息のひしゃげた蟻を地面に捨てた。ふとよこを見ると子どもだろうか、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898279812


2788:【風のラムネ道】
ミサコさんはふしぎなひとでよくふらっといなくなった。当時ぼくは十二歳で、となりの家に住むミサコさんとは犬の散歩をする仲だった。犬はうちで飼っている柴犬で、ナータといった。家が隣接しているだけあって、部屋の窓が互いにくっつきそうなほど近く、ときどきミサコさんが窓から話しかけてくることがあった。ミサコさんはカーテンを閉めずに着替えをしたりする。小学生のぼくは、母に頼んで分厚いカーテンを買ってもらって、せっかくの日当たりのよい部屋を真っ暗に染めた。ミサコさんが部屋にいると明かりが灯っているのですぐに判った。寝るときもミサコさんは煌々と光を点けたままにしていたので、じぶんの部屋のカーテンをすこしめくるだけで、部屋にミサコさんがいるのかどうかはすぐに判った。日中もミサコさんはよく部屋にいるようだったけれど、ミサコさんが学生なのか引きこもりなのか、それとも何かしらの仕事をしているのかは謎に包まれていた。「おーい、おーい、ミカゲくん」カーテンの奥から声が聞こえ、ぼくはゲームを中断して窓を開ける。「どうしました」「散歩行こうよ散歩。ナータの」「さっきもう行ってきちゃいました」「どうして誘ってくれないんだよぉ」「だってミサコさん、散歩長いんだもん」「楽しいでしょうよ。行こうよ行こうよ。ナータももっかい行きたいって言ってる」ほら見て、と庭を指差すミサコさんだが、ナータは犬小屋のなかでぼけぇっとしている。「疲れ果てて見えますけどね」「そんなこと言いっこなしだよ。じゃあナータは置いてって、ミサコさんと散歩しよ」「一人で行けばいいじゃないですか」本当は内心うれしかったけれど、同じくらいゲームのつづきをしたかった。「なんでぼくまで」「道連れだよぉ。一人は寂しいよ。だって想像してみて。ミサコさんが(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898320616


2789:【あなたにならいいよ、あなたがいいよ】
ミカさんが殺人鬼になってしまったので、私が匿った。ミカさんは手際よく人を殺す反面、まるで赤ちゃんの食事みたいに盛大に痕跡を残すので、あっという間に最重要指名手配犯になった。世界中のメディアというメディアでミカさんの顔画像が映し出される。連日ミカさんの話題ばかりがのぼるので私は面白くない。ミカさんは白昼堂々でかけていって、また一つ死体を増やす。三日に一度は人を殺して帰ってくる。殺す相手は一人のときもあれば何千人、何万人のこともある。もはや殺戮者だ。さすがの私も、いい加減にしましょうよ、と小言を漏らす。ミカさんは私にじゃれつくと、返事もなしに猫みたいに丸まって寝てしまう。ニュースではまた政治家の一人が死体で見つかった。ほかにも暴力団が壊滅し、どこかの主婦がスカイツリーのてっぺんで首を吊った状態で発見された。見覚えはないけれど、きっとどれも私の身体をこんなにしたあの事件に関わっていたひとたちに違いない。ミカさんを問い質したところで彼女は素知らぬふりをするのだが、私がどんなに悪態を吐いてもミカさんは私を殺したりはしないのだ。私は、私をこんな身体にした連中を恨んでいたけれど、いまになってはうらやましく思う。ミカさんの殺意を独占できるなんて、そんなのはミカさんの人生を手に入れるのと同義だ。いい加減にしましょうよ、と私は言う。あんな連中にかまけていないで、私の胸のなかで猫みたいに丸まって寝ていればいいじゃないですか、と。ミカさんは困った顔をしながら刃こぼれしたナイフを研ぐ。もうすぐ終わるから。言い訳がましくつぶやく割に、その言葉は耳にタコができるくらいに聞いている。人類が全部いなくなっちゃいますよ、と私は背後からミカさんの首にまとわりつく。いなくなればいいんだ。言ったミカさんの首はひどく頼りなく、貧弱な私であってもポッキリと折れてしまえそうだ。試しに首に回した腕にちからを籠めてみる。ミカさんは抵抗をするそぶりを見せずに、そうされたいがためにそうするように、私の腕に頬を押しつける。それでいて、苦しいよ、と片笑むのだ。ずるい、と思う。そんなことをされたらもう、私は、どうすればいいのかが判らなくなる。


2790:【晴れのち、きみ】
むかしは晴れというものがあったらしい。晴れというのはつまり雨がない状態らしいのだが、なかなか想像するのがむつかしい。巨大な屋根があったのだろうか。家の中にいれば雨は降らない。でも晴れというのはどうやらそれとは違っているらしく、もっとずっと広範囲に雨がない状態なのだそうだ。やっぱりいまいち想像がつかない。「まぁた、昔の本読んでる。おもろいのそれ?」幼馴染のアヤが言った。祖父の遺産である書庫に入り浸っているといつもアヤは夜になって覗きにくる。母にでも頼まれているのだろう。かといって夜食の差し入れを持ってきてくれるわけでもなく、いくつか言葉を交わすと、飽きた様子で去っていく。「アヤは晴れって知ってる?」「ハレ? 腕が腫れるとかのハレ?」「そうじゃないみたい。むかしは雨が降ってない状態が一般的で、なかでもとびきり雨が降らない日を、晴れと言ったらしい」「そんなことってある? 屋根でもあったんじゃないの。めっちゃでっかいやつ」同じ発想を浮かべていたので、みな同じことを考えるのだな、と愉快になる。「またバカにして。笑うなし」「そうじゃない。素朴で素晴らしい発想だったからおもしろかったんだ」「はいはい。で、晴れってなに。気になるじゃん、その本に載ってんの」アヤはこちらの手を覗きこむ。「うげ。めっちゃむつそう」「そうでもないよ。単純な解説しか載って(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054898434946


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参照:いくひ誌。【2081~2090】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054890020973

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