身体各部は発生してきた、実感がある。しかし、取り出しかたが分からない。姑獲鳥のようだ。手違いがあれば、バラバラだろうし、待ちすぎれば、母体に成り代わるだろう。
「謎の男トマ』である。
これが先行するモデルとしてあり、かつそれを下敷きとすることを明言しつつ、愚鈍に書き写していく過程での肉体の抵抗(Ω)が、生じさせる書き損じにのみ、可能性を見出していくしかないという今、取り出すべき作品の全体像はただ「トマ」としてあるのみであり、しかもそれは「トマ」とは似ても似つかないのであろうことを、半ば望みながら、読み、かつ、書いていくしかない。
「頭、ならびに腹」だ。いやむしろ「腹、それから頭」というべきだ。アウトロの語り手は、でんぐり帰りの途中のような姿勢で、ほとんど頭足動物のごとき構造の三脚にとてもよく似ているのだし、頭の仕事は腹の仕事にとうてい及ばないサーモスタットでしかないのだから。
上になった腹は顔に近く、しかもガードレールですっぱりと割腹されてでろりと腸が、顔の上にどさりと落ちている状況下で語られるのが、「物語」であろうはずはなく、「未来」であるはずはなく、「未来」たただ、北のミサイル誤射の着弾するまでの現実でしかない、という山奥で、菩提樹で首をくくった、言葉を発しない男との、果てることのない対話こそが、アウトロでなければならなかった。
取り出す頃合だろうか。では、湯を沸かそう。