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いくひ誌。【761~770】

※日々無駄に費やした時間を埋めようと躍起になっては燃え尽きて、灰から土へと蘇えり、種を得て、根と葉と茎を経由して、ようやく咲いた花を火種に、遅れた日々を取りもどす、ジタバタもがく日々は無駄に費えていく。


761:「プライド」
いくひしは自己肯定感が著しく低いと認識されるいっぽうで、プライド高いよな、なんて言われもして、どっちやねん、どっちかにせーよ、なんて言いたくなるときがまれにあるわけですが、そのまれにの内訳としましては、おおむねそう言われるシチュエーションにならないところが六割、人とまず話さない、が四割となっております。いくひしはべつに曲がったことが大嫌いというわけではないですし、いくひしそのものがどちらかと言えば曲がっているというか、曲がってなかったらなんなんだ、みたいな感じも否定しきれず存在しておりまして、ようするに、いくひしはもうこれ以上曲がりたくないから曲がるようなことさせないで、となるわけよ。わかる? もっと言えば、自己肯定感が薄い割になんでそんな態度でかいの、みたいに言われることもまれにあり、その内訳としてましては、どれほど落ちぶれようがわしはわしじゃ、という確信がありもうして、それはもう百パーセントの確信でありまして、ひんまがったいくひしの性根に触れることでそれがやや歪曲されて自信に変わって伝わってしまうのかな、と思わないわけではないよ。でもねコレ、自信ちゃうねん。落ちたところに落ちた人間にとっちゃいまさらどこに落ちようが変わらんべ、みたいな諦めですからね。おまえらに嫌われようが好かれようが、たいして差がないなら余計な気を回すのもわずらわしいんじゃ、の諦めですからね。もうね、性根が腐ってる。腐りきってほどよい腐葉土になっちゃってる。プライドなんて名の土もあるとこにゃーあるようだけど、いくひしさんのフヨウドにゃ勝てないね。あなたのなかに埋もれた種をふんわり包みこんでは育む養分がたくさんさ、ミミズだってオケラだってカブトムシの幼虫だってはびこるさ、腐葉土だもの、不要な存在のいくひしだもの、ときには毒素も必要さ、腐った言の葉でできた土くれだけれど、物語という種に吸われよう。吸われ、しぼられ、やせほそり、それにて存在の意義をまっとうできる、生きていると言い張れる、生きてていいのだとそう言える。プライドなんかいらないよ、だっていくひし、腐葉土だから。不要な土くれ、鞭を振れ。バシバシ叩いて鍛える無知のいくひしだからこそできること、暗い井戸の底でも芽生える種はきっとある。根は巡り、私とあなたを繋ぐ糸となり、私たちから芽生える葉が茂る。色褪せ、落ちた葉が腐り、そうして土がよみがえる。実をならすのはみなの役目と諦めて、「私」はしがない腐葉土となろう。


762:【いいかよく聞け】
たまにはちゃんと息抜きせーよ。


763:【脳内麻薬】
おそらく人間がもっとも脳内麻薬を分泌できる瞬間は、他人を蹂躙し、それをして大勢に称賛されるときだろう。ヒーローは人間の根源的願望であり、悪の集大成である。(他人を傷つけずに誰かを守ることができたならば、それは本当の意味でのヒーローであろう、むろん自分が傷つくことで誰かを悲しませてはいけないのは言を俟たない)


764:【無料配布期間】
キンドル電子書籍の無料配布キャンペーンは一冊につき五日間利用できます。いくひしの作品は、新作の「陰の薄いあのコの影になれたなら」以外はすべてキャンペーンを実施済みです。90日経つと無料配布キャンペーンがまたできるようになります。10月18日からまた毎日なにかしらを無料配布していきたいと思います。いくひしのつむいだ物語をお読みいただきありがとうございます。ご購入くださっている方もたいへんうれしいです(やったー、ってなるよ、ほんとだよ)。よりおもしろく、ほかでは味わえない、ここだけのしろものを生きているあいだにより多くつくっていけるように、日々自堕落に、より自由に生きていこうと思います(思うだけならそれこそ自由だ)


765:【技と才能】
スポーツにかぎっての話になるが、高難易度の技を本番で成功させるためには、事前にそれを成功させた経験のあることが前提になる。アドレナリンのちからを借り、本番一発勝負をしかける者もいるが、技の難易度が高くなればなるほど成功率は下がる傾向にある。練習で八割成功できても、本番での成功率は四割をきるだろう(なぜなら技だけでなく、本番ではそこに流れが加わるからである。単発で再現可能でも、流れからだと成功率はぐっと下がる)。よって、練習で成功率十割になってようやく本番での成功率が六割以上になると考えてよい。難易度の高い技ほど、事前の熟練度が必要となる。また、確率から言えば、小説などの創作物のほうが、再現度は低いだろう。スポーツよりも芸術活動のほうがより偶然のたまものを評価する傾向にある。偶然を任意の方向へ高い確率で誘発させる術を持っていること、芸術においてそれこそが才能と呼ばれるものなのだろう。


766:【すーごーいー】
アニメ「少女終末旅行」のPVを観たんだ。すごいぞ。脳内音声そのまま。ちーちゃんもユーちゃんも、いくひしの頭のなかでそんなふうにしゃべってた、そんな声してた。すーごーいー。


767:【へいへい】
未だに世の中の情勢を右か左かで測り、物事の判断基準にしているおとながすくなくない。二元論はシンプルだが、そろそろシンプルなだけでは世のなかを分析しきれないのだ、ということを認めてもよいのではないだろうか。科学の世界ではオッカムの剃刀なんてものが重視されているが、よりシンプルなほうがよいという考え方は、少々粗暴にすぎるのではないか。シンプルなほどよい、というのは、人間にとって扱いやすい、という意味でしかない。真理とはまたべつものであろう。


768:【編み物】
物語はつぎの段階に進まねばならない。ハッキリ言って、これまでの物語構造は時代に即していない。現在、社会に顕在化しているさまざまな問題の根本的な因子のひとつに、これまで普遍とされてきた物語構造の弊害があると感じている。白か黒か、善か悪か、何が解決で、何を問題とするのか。エンターテインメントだから、という免罪符はもはや逃げ口上以外のなにものでもない。複雑化せよ、と主張しているのではない。複雑なものに目を向け、紐解いていこう、と言っているのだ。シンプルなことが尊ばれるのは、複雑なものから法則を導いていき、成分として分解していく、その工程がうつくしいからにほかならない。シンプルだからうつくしいのではない。自然は、宇宙は、けっしてシンプルにできてはいない。シンプルな原理が積みかさなり、折りかさなり、からみあって、世界を、複雑に編みこんでいる。層が違えば、視える風景も違ってくる。多重の目を持とう。


769:【分散文芸】
何かを極めるためには、常に百パーセントのちからを引きだせるようにするのではなく、零から百までのすべての段階で高レベルの出力機構を備えるほうに尽力するほうが方向性としては合っているように思う。零から百までのあいだに、引きだしをつくるようなものだ。百だけに引きだしがあってもそれは極めたことにはならない。またすべてに引きだしをつくって、そこで終わっても意味がない。一つの引きだしには、ガラクタから宝石まで、それこそその階層での零から百を揃えなくてはならない。百×百で、一万通りの引きだしの中身を揃え、そこからさらに、引きだし同士を結び、引きだしの中身の組み合わせを試していく。極めるとは、そういうことだとイメージしている。これはいくひしの経験則なので、間違っているかもしれない。参考にしないほうがよいだろう。


770:【あたまにモヤ】
あたまのなかがモヤがかってるのがさいきんのいくひしのトレンドというか「モヤ取れんぞ」なのですが、これはうつ病の症状のひとつらしくて、はぁーそういうこともあんのねーと謎の万能感さえなければ病院に直行しているいくひしさんですが、ここ半年の考え事のたいはんは「時間と情報」の関係性です。で、まずは時間とはなんぞや、というところを、いまの科学的見地の解釈を調べようと思って、それっぽい本を乱読しているのだけれども、はぁー、わからん。むつかしいことをよくもまぁ、むかしの暇人どもは考えなすった、と唸ってばかりで、理解のほどはさっぱりね。そりゃーもう、あまりにむつくかしくって、あたまのなかにモヤがかかりますわ、ムカつきすぎてモヤがかりますわ、イチャモンだってふっかけますわ、あ、原因ハッキリしちゃった、すっきりだわーなんつって、あたまのモヤが晴れちゃった。時間と情報の関係性はさっぱりムチムチなままだけれども、すっきりするのはよいことだ。便秘気味のお腹のほうもぜひともスッキリしてほしいぞ。秋の夜長は無駄に悩んでいけねーや。こういうときはココアを飲んでホットひと息つくのがよろしいぞ。思って飲んだら、あまりの熱さに、あたまのなかがモクモクだ。そこはホクホクしときなさいよ、モヤはもういいよ、火の用心マッチ一本火事の元ってそれはボヤだろってな具合に、なにかこれといって並べてみせることのないぱっとしない日々は、やっぱりどこかモヤがかっているのだなぁ。閃きを投影するには体のよい煙幕だ。途切れぬようにしていこう。


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参照:いくひ誌。【131~140】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054881568980

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