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いくひ誌。【231~240】

※日々の行いの積み重ねがあすのじぶんをつくるよりも、日々の作業の繰り返しが過去のじぶんを破壊していく、よくもわるくも、軌跡が泡のように消えていく。


231:【 !! )。←うさぎ】
Daoko - お姉ちゃん DIS (SUNNOVA REMIX)


232:【欠点】
物語の多重構造にはむろん欠点がある。いいところばかりを言ってきたが(言ってきたか?)、そろそろわるい点もはっきりさせておく頃合いだろう。多重構造は複数の物語を錯綜させる。いくつかの異なった物語を編みこむことでその輪郭を立体的に浮きあがらせるわけだが、ゆえに、通常の物語には不要な、過剰なまでの物語の圧縮作業が必要となってくる。言ってしまえば、読者への負担が大きい。圧縮された物語は、読者というツールを介し、解凍される。しかし解凍が困難な場合もむろん起こり得る。そのため、細部を構成する物語が解凍されずとも、全体としての物語が損なわれない仕組みにしなくてはならない――全体を貫く大きな物語は、読者に解凍されずともおのずから姿を現わす構造にしなくてはならないのだ。編みこんだ糸がほつれても、最終的に全体としての図柄が伝わればそれでいい。圧縮されるいくつかの物語は、図柄を浮かびあがらせるための色彩であればよい。視点を変えれば、多重構造において、本質的に描かれる物語は、物語としてのカタチを帯びていない。毛糸の集合が、色の違いによって図柄を浮びあがらせるように、点の集合が印刷物を絵として成り立たせているのと同じ規模で、物語そのものが、そこに歴然と描かれる必要はないのである。物としてあるのではなく、巨大な行間を介して、立体的に浮かびあがる。多重構造において、もっとも重要な根幹をなす物語は、文字の羅列にはなく、その間隙、裏側、読者の脳裡にのみ投影、構築される。すなわち、もっとも描きたい物語は、まったく描かれていないのである。解凍どころか、物語の構築を、創造を読者に期待する。多重構造の肝は、見逃しがたい欠点として同じ場所に涼しい顔をして鎮座している。作者は物語の神あらず。多重構造においては、読者こそ神である。神にそぐわない者は、読者になれないのである。まったくどうしてどうかしている。こんな物語が流行るわけがない。


233:【流行るわけがない】
多重構造は複数の異なった物語を複合させてつくる。見逃せないのは、粗悪品を材料として用いても成立してしまう点だ。上質な物語をお使いいただかなくともけっかとして上質な作品に仕上がることがある。ただし極めて稀であることをここに打ち明けておく。傾向として、素材からして上質なものが好ましい。この点は料理と同じである。ではなにがちがうのか。差異は素材と完成品との関係性にある。料理の場合、たとえ素材がたがえていようとつくり方さえ同じであるならば、できあがった品は任意の料理として認められる。反して多重構造はたったひとつの素材が異なっているだけで、できあがる作品はまったくといっていいほど別物に仕上がる。カレーの素材に何を入れてもそれはおおむねカレーと呼べるなにかしらだが、桃太郎とシンデレラと西遊記、うち一つでも赤ずきんちゃんと入れ替わったら、或いはそこに新たに加わりでもしたら、できあがる作品は大きく変わる。端的に別世界と呼べよう。また、多重構造の物語は、各々、圧縮される物語を単品で取りだしても作品として優れているものでなければならない。物語として成立するだけでは不足だ。優れた物語を圧縮することに意味がある。王道と言い換えてもいい。すでにある王道を圧縮し、組み合わせることで、多重構造の物語は、つぎの時代の物語として、読まれるに値する強度を得て、昇華され得る。ただしここで一つ問題がでてくる。優れた物語を圧縮するには、王道の物語が必要なわけだが、では王道の物語はどうやって調達してくればよいのか。調達しようもない。じぶんでつくるより、これもまた、ないのである。可能であれば、複数取り揃えていただきたい。でき得るかぎり異なった色のものを。繰り返すが、異なったジャンルの王道をつむぎ、圧縮したうえで素材とする。圧縮するには、それそのものをひとつの作品としてつくりあげるだけの力量がなくてはならず、すなわちこれがもっとも厄介な隘路と呼べる。多重構造の物語をつむぐには、ふつうの、王道の、よくある、できた物語を造作もなくつくれなくてはならないのだ。尋常ではない鍛練が欠かせなくなってくる。一筋縄ではいかない。が、長編に挑む時間も惜しい。そこで出番となってくるのが短編である。王道の物語を圧縮したカタチで、短編をつむぐ。よく一般に言われる短編のつくり方として、物語の断片を切り取るとよいとする風潮があるが、ここではそれを潔く禁ずる。圧縮である。長編をぎうぎうと押し固め、よくまとめ、美味しいところだけをぎゅぎゅっと搾りとる。そうして王道を圧縮した短編をいくつもつくる。さきにも述べたように、可能なかぎり様々なジャンルの王道を手掛けてほしい。すると、多重構造に必要な素材、そしてそれらを組み合わせるための地力が蓄えられていく。そう、磨かれるものでも、鍛えられるものでもない。こればかりは、地道に蓄えていかねばならない。最初から持ち併せてはいない。ゆえに、ひとつひとつ、ゼロから取り揃えていかねばならないのだ。気の遠くなるような気もしてくるが、さいわいなことに、王道の物語は、王道であるがゆえに、類型されている。お手本がたくさんある。そこはすこしばかりの楽をしてもよい。むしろしよう。するがよい。素材を自力で、自在に、調達できるようになったらあとはもうそれら素材を、任意の物語をかたどるように繋ぎ合わせていくだけである。これがいちばん楽しい作業だ。おのおの、編集能力のいかんが問われる。ぞんぶんに腕を振るまわれるがよろしかろう。さて、本題だ。多重構造の欠点である。いくつかの王道を素材とし、物語をかたどる。カオス理論を持ちだすまでもなく、そこから産まれる物語は、無類である。ゆえに、比較対象がない。同じようなものがない時点で、比べようがない。基本的に、世に広くジャンルと認められるためには、類型的な作品が必要である。ひとつふたつではない。より多く、波がごとくとめどない点数が入り用だ。だが多重構造の物語は、世に一品しかないものができあがる。そのためのシステムだと言い換えてもいい。この世にただひとつだけの、唯一無二の物語――ゆえに、ジャンルを持たず、がために、ブームを起こさない。否、起こしたくとも起こせないのである。なぜなら、仲間がおらず、孤独な世界を常と約束されているからである。まさしくこれこそが多重構造の物語の、究極的な欠点であると呼べる。ゆいいつ無二であるがために、絶望的なまでの孤独な道を余儀なくされる。称賛も、批判も、ない。ただただ、読者によって呼び起こされる幻相があるばかりだ。ただでさえ虚構でありながら、そこから生じるものもまたおぼろげなゆめまぼろしなのである。救いがない。掬いようが、ない。まったくどうして無意味である。が、世にはびこる無数の意味に疲れ果てたあなたには、もってこいの品であることをここにゆびきりげんマン、ハリセンボン、ノーマン・スウとはいったい誰なの? 宵闇に訊ねてみても返事はない。マナーもない。或いは、マナーがないことがただひとつのマナーであると呼べるかもわからない。ぞんぶんに味わられるがよろしかろう。遠慮はいらぬ、お召しあがりになりやがれ。こんな横暴な態度では流行るわけがないのだね。


234:【零度】
恋をしたい。ずっとそう思ってきた。でもほんとうはそうじゃなかった。わたしはたぶん、誰かをこの手で利用したい。手のひらで転がして、手玉にして、悦に浸りたい。奴隷がほしいようで、そうではない。いっぽうてきに利用したい。そのために慕われたいし、好かれたい。でもわたしはそんな相手を好いたりしない――罪悪感は持ちたくないから。おもちゃみたいに扱いたいけど、そんな人間にはなりたくない。こんなんだから誰かを好きになんてなれっこない。好きじゃないものに興味はない。だから手元に何も残らない。恋をしたい。でもほんとうは、なによりあなたを好きになりたかった。心の底から罪悪感を抱きたい。あなたをこの手で利用したい。


235:【百度】
ぬくもりがほしいわけじゃなくてさ。いつだってそれを与えてくれる魔法の小人がごしょもうで。じっさいにそれを与えてくれたらもうダメで、なぜって願いはだって三回までって決まってるじゃん。一回でも使ったら、あとはもう、減るいっぽうになっちゃうじゃん。万全のたいせいで、満杯のぬくもりで、あたしのそばにいてほしくてさ。おねだりはするよ。でも、それをあたしに与えないでね。あなたは魔法の小人でね。いつまでも魔法に満ちていて。


236:【重度】
わかんないよ。でもなんか安心するの。あなたといると、すごく安心する。たとえば私がいつも見下ろしてばかりで誰とも目線を合わせられずにいて、口ばかりの称揚に飽き飽きしていたとして、それでもあなたはいっしょうけんめいに私と目線を揃えようとじっと見上げてくれるでしょ。あごをくいと掲げて、しなくてもいい背伸びまでして。ぷるぷる震えるその足の痺れが全身にまで伝っても、まだ私のことをじっと見上げている。私はそんなあなたから目を逸らす。でもあなたの視線は途切れない。私の頬に、髪に、耳の裏のほうにまで、ジリジリまとわりついている。安心するの。それがたまらなく私をからっぽな世界に繋ぎとめてくれている。何もない世界は、足場もないから、縄でもないとスルスル落ちてしまうから。でもほんとうは、あなたは私を見上げていて、私たちを繋いでいる縄は、糸は、ほんとうは私のほうから垂らしている。必死に食らいついているのはあなたのほう。私はいつまでもあなたがここへ昇ってこられないように、揺さぶったり、引っ張ったり、いじわるをしてあげる。それでもあなたは私を求め、糸を伝う。虫けらじみたその姿が、たまらなく私を固めてくれるの。私を私として固めてくれる。私には、あなたという器が必要なのね。中身のない、スカスカの、ハリボテじみた器がね。


237:【節度】
ウチみたいのがいいのかなって、どうしてウチなのかなって、思ってるよいつだって、ウチ、見捨てられちゃうんじゃないかってこわい思いしてる。こわいはずなのになんでだろう、気づくといつもよこに並んでる。あなたがそれを許してくれるから、そこはべつにウチの特等席ってわけじゃない。わかってる。とくべつに、そういうふうに、扱ってもらってるだけだって。気まぐれみたいなものだよね。気まぐれにノラに餌を放り投げるみたいに、餌をあげたら満足で、きっとノラのほうも、それ以上のことは期待してない。でもなんでだろう。ウチはまたおなじ場所に餌が落ちていないかって、そうやっていつもあなたのよこに並んでしまう。あなたがそれを拒まないから。ウチみたいのがいいのかなって、どうしてウチなのかなって、思ってるよいつだって、見捨てられちゃうじゃないかってこわい思いしてる。ウチにはあなたしかいないけど、あなたにはたくさんのシモベたちがいて。シモベたちに囲われているときには見向きもしないで、ウチの入りこむ隙間なんてないんだ。だのに暗がりにまみれた道のところ、独り歩いているあなたはなんだか、闇を振りまく蛍光灯で、眩しいのに寒くって、消したところで明かりが灯る。闇の点いたあなたを知るのはウチだけで、夜目のきくウチだから、暗がりにいてもだいじょうぶ。あなたを見失ったりはしないから。ほんとうに? そうやって、だからいっそう闇を振りまくんだね。いいよ。もっと試して。どこにいたって見つけてあげる。ウチのとりえはそれだけだから。もっと黒く塗りつぶして。


238:【限度】
どうだっていいよ。関係ないじゃん。アタシとあんたは別人だし、それぞれ好きなことだって嫌いなことだってちがう。話せば毎回衝突するし、至極しょうもないことで張り合うし。まあね。たしかに仲はわるくはないよ。特別いいとも思わないけど。彼氏ができた? ふうんいいんじゃない。はやく結婚したいとか言ってたし。だから関係ないんだって。どうでもいいっての。あんたが誰と好きあおうが、どこに引っ越そうが、そんなのアタシにゃ関係ないんだって。どうしてって、あー、なんで泣くんだよ。だってそうだろ。いまさらどうなるってんだよ。なにが変わるってんだよ。どこにいようと、どうなろうと、アタシはアタシだよ――おまえのずっと味方だよ。おまえの生き方なんざどうだっていいよ。アタシにゃ関係ないんだよ。


239:【感度】
ずるいと思う。ひどいと思う。どうしてあなただけいい思いしてワタシばっか岩のしたのわらじ虫みたいにジタバタもがかなきゃならないの。いいよねあなたは。なにもしなくたってみんなからチヤホヤされて誘われて、ちょっとみんなに愛想よくするだけでみんなのほうから花束みたいな好意を束で寄越してくれるんだから。どうせ悩みなんてないんでしょ。くっだらない悩みしかないんでしょ。誰にでもいい顔して、微笑んで、困ってるひとに手を差し伸べるのは当たり前のことで、どうしてそうしないのかなぁ、なんてそれをしたくともできない人間以下を眺めては、蔑みもせずに、すこしばかりの心を痛めるのでしょ。なんの躊躇もなく善意を振りまけるのでしょ。そうだよね、ぜったいに報われるんだもの。戸惑う必要なんてないじゃんね。でもね、ワタシはちがう。落ちた消しゴムを拾ってあげるのだって命がけだよ。ワタシなんかに触れられたら気分を害するんじゃないかっていつだってビクビクしてる。ワタシなんかに助けられたなんて、そっちのほうが汚名じゃないかって、めいわくなんじゃないかって、そんなふうに考えちゃうよ。うれしいわけないじゃんか。報われるわけなんかないじゃんか。礼儀としてのお礼を言われたって、でもあのひとたちみんな、顔ひきつってるじゃん。あなたはいいよ。そうやってなんでもかでも持てはやされて、チヤホヤされて、あなたが笑えばみんなもうれしい。でもね、ワタシはちがう。あなたとはちがう。なのにあなたはそんなワタシにさえ無邪気に笑顔を向けるでしょ。死ねばいいのに。ずるいよ、ひどいよ、どうしてそんな仕打ちするの。どうして岩を持ちあげて、陽射しで日陰を焼き尽くすような真似するの。焼き尽くされてなお死ねないワタシは、知っちゃったじゃない。陽射しのあたたかさを、そのまばゆいまでのふくよかさを。ずるいと思う。ひどいと思う。めちゃくちゃにしてやりたい。みんなのあなたを、ワタシはこの手でズタズタにしたい。あなたには、そうされるだけの罪がある。ワタシはこころの底からそう思う。あなたはワタシで穢れるべき。ワタシと同じところに落ちるべき。でも、けっきょくあなたは穢れない。ワタシでは、あなたに染みすらつくれない。


240:【湿度】
ほしくなっちゃったんだ。最終的にはね。さいしょはでも、ただいっしょにいたら楽しいだけだった。いつからかな。きっかけは、そう、おまえがアニメなんかにハマって、私とはべつの分野に興味津々になったときだ。私との時間よりもおまえ、アニメを観るほうを優先したろ。それだけならまだしもアニメ繋がりで知り合ったほかの連中とつるむようになった。悔しかったからな。嫉妬しないようにがんばった。無駄だったけどな。けっきょく胸に閊えて消えない気持ちをなんとか見抜かれないように、素っ気なさを醸すしかなかった。なに怒ってるのっつって、おまえはよく機嫌を損ねた。こっちのほうがよっぽど腹立たしいってのに、おまえときたら全開で被害者面だもんな。あれにはまいったよ。いっそ愛想を尽かしてくれりゃあよかったものを、それでもおまえは私を見限らなかった。感謝してるよ。どうもね。でも、それだけじゃ足りないんだ。足りなくなってしまった。今はもう、ただいっしょの時間を共有できるだけじゃダメなんだ。嫌なんだ、おまえが私の知らないことで埋もれていくのが。ホント、もう、耐えらんない。もっとほしい。時間も、経験も、これからの可能性だって、ぜんぶ私にくれないか。私はもう、ずいぶん前からおまえにすべてを投げ捨ててるぜ。ふざけちゃないさ。いや、こんなのふざけながらじゃなきゃ言えないよ。でも本気なんだ。おまえのぜんぶ、私に根こそぎ奪わせて。こわい? ごめんね。でも、そういう顔も、ぜんぶ好き。

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