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いくひ誌。【2771~2780】

※日々、誤解をしている、誤解だったと気づくことすら誤解であり、ただその積み重ねが日々を築き、自我を養う。


2771:【きみは何も変わらないはずなのに】
友人が売春しているかもしれない、と昔馴染みから相談を受けた。「むかし告白して振られて、そっから友人として長い付き合いだったんだけど」「ふうん。売春って何、そういうお店ってこと?」「どうだろ。たぶんパパ活みたいな、愛人契約みたいな、そんな感じだと思う」「いちおう言っとくけど、二〇二〇年現在、売春は違法だよ。ただ、不特定多数相手じゃなきゃ売春と解釈されないし、膣と陰茎の挿入がなければ法律上は売春と見做されない。あと管理売春が犯罪なんであって、売春そのものに刑事罰則はない。条例でダメなとこはあるだろうけど、それも多くは、売春をする側を罰するためじゃなく、搾取する側を牽制するためのもので。この国の示す方向性としては、売春せざるを得ない経済的弱者は守るべき対象だ」「そんなのはおかしいだろ。売春せざるを得ないってなんだよ、まずはそこんところをしないようにしろって話じゃん」「止めたいの?」「そりゃあまあ」「それはなんで」「なんでって、そりゃあ」口ごもるところを鑑みれば、そこに潜む自己矛盾に気づいているのだろう。いいから言ってみて、とさきを促す。「だって、売春だぞ。男にコビ売って、身体をいいように弄ばれて、穢されて、それで金もらって、そんなんいいわけねぇじゃん」「うん。まずはそこだよね。便宜上、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897517975


2772:【僕を死にいざなった悪霊と】
霊感があってよい思いをした憶えがない。目に映るそれが幽霊か生身の人間かの区別がつかずに、ずいぶんな目に遭ってきた。幽霊よりも人間のほうがよっぽど怖い。社会が怖い。引きこもりになってみたはよかったが、かといって、では幽霊となら仲良くできるのかと言えばそれはのきなみ否であり、引きこもっていても霊媒体質のせいなのかひっきりなしに干渉してくる霊たちを拒む術が僕にはなかった。僕の理性はいよいよおかしくなった。大枚をはたいて購入した琥珀の宝石で、なんとか強力な結界を張ってみたが、解決を見せるどころか、こんどはその結界を物ともしない強力な霊しか寄ってこなくなり、却って体力は消耗した。祓える霊は祓ったが、それすらできない凶悪な霊にとりつかれ、いよいよ僕の精神は限界だった。きょうもまた例の悪霊がやってくる。なんでもインターネット上で(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897533184


2773:【ククラ、無数の手の者】
おそらくククラだろうな、と和尚は言った。小僧は生唾を呑みこむ。そしてあの、俊敏で、身の毛のよだつ影を思い起こすが、そこでふと甘い香りが鼻を掠め、小僧の身体は緊張した。あのときもそうだった。冷たい風が吹いたかと思うと、急に辺りがじめっとし、そうしてこの、甘ったるい香りが辺り一面に立ちこめたのだ。小僧はこの日、和尚の頼みで、隣村までお使いに出ていた。便りを届け、代わりに荷物を受け取ってくる。簡単な仕事だった。行きはよかったが、帰りになると夕立に襲われ、雨宿りをしようと道をすこし外れたのが運の尽き、あれよあれよという間に道に迷い、そして竹藪のなかでそれと出遭った。魅入られた、とそれを言い換えてもよい。小僧は身動きがとれなかった。隣町で受け取った荷物がそれなりにかさばった包みであり、背負っていたため、即座に逃げだせなかったのもむろんあるが、それよりも何よりも、目のまえに勃然と現れた影から漂う、この世のものとは思えぬ空気に気圧された。まるで身体の芯を鷲掴みにされたような圧迫感があった。影は、それほど大きくはない。そのはずだ。距離がある。逃げだせば、荷物をおぶっていようとそうやすやすと追いつかれる距離ではない。ゆえに、姿が明瞭とせず、影に見えている。蓑を身にまとって見えるが、ひょっとすれば全身が毛に覆われているのかもしれない。影は、こちらに気づいているのか、いないのか、さきほどから動かない。じっとその場に佇んでいる。小僧が動けなかったのは、いまにして思えば気づかれたくなかったからだ。足元には竹の葉が分厚く層をなし、どこまでも地表を覆っている。動けば否応なく、足音が鳴る。このまま立ち去ってくれれば、と祈る気持ちで、おそらくはじっとしていたのだ。だが、相手はそこでゆっくりと、ゆっくりと、竹が雪の重みでしなるくらいに静かに、背を丸め、地面に手を付けた。顔だけが満月のごとく微動だにしない。見ているのだ。じぃっとこちらを。甘い香りがいっそう濃くなる。鼓動が高鳴った。危機が迫っていることを本能さながらに知らせてくる。マズイ、マズイ、マズイ。逃げろ、逃げろ、逃げろ。意に反して身体は動かない。怯えている。それもある。だが、ここで動いてしまったらもうあとには引けない、との思いが、足を地面に根付かせている。小僧は瞬きをする。影が一回り大きくなる。もういちど瞬きをすると、また影が大きくなって見えた。全身が総毛立つ。大きくなる? 違う。近づいてきているのだ。一瞬で間合いを詰めている。音もなく。同じ姿勢を保ったままで。目をつむるまい、と思うが、汗が目に入り、風が吹く。ああダメだ。思ったが遅かった。影は、もはや影ではなく、たしかな姿カタチを帯び、そこにあった。蓑ではない。毛ですらない。手だった。無数の手を全身にまとい、顔らしき部位だけがひどく暗く、よどんでいた。肌から生えているのか、それとも人の手を切り落としてまとっているのか。無数の手からは、生きたものの気配は窺えなかった。風が吹く。からから、と竹の葉が乾いた音を立てた。小僧は、まぶたにチカラを籠める。まばたきなどせぬ。畳んではならぬ。思えば思うほど、瞳は空気に晒され、涙が滲み、余計に風の刺激を受けやすくなる。つぎに距離を詰められたらもう逃げられない。小僧は腹をくくった。(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897584275


2774:【レディ、シ、GO】
発端は顔認証でした。定番のホラーであったと思います。何もない場所にカメラを向けたところ、顔認証がそこに誰かの顔があるものとして作動してしまった、といった話が。つくり話なのは百も承知だったんです。しかし、じっさいに同じことがじぶんの身に起きてしまうと、正常に理性を働かせることができませんでした。新しい端末にじぶんの顔を登録しようとしていたんです。よもやじぶん以外の、それも虚空を登録されてしまうとは思いません。焦りました。ロックが解除できなくなったんです。困りました。なにせ、そのときの端末に入っていたデータは、エネルギィ問題をはじめとする人類の隘路をことごとく払拭可能なほどの汎用性と演算能力を兼ね備えた最新AI【レディ】のデータだったのですから。バックアップはありませんでした。超極秘機密データでしたから。ロックを解除するには、暗証番号と静脈認証、そしてぼくの顔認証の三つが必要でした。最初の二つは問題なく解除可能だったんですが、顔認証ばかりは再登録しようにも、登録された顔がないのではどうしようもありません。当初は顔認証システムのバグだと思いました。でも調べてみると、原理的にそれがあり得ないことが判明して。じゃああのとき、そこに登録されるべき顔があったのか、ということになって。部屋は厳重に監視されていましたから、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897637952


2775:【異釣り師】
初めて異釣りに連れて行かれた日、目のまえで異魚に父を食われた。簡単な仕事だと聞かされていた。おまえもいずれはオレの跡を継ぐんだぞ、と将来を勝手に決められたことに腹を立て、その日は父と口を利かなかった。言うことを聞かずに、反抗したあたしは、異釣りでけっして外してはいけない仮面を外してしまい、そのせいで異魚があたし目がけて飛んできた。父は、そんなあたしを身を挺して庇い、そして上半身だけをきれいに食べられて死んだ。異魚は、人間を喰らう。だから父のような異釣り師たちが、夜な夜な波紋の広がりはじめた区域に出向き、そこに近々浮上してくるだろう異魚を、前以って釣りあげておく。雪崩対策のようなものだ。雪崩の起きそうな場所に爆薬を仕掛け、大規模な崩落が起きる前に、小規模な雪崩を起こしておく。「異魚なんて滅ぼしちゃえばいいんだ」ことし八歳になった息子がフォークを振りあげて言った。スパゲティのミートソースが飛び散り、おとなしく食べてね、とお願いしながらテーブルを拭く。「毒とか撒いて、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897688559


2776:【折れた牙を刀に】
刀諒(とうりょう)談一(だんいつ)は焦っていた。天下無双の名を欲しいがままにしてきた自他共に認める剣豪のじぶんがいま、己が腰ほどにも満たない童(わらべ)に追い込まれている。驕り高ぶりがなかったとは言わない。しかし油断をしたつもりはなかった。常日頃、どれほど見た目がみすぼらしかろうと、貧弱に見えようと、それが刀を交わす相手であるならば手を抜いたことはなかった。刀のまえではみな平等だ。死をまえにすれば等しく無力であるように、刀と刀の先端を突き合あわせれば、そこにあるのは相手の命を奪うことへの同意であり、死闘の幕開けだ。油断をすれば死ぬ。一撃必殺が理想ではあるが、なかなかそうもいかぬ。振りかぶる刀数が嵩めば嵩むほどに、死の濃厚な香りが鼻を掠める。先刻、童の一刀を受け、五本のゆびを失った。右手は中指から小指の三本、左手は、食指と中指の二本だ。刀を構えているだけで精いっぱいだ。もしつぎの一撃を躱されれば、あとはただ無防備なさまで首を斬られるのを待つだけだ。逃亡する気力も湧かない。どうしてこうなったのだろう、とチリチリと発火する焦りのなかで(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897737751


2777:【諺かなんかですか?】
千日間をかけて念入りに練った計画が失敗に終わった。予想が裏切られた。海水で溶解するはずだったのだ。平野に穴を掘り、海水を灌漑して、目標をそこへ誘導する。沈めば目標はシオシオと萎み再起不能になると専門家たちが率先して作戦を立てたが、結果は見ての通りだ。超大型蛞蝓(なめくじ)は健在だ。海水を吸い取り、余計に膨張する始末だ。「ダメかぁ」世界中から落胆の声が聞こえるようだ。超大型蛞蝓が突如としてこの国の山脈に現れたのは五年前のことだ。当初は、自動車ほどの大きさだったが、木々をモリモリ食し、山脈を丸裸にするころには、ドームほどの巨体にまで育った。そこからさらに街を飲みこむほどの大きさになるまでに費やした時間は、初めて個体が観測されてから一年も経たぬ間のできごとであった。いまのところ産卵の予兆がないことがゆいいつの僥倖と言えた。あとはすべて最悪だ。都市は壊滅し、土壌は汚染され、川が毒と化し、海も荒れた。畜産業、農業はおろか、漁業、果ては工業にも多大なる損失が計上された。超大型蛞蝓は三日周期で休眠と活動を繰りかえす。移動の跡には、大量の粘液を残し、一から七日かけて腐敗するために、深刻な環境破壊が引き起きている。各国の専門家たちが侃々諤々の議論を重ね、ようやく統一的な見解がだされたころには、超大型蛞蝓は、地球上のおおよそ七割もの生態系を崩していた。絶滅した動植物は九割にのぼる。かろうじて雨による自浄作用が働くことで、人類は大幅な人口の減少を食い止めていられた。養殖や空中農園などの新技術によって衣食住を維持しているが、それもあと二十年が限度だとの見解で専門家たちのあいだではおおむね合致している。度重なるシミュレーションによって、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897784028


2778:【木漏れ日はニコニコと】
仕事帰りに公園でぼぅっとする。ことしに入ってから気づくとこうしている。日課と言ってもよいかもしれない。世界的に深刻な自然災害が長期化し、社会の有様も変化しなきゃいけない、といった否応のない流れを肌身に感じている反面、所属している会社の風習は一向に変わる気配が窺えず、世界がこんなにたいへんなときですら、ふだんどおりに出勤し、働き、そのくせ悪化していく経済の影響だけは順調に受けているうえ、ことしのボーナスの減給は免れない。いったい何が楽しくてこんな日々を送っているのか。いっそ会社を辞めてしまいたかったが、辞めるだけの蓄えがない。失業保険をあてにして、まずは退職してしまうのも一つの道だが、そこまでの踏ん切りはつかなかった。ベンチに腰掛け、漫然と揺れる木々を眺める。だいたい一時間くらいはこうしてただ風の流れや、雲のとろみのある変遷、影の移ろい、鳥の弾丸のような飛行とそれに当たったら痛いだろうな、という至極どうでもいい妄想をつれづれと浮かべながら、徐々に冷えていく日向から、夕闇の気配を感じる。肌寒いと思ったのを契機に席を立ち、家路につく。なんでもない時間だ。だが、その時間だけが、救いに思えた。彼女の姿が気になりはじめたのは、公園に寄るのが日課になってからひと月は経ったころだ。週に三回ほど、同じ時間帯に、幼児を連れて散歩をしている女性を見掛けた。これまでにも通っていたのだろう。同一人物だとかってにこちらが記憶しているだけだ。同じように、犬の散歩を日課にしているだろう人たちにも、いっぽうてきに顔馴染みのような親近感を覚えていた。とくに気に留めてはいなかったが、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897840126


2779:【失恋捏造記】
空馬(くうば)雨季雄(うきお)が転校生としてナツミのクラスにやってきたのは残暑の厳しい夏休み明けのことだった。中学校生活もあと半年という段になってからの転校生で、誰もが微妙な時期にきたものだ、とどこか当惑気味に迎え入れていた。空馬雨季雄は、ナツミの知る限り、しばらくのあいだはクラスに、いいや学年全体に馴染めずにいた。時期がわるい、とナツミですら思った。もっとはやく、せめて三年生になった時期にきていれば、みなも学友として最後の一年間を共にすごし、思い出を分かち合おうとしていたに違いない。だが異物たる転校生を身内と見做すには機が熟しすぎていた。思い出をこれからいっしょに築いていこう、同じ仲間として、同窓生として、最後の学校生活を味わい尽くそう、と思えるほどには、みなの精神に余裕はなかった。ただでさえ受験が迫り、みな内心、進路への不安でピリピリしている。友人と慰め合い、ときに励まし合い、或いは下らないおしゃべりをして現実逃避をし合うなかで、何を言えば怒り、それとも笑うのかの線引きすら曖昧な転校生という存在は、異物以上の何物でもなかった。空馬雨季雄は孤立していた。ナツミの目からしても(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897889936


2780:【青い花の妖精】
葉も茎も、花弁ですら青いそれをぼくは、ファイサと呼ぶ。品種の名前ではなく、ぼくが彼女のためにつけた固有名詞だ。隕石だったのだと思う。ある日の夜、星空を駆ける閃光を見た。閃光は地上に落ちた。近場の公園のほうが仄かに明るくなり、音もなく光は消えた。気になったので光の落ちただろう場所を見に行くと、グラウンドに淡い光が転がっていた。暗闇にランプが一つ灯っているような光景、或いは誰かが懐中電灯を落としていった背景を考えたが、結果としてそれを持ち帰ったぼくは、ファイサと出会うこととなる。「あのときのことを思いだすよ。光る種みたいなものを植えたら本当に、この世のものとは思えない植物が生えてきたんだから。植物なのかいまでも曖昧だけど」「しゃべる植物がほかにもあるのですか」 わたしのような存在がいるのですか、とファイサは首を傾げる。「いないよ。ぼくの知る限り植物はしゃべらないし、(つづきはこちら:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054897945380


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参照:いくひ誌。【701~710】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054883963362

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