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いくひ誌。【301~310】

※日々は日増しに干からびて、黄色いカビが生えだすよ、道はむかしに繋がりて、ひとり旅がはじまるよ。


301:【新作紹介、近日公開】
ねえ、一年って365日なんだって。知ってた? 一日が365回もあるってことだよ、一年すげぇな。すげぇ豪勢じゃん。「あのー、いちにちを一年でくださーい」つって365個入りの一日をご購入したくなるくらいの盛りだくさん具合、あるよね。お土産とかにもらっちゃったらうれしい反面、ちょっと手に余る感じある。一年、長いよ、ホント、まじで、ながかったぁ……。いやいや、もうなんか、長いってかあっという間だった。何もしてなさすぎて。チマチマ進めてきた新作、ようやくひとつ終わったよ。その名も「血」――ひねりなさすぎてどうかしちゃったよ、タイトルひねる余力もなくなっちゃったよ、燃え尽きたよ、真っ白だよ、灰色だよ、どっちだよ、もういっそあいだを取って白銀にでもしちゃっていいかなぁー?くらいの一面雪景色だよ。いっさいが白紙。なにもない。まばゆいまでの虚無。なんか血って感じしない? 血は赤いけれど、でもなぜだか虚無を連想する。黒よりも虚無って感じする、なんでじゃろ? 母体のなかを思いだすからかなぁなんて、物思いにふけりながら、いくひしにも赤ちゃんのころがあったのかぁ、そりゃあるわなぁ、うそみてぇ――みたいなね。何かが生まれてくる前はつねに赤いなにかにくるまれて、満たされて、沈んでいるのかなぁ、なんて思わないわけではない。あらゆる事象は赤い色から生まれてきて、そして赤い色に沈んでいく。絶望だってきっと赤いよ、断言するよ、血の色してる。海辺で夕陽を眺めて感傷にひたる青春やろうどもにゃわからんだろうけれども、人生、積み重ねてきた努力が一夜にして無に帰して、ほんといっさいがっさいが手の内からこぼれおちていく絶望は、みなが思うよりもじつはずっと清々しい。なんでもない日差しの、なんでもない交差点の、うすぎたないトラックの排気ガスが妙にキラキラ輝いて見えちゃったりする。血の色なんて皆無なそのキラキラの裏側には、かつてないほどの赤い赤いなにかが色濃く忍び寄っている。暗い話なんかじゃないよ。さきにも言ったろ? あらゆるものごとは、赤く沈んだところから生まれてくるんだって。絶望に沈んでから生まれてくる何かは、ある。何度でだって言ってやる。あるんだよ。血。新作のタイトルだけど、ホラーじゃないし、ミステリィでも、サスペンスでも、SFでも、ファンタジィでも、現代ドラマでもない。ラブストーリィ? 愛をラブと呼ぶならそうと認めてやってもいいが、恋をラブと呼ぶならこっちから願いさげだばかやろー。ちょいとわるぶってみたくなったのは、そりゃ血が騒ぐからにほかならず、空焚きしちゃったくらいに血が沸き立つのだから仕方がない。不死身の男は憂鬱に生き、命の恩人を殺したい男は女を追い、血を売る女は少女と出会い、彼女たちは運と命をなげうっていく。作為(神)を蹴散らせ、悪意(期待)を黙らせ、筋書き(運命)なんて切り刻め。虚構でだって人は自由に生きられる。縛られるくらいなら縛りつけろ。それでも世界は強大だ。抗う彼女たちに抗った、郁菱万の最新作。血。気軽にご輸血ねがいたい。


302:【強姦罪】
2017年1月22日げんざいのニュースで、強姦罪が、強制性交等罪と名称を変えることが伝えられている。性差を問わずに、強姦罪が適用できるようになる。拙作「暗黒舞踏団~囮と知りつつ愛をとり~」の改稿をさっそく予定する。


303:【癒しってだいじじゃん?】
さいきんは樫木裕人さんの漫画「ハクメイとミチコ1~5巻」を読んで癒されている。少女終末旅行と似たなごみがある。いい。


304:【現場の苦労】
お客さんにとって現場の在り方や努力なんて関係ない。よい質のものをできるだけ安価に、安全に手に入れられればそれでよい。そのために必要な工夫をしてこなかったいままでの在り方をバカにされて怒るのは筋違いだ。購入するまでどんな中身なのかが判らないいままでの流通システムのほうが時代に即していないとイチ読者としては感じるし、より必要としてくれているひとたちに自作が届いてほしいと願う者としてはやはりそう思う。バカにされたことに怒るのはよいが(筋違いであるにせよ、怒る権利は誰にだってある、しかし)、どちらがよりお客さんのことを考えているのかは一考以上の余地がある。


305:【もっとも】
急激な変化は、どんなに良い結果をのちのちに生みだすのだとしても、その渦中に巻き込まれ、淘汰されていく者たちからすれば悪でしかない。なるべく穏やかな変遷が望ましい。段階を踏む、と言い換えてもよい。


306:【いまの流れ】
三方よしの考え方はこれからさきも変わらない。しかしなにを以ってよしとするのか、その材料は変わってくる。資本に加わりこれからは、他者からの承認が良し悪しの天秤に置かれるようになる。より多くの人々による、より地位の高い人々からの、永続的な評価が、金と同等の価値を持つようになる。すでになっているという見方は甘い。株と同じように、バブルとしてその価値をこれからさらに奔騰させていく。だがそれも長くはもたない。なぜならそこには信用が欠けているからだ。評価は、ちいさなコミュニティが発生するごとに誕生する独自の貨幣のようなものだ。そのコミュニティの内部にいるあいだは貨幣として機能するが、しかし一歩そとに出ればただの名札に成り代わる。宗教のようなものと言えば端的だ。信者たちにとって階位はぜったいのものだが、外部の者にとってはなんら効果を発揮しない。信用と評価は異なる。いいね、の数が価値を高めるが、そこに信用は根付かない。バブルのように膨れるだけ膨れ、あるとき弾けて消え失せる。しかし確固たる信用を評価に付与できれば、それは難攻不落の牙城として機能する。いいね、の意味が個人から離れ、未来にとって、になるとき、評価に信用が根を張りだす。価値の膨れる過程で生じた金の流れに身を委ねるのもいいだろう。だが、十年後、二十年後の経済の動向を見据えるならば、魚群のあとを追うのではなく、その海の生態系を豊かにする方向へ尽力したほうがより高い成果を期待できる。いけすのなかで魚たちを養殖するのもよいだろう。だが外的要因により全滅してしまう危険は常につきまとう。そうなったとき、新たな魚群は海から仕入れることになる。やはりというべきか、海の豊かさを優先したほうがけっかとして得をする。


307:【腹筋が割れ系女子】
なんかさいきん、オネェ系男子とか、腹筋割れ系女子とか、そういう異性のフェチ要素を含んだキャラが需要を拡大しているように観測される。これはなぜなのか。たんじゅんに考えれば、男女間での恋愛ネタが尽きたから、とまとめることは可能だ。マンネリ化からの逸脱を、レアキャラとの恋愛に見出していると分析できる。しかし本質はむしろ、サブカルのなかでのマンネリ化だけにとどまらず、世間一般にある恋愛行為の難易度が極端に下がったことによる、恋愛の相対価値の低下にあるのではないかと分析するしだいである。じっさいに恋愛をしようとしてできるか否かは関係がない。ただ、恋愛をしようとすれば容易にその相手をみつくろい、結ばれることが可能だとする風潮がいまのネット社会のなかで確実に肥大化していっているように感じる。ゆえに、恋愛をただするだけでは満足できない。そこにウキウキやワクワクが見いだせなくなっている。いつでも飲めるココアにありがたみを感じる人間はすくない。なかなか飲めない地域限定ココアのほうが価値は相対的にあがっていく。美少女と恋愛をするよりも、男だけど美少女よりもかわいいコとの恋愛のほうが希少だし、ふつうの美少女よりも、男よりも体力があって女好きで孤独な美少女のほうが魅力が高い。そしてこれは恋愛という属性そのもののマンネリ化をもたらし、友情や家族愛といった、より普遍的な結びつきを尊ぶ方向へとこれからはより顕著に傾いていくだろう。どうでもいいことだが、マンネリ化は、マン・ネリカという女の子の名前っぽくてなんだかすこしかわいくてすき。


308:【宇宙は彼女の爪の垢】
セックスしたいのにしたくないとか、殺してみたいのに殺しちゃダメとか、お金なんてほしくないのに働かなきゃいけないとか、物が溢れているのに盗っちゃダメとか、好きじゃないのに恋はしたいとか、ルールをつくったやつが誰よりいちばんズルっこだとか、男だとか、女だとか、人間だとか、種族だとか、命も規律も秩序も崩壊も、なにもかもがわけわからん。ぜんぶデコピンひとつで飛ばしたい。それだけおおきなゆびが僕にもあれば。


309:【未来を見据える】
百年後を見据えて仕事をしている人間と仕事をしたい。人類の未来を、そして人類とは何かを、世界とは何かを問いつづける人間の近くにいたい。きっとそういうひとは、足元の砂利の、そこに潜むだろう細菌に思いを馳せ、脳内麻薬を分泌できる人間だ。


310:【理解と未知と疑問】
理解を得ることで、理解できないことを知る。そこでなぜと考え、広がりを得た領域が、想像と呼ばれる。理解が種で、未知が土で、疑問が水となり光となりふりそそぎ、想像という名の枝葉を伸ばす。そこから実をならすには、またべつの要素がいる。

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