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いくひ誌。【351~360】

※ひし形と正方形のちがいを挙げよと言われて、視点? と首をかしげてしまうぼくにはけっきょく、線も面も、立体のなかにころがったペットボトルの蓋のようなもので、温泉を知らぬ幼子のバスルームの広さに思いを馳せるのはむつかしい。


351:【復讐】
自爆を伴なう復讐ほどばからしいものはない。ひとはそれをテロリズムと呼ぶ。しかしなにも、政治的、組織的なものばかりではなく、テロリズムは個人のなか、何気ない生活のなかにも潜んでいる。じぶんが傷つくことで傷つく者がある。ゆえにじぶんを傷つける。じぶんをじぶんの手で損なうことで、じぶんを蔑ろにしてきた者たちに、その代償を払わせようとする。いじめられた子どもが遺書という名の告発文を残し死んでしまうのも、テロリズムの一種だと呼べるし、なかなか認められない者が、いっそのこと死ぬまで認められないように振る舞い、死後、認められることで、生前じぶんを認めなかった者たち――そのときは明るい道を歩いていた者たちに愚者のレッテルを貼り、地の底へと引きずりこむのに似た執着もまた卑近なテロリズムと呼べる。復讐は惨めで、浅ましい。しかし、有効ではあるのだ。


352:【固執】
インナーマザー。ここ、テストにでます。


353:【いくひし、ダダっ子になる】
「どうしたの、立ちどまって。何かあった?」「もうやだ、やーなーの!」「なにがヤなの。ちゃんと解るように言って」「もうぜったい新人賞とかコンテストとか、そういうのに応募してやんない。いくひし、時代に埋もれたさいのうとして生きてくもん」「またそんなこと言って。なんどめ? いいかげん聞き飽きちゃった」「いいの。こんどは本気なんだから」「いったい何の影響を受けたの。毎回すぐに感化されちゃうんだから。聞いてあげるから言ってごらん」「言ったってどうせわかんないよ」「聞いてみなきゃ分からないでしょ、ほら言って」「んー」「唇すぼめて肩揺すってもダメ」「うふふ」「ほら、教えて」「えっとねぇ、コレ」「どれどれ。なになにぃ?」『時代はしかしやがて風化し、超古代遺跡として私はいつか世界に出土する』「ふうん。だれの言葉?」「わかんないけど」「またかってにちぎってきたわけだ? 図書館の本から」「ち、ちがうもん」「ほんとにぃ?」「たぶん」「あやしい」「いいの! とにかくいくひし、もう新人賞とかそういうのにがんばんない。ぜんぶじぶんのためにすることにしたもん」「そうやっていじけて。いっつもそれで失敗してきたでしょうに」「いいの! いくひしのこと無視したコたちのことなんて知らないもん。道づれにしてやる!」「いいのかなぁ、それで。きみだけだよ、損するの。ほかのみーんな、きみのことなんて気づいてもいないんだから」「やぁだぁ、みじめなのヤダ」「ふふ、かっこわるいね。もうすこしだけがんばってみたら? おんなじ惨めでも、そっちのほうがかっこいいと思うよ」「まどわさないで!」「そ? じゃあかってにしたら」「うわーん! うわーん!」「あーうるさい。じゃあね、行っちゃうよ」「まって、やだ、おいてかないで!」「やれやれ。あたしがいないと何もできないんだから」「だって、だって」「泣かないの。ほら、しゃんとして。あたしはだれ。あなたのなに?」「ぐすん、ぐすん」「言ってごらん。ほら、ちゃんと顔見て」「ん」「言ってごらん。あたしはだれ。あなたのなに?」「ゆめ、じんせい、じょうねつ、しつぼう、ざせつ……わかんないよ、いっぱいあるもん、なまえ、いっぱいありすぎてわかんない」「ふふ。よく言えたね。花丸あげちゃう。そうだよ。あたしはあなたの夢であり、人生であり、情熱であり、そして何よりあなたにとっての絶望そのもの。ほんとうなら、あなたにとってはいないほうがよいもの」「でも……」「そう。あなたはあたしにいなくなってほしくない。あなたには、あたしが必要なのね」「いなくならない?」「さあ」「ずっといて」「どうしよっかなぁ」「いじわるしないで!」「いじわるしてるのはあなたでしょ。あたしはもっとまえを行きたいのに、あなたがそうして地べたに大の字になって海でもなしに手足をバタつかせてるから、あたしはいつまで経ってもまえに進めない。未来を進めない。気づいているかな? あなたがあたしを失望と呼び、挫折と呼ぶとき、あなたのほうが地面に転がって、あなたのほうからあたしに見下ろされるようにしている。ねえ。ちゃんと立って。あたしのあとを追いかけて。あなたがあたしを夢や情熱と呼ぶとき、あたしはいつだってあなたの道しるべとなるべくまえにいるでしょ。足止めしないで。いじわるしないで。あたしはもう、あなたを待ったりしないから。付いてこられないなら置いてくだけだよ」「うわーん! うわーん!」「まだ泣いてる。あきれた。バイバイ。もう行くね」「やーだーーー!!!!! まって!まって!まってぇーーー!!!」「ばいばーい」「うわーん! うわーん!!!」「すっげぇ声量。なあ、おい。そんなとこでなにやってんだおまえ」「う、うわーん?」「よお。で、なにしてんだ」「み、見た……?」「何を? おまえの痴態なら丸見えだが?」「……カァ///」「泥だらけじゃねぇか。なに? オケラのマネ?」「そ、そう……」「なわけあるか。オケラがンな喚いてたまるか。なんだ、食べたかったお菓子でも買ってもらえなかったか」「そ、そうなの」「否定しないところを鑑みるに、それよりひどい理由で駄々コネてたのかおまえ。相変わらずのドン引きっぷりだな」「あのね、あのね」「んだよ」「なにも訊かずに見なかったことにして?」「言われないでもイマスグ忘れてぇよ、知り合いが地ベタに大の字になって海でもなしに手足バタつかせてる姿なんて」「みじめ!」「わかってんならしゃんとしろ。すくなくともおまえはあたしの――」「ゴクリ」「べつになんでもねぇなぁ、よく考えてみたら」「もっとよくかんがえて!」「まあ、カゼだけひかねぇようにしろな。あと、暗くなったら帰れな。うるせーから」「もうなんかいろいろとザツ! ちゃんと心配して! なにがあったのか訊いて!」「ヤだよめんどくせぇ」「すなお!」「そもそもさっき自分で何も訊くなっつったろうが」「ことばの綾というものをごぞんじでおられますか?」「いつにも増してうっとぉしぃなおめぇ。きょうはあたし、機嫌がわるいんだ。愚痴こぼしてぇならほか当たってくれ」「あたる他人がいるならそうしてるよ!」「八つ当たりかよ」「そうだよ!」「ったくしょうがねぇな。飯奢れ。したら聞いてやる」「おまかせを」「で、何があった。どうしたいんだおまえ」「え、ホントにいいの? 長いよ? 日本海溝並に深い悩みだよ?」「そんかしたらふく食うからな。覚悟しとけよ」「おまかせを」「どうせおまえのことだから、才能が認められなくってかなしーよー、とかそんなレベルの話だろ。くっだらねぇ」「ち、ちげぇわい」「じゃあなんだよ。言ってみろよ」「それは、だから、えっとぉ」「ニヤニヤ」「あ、そうだ。このあいだ美味しいコーラだしてくれるお店みつけたんだ、そこ案内したげる、こっちだよ、こっち」「ニヤニヤニヤ」「あ、あはは、あはははー」「遠いのか、そこは」「歩いていける距離ではあるよ」「ふうん。ならそれまでよく考えておけよな。地ベタに大の字になって海でもなしに手足バタつかせちゃうくらいのふっかーいお悩みってやつを」「うぅ……わかった」「そこは誤魔化せよ」「おまかせを」「会計は?」「タダですよ?」「実はな」「なにさ」「あたしな、さいきんおまえのこと心の中ではこう呼んでる」「がっくりしとく準備しとくね?」「めんどくせーときは飲み代タダっ子ってな」「あ、笑う準備のほうがよかった? ごめんね?」「そこは流せよ」「おまかせを」


354:【ちゃうねん】
悪意とかちゃうねん。なにゆうてんねん。無償の奉仕やで。いくひしは見たこともおうたこともないあんたにむけてぴよぴよ物語こさいどるんやで。ただただおもろかったなぁ、思うてほしくて、ただただ、生きとってよかったなぁ、まだ生きとってもいいんだなぁ、思うてほしい、ただそれだけなんよ。悪意なんてないよ。ほんまのほんまよ。いっしょにあすを生きぬいてこ? 持ちこたえるんや。うまい具合に息抜きもせいよ。そんでうまいこといかんことあったら、息抜きのせいにせいよ。そんためにいくひしの物語を読んどったらええねん。あんなもん読んでもうたからこうなったんや、ゆうて、ぜんぶいくひしのせいにしとったらええねん。だいじょうぶ。いくひし、それでもうれしいねん。ほんまやで。うれしいねんからな。ありがとうな。おおきに。


355:【無テキ】
いまならなんでもできそうな気がする。なにもする気がおきないだけで。


356:【大言壮語】
物語を切り貼りするだけで食べていける時代は過去の栄光を引きずり、その余韻をかすみのように貪る存在に成り下がった。しかし時代は時代として残りつづける。次世代なるつぎの時代に造作もなく踏みつぶされるまでは。作家が作家としてのみ食べていける時代もそう長くはつづかない。しかしだからといってそれが作家でありつづけない理由にはならない。食べていけないからなんだ? 稼げないからなんだ? 評価されないから? 受賞しないから? そんなもののために作品をこさえてきたのか貴様は。時代よ。勘違いするな。おれはおまえに付き合うつもりなどさらさらない。付いてこれなきゃ置いてくだけだ。


357:【お菓子】
ぷぷぷ。置いてかれてるのはじぶんじゃんね。おっかしー。置いてかれてるだけならまだしも、老いてるじゃん、枯れてるじゃん。オムツ穿いたほうがよくない? オツム換えたほうがよくない? ぷぷぷ。おっかしー。


358:【解説】
たとえばブランコに乗ってより高く、遠くまで飛ぶとき、ひとはたくさんブランコを漕ぎますでしょ。前後に大きく揺れ、高低差をつけ、なんだったらグルグル回っちゃってもよいのでしょ。飛距離を伸ばすには、この高低差、振幅の深さが重要なのでしょ。それはそれとして、そのためには、じぶんへの肯定感、心服が欠かせなくなってきますでしょ。同時に、奮い立たせたそれらを完膚なきまでに叩きのめすまでの現実を直視する第三の目も必要でありますから、それゆえに、わたくしめは、文字に興すべきではない戯言の数々をこうしてお目汚しを覚悟で、世界に刻んでいるのでございましょ。ただ一点、どうしても見逃せない隘路がございまして。じつはわたくしめ、高いところが苦手でございまして、いくら勢いをつけ、お月さまに届きそうなほどに高く舞いあがったところで、鎖を握る手をどうしても離せないのでございましょ。勢いをつければつけるほどに恐怖心は増し、だったら端からブランコなどに乗らずに自力でジャンプしたほうがよほど飛距離はでるのでしょ。本末転倒な真似をするのがひどく上手なわたくしめなのでございましょ。


359:【本質】
心底どうでもいい。何かあるたびにまずこの感情が浮きあがる。


360:【前段階】
何かあるたび、の何かがこちらを向く前段階では、「へえ、たいへんそ」さんと「あは、ウケる」くんがやってきて、向こう岸でせいだいに焚火を催します。

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