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いいかげんタイトル決めるべきですが、とりあえず第12エピソード

「ああ……」

 お義父さんは無残に踏まれた絵を手に持ち、呆然と立ちすくんでいた。
 肩を落とし、切なさをいっぱい背負った背中が、夕暮れのオレンジ色に照らされている。
 そんなお義父さんになんと声をかけていいものか……

「お、お父さん、どんまい!」

 つむぎさんが唐突に声をかける。
 が、火垂さんはうつむいたままだ。

「お、お義父さん、どんまい!」

 僕も一応声をかけてみる。
 それでもお義父さんはまだ悲しみを背中に背負ったままだ。

「いいんだよ、慰めてくれなくても……余計にみじめになるじゃないか……どうせ私の絵なんてへたくそなのさ、ハハ分かっていたのに」

 お義父さんは絞り出すようにそういうと、クルリと背中を向けて目元をごしごしとぬぐっている。
 ああ、なんかすごくかわいそうなことをした気になってくる。
 対抗意識なんて燃やさずに、ただただ褒めてあげていれば良かったのかも。

「そんなことないわよっ!」

 バンと扉を開け放っておよねさんが戻ってきた。
 うん。僕の家なんだからノックとか呼び鈴くらいあってもよさそうだけど、そんなことを言わせない迫力があった。

「え?」

 お義父さんがそっとおよねさんにふりかえる。

「たしかに上手じゃないわ」
(けっこうはっきり言うな)

「それに技術もまだまだ」
(さりげなく追撃の手をゆるめないな)

「でもその絵にはあなたの気持ちが込められているはずっ!」
(ちょっと良いこと言ってきたな)

「その絵に込められた気持ちこそが大事なんじゃなくて?」
(お義父さん、感動して泣き出しちゃったよ)

「およねさん、でしたね。あなたの言葉で私は再び絵筆をとることができそうです。そうでした。この絵を描いているとき、私は娘とアキラ君の幸せを願い、それを感じながら描いていたのです。いつの間にか芸術という言葉にとらわれて、絵そのものにある大事な本質を見失っていたみたいです……」

「そう、そうよ! お父さん、ヘタウマだけど、これはたぶんすごくいい絵だわ!」
(つむぎさん、微妙にフォローになってないよ)

 それからお義父さんは僕にもチラッと視線を寄越してくる。
 なにか褒めてくれ、という無言の圧力を感じる。

「その、なんて言っていいか、僕もまた大事なことに気づいた気がしなくもなくもないです」
(いや、ちょっと遠回し過ぎて意味不明だなコレ)

 だがその言葉はお義父さんを励ましたようだ。
 ササッと涙を拭きとり、最後にはにっこりと笑った。

「ありがとう、芸術家たるもの、自分の理想を追求するのがなにより大事なことだよな」

「ところでアキラさん、あなたの絵、この絵と交換してくれないかしら?」

 そういっておよねさんはA4サイズほどの一枚のカンバスを机に置いた。
 そこに描かれていたのはおかっぱ頭に丸メガネの人物と彼にじゃれつく猫だった。
 確かにボクの描いた絵と似ているがこれは全くの別物だった。
 まぎれもないプロの芸術家による、まっとうな絵画だった。

「ええっ? コレっ! まさか!」
 驚きのあまり声が出てしまう。

「あきらさん、有名な絵なの?」

 つむぎさんの問いに答えたのはおよねさんだ。 

「そうらしいんだけど、あたしもよく知らないの。レオナルド熊だったかしら? なんかそんな名前の人よ。あたしも昔は羽振りがよくてね、ネコちゃん描いた絵を片っ端から集めてたのよ、ホホホ」

(いやいやいや、違うって! 熊じゃないって、藤田、レオナール藤田だって!)

「ところで、この絵と交換じゃだめかしら?」

 いやもう、言葉が出ない。
 ダメに決まってる。いったいいくらの値が付くのか想像もつかない!
 そりゃ貧乏だけど、これはまずいって!

 な の に

「ふむ。アキラ君の描いた絵ほどではないが、これもまたなかなかよさそうじゃないか、交換してあげなさい、アキラ君」

 ハ、ハハ。たぶんお義父さん、この絵の価値気づいていない!
 それでよく芸術家を名乗ってるな! と首を絞めたくなるけど、僕はいまだ驚きで声が出せないでいた。

「どうかしら、つむぎさん? あたしこの絵がとっても気に入っちゃったのよ」
「そういうことでしたら、ね、アキラさん」

 つむぎさんにジッと見つめられてはうなずくことしかできなかった。

「これで商談成立ね! この絵どこに飾ろうかしら!」

 およねさんは実に嬉しそうに僕の描いた絵を抱きしめた。
 もちろん絵具がつかないように、ではあるけど。

「マダムおよね、よかったら私の絵も付けますよ、私の気持ちのこもったこの絵をね」
「ああ、そっちはいいの」

 最後にお義父さんが恭しく付け足したが、およねさんはさっさと部屋を後にしていた。

 再び夕暮れが、お義父さんの背中をスポットライトのごとく照らす。
 僕もつむぎさんも、なんと声をかけていいか分からなかった。

「どんまい、どんまい」

 その声は、ちょっと出番がなくなっていた平九郎爺さんだった。

13件のコメント

  • およねさん、カッコいい!

    そして平九郎爺さん、出番があってよかったです。
  • レオナール藤田!!
    つぐはるさんだよねとググったら、洗礼名なんですね! 知らなかったですレオナール。

    そして、そんな国の重文っぽい作品を……ヒョイっと出してくる、およねさん恐るべし……大物のかほりがします✨あ、いつかきっと画伯さんも、大物は大物ですよね!! なんか御神威は宿ってるはず!?
  • 棚からぼたもちですね。
    これで少しは生活が楽になるのかな?
  • なんとレオナール藤田画伯。
    確かにおかっぱ頭に丸メガネにじゃれつく猫ちゃんですね。
    およねさん、いいんですか?
    あきらさんの絵と交換しても!
    お義父さんの絵はきっぱり断ってるし!
    ほんと、およねさん、いきなり登場するところからサッサと去っていくところまでカッコイイですね。
    あらら、今度は平九郎爺さん登場ですか?!
    うふふ、どうなることやら……。
  • あまりの嬉しさに物語にのめり込み過ぎて、作品のおよねさんと88よねを同一と勘違いしていた間抜けな88よね。
    ハッと我に返りこの勘違いから抜け出し、しっかりと登場人物を見てみたら、なんとこのおよねさんのずうずうしさ、思いやりのなさ、あっけらかんとしたおバカぶり、常識のなさに参った参った。

    何ですか折角の作品をフリスビーにし、お義父さんの渾身の作品を踏んづけて平気でいるなんて・・
    ノックもなしでズカズカと入って来るは、昔は羽振りが良かっただなんて(あ、ここは88よねもよくいう台詞でイヤラシイ😅)偉っらそーに! 

    それに何ぃ、レオナルド熊? バッカじゃない? レオタード熊とちゃうのん?  そう、履いてますよ・安心して、ってちゃうやろ。 

    えっ?レオナルド・ダゾ・ピンチ? 
    全然はなしが違って遠ーいとこへ行ってるって? 話を戻そう。

    あらやだ、めんごめんご。88よねったら、お隣のおよねさんの非常識ぶりに、黙っちゃいられなくって・・  はいお口チャック!!
    ぁ~ぁ・・聞いた話なんだけどネ、およねさんて贋作収集家らしいわよ。気ぃつけなはれや~みんな・・ハイ分かってますお口チャックね

    あ~また関川さんの作品で遊んじゃって、バチが当たりそう。
    バッチが当たる? どんなバッチ。ステキなのをお願い!

    平九郎さん、もしかしてその「どんまい、どんまい」は「鈍米・鈍米」と書く?・・・まだ言うか、いい加減にせんかい! はい🙇🙇

  • つむぎさん、こんばんは!
    およねさんといい、平九郎さんといい、もちろんつむぎさんも、周りにいいモデルがいて助かりました(笑)
    もちろん本人の描写ではないことを一応付け足しておきます。
  • 汐凪さん、こんばんは!
    私はレオナールの呼び方の方を先に知りました。分からんもんですね。
    たぶん高い値段だろうなと思いますが、いくらになるのかさっぱりわかりません。
    ちなみにお義父さんの絵は、どちらかというと残念な方の設定になってます(笑)
  • 雪世さん、こんばんは!
    この絵、たぶん心理的に売れないだろうな、と(笑)
    少なくともしばらくは部屋に飾って眺めることになるのではないだろうかと。
    あと、大金を手にした時点で物語がエンディングを迎えかねないのでね(笑)
  • この美のこさん、こんばんは!
    およねさん、なかなかさっぱりとした切符のいいキャラクターです。
    美術に詳しくなくとも、審美眼がある、というのは魅力的ですね。
  • 88ちゃん、こんばんは。

    ○○○

    「ああ、そっちはいいいの……」



    「はい、カットぉ! いいよ、88ちゃん、良い画が取れた!」
    「関川監督、ほんとですか?」
    「ああ、もうバッチグーよ。ちょっと冷たくする感じがよく出てたよ。次もこの調子で頑張ってね!」
    「ハイ! 監督の言う通りにこれからも頑張りますっ!」
    「お、うれしいこと言ってくれるね。よし、じゃあ、今の感じを忘れずに通しでもう一回行ってみようか!」
    「え? もう一度ですか? 何回目ですか?」
    「うーん、五回目かな。でもやるたびに良くなってるよ。今回は最後の「い」が一回多かったからね、次はそこに気をやってみようね!」


  • ↑ 知られざるメイキングシーンでした
  • 監督、すばらしいご指導ありがとうございます。
    これからも頑張ります。一笑、いえ、一生ついていきます。
    どんどんしごいて下さいませ。
    良い作品になる為には、たとえ端役のタワクシであっても、何でもやります。何でも? いえ、目で御煎餅を噛めと言われたら・・それはちょっと・・ あ、このくすぐりは志ん朝師匠の落語からでしてスミマセン。
    ざっけんなよ! ですよ、ねえぇぇ。

    監督っ、この作品、もしかしたらバカデミ、じゃなかったアカデミー賞に蚤ねえとすんじゃね? PC変換ミスで、ノミネートです。
    そうですか、それは嬉しい。頑張ります。名バイプレーヤーを目刺します。えっ、あ、はい、目指します。
    バイプレーヤーではなく、「ガヤ」だよ~んって?
    ガヤ? にぎやかしのこと? タワクシはあやかしに近いですが・・
    でも何でも嬉しい88です。8はパーの意味であります。
    88すなわちパッパラパーで。
    もぉう何言ってんだか分かりません。
    はい、お口チャックですよね。 チャァーック!!

    ***毎度のことで恐縮です。🙇
    また関川さまの作品で遊んでしまいました。
    今回は監督がかまってくださったから調子に乗って・・
    こんなことしてたんじゃ、折角の関川さんの作品ですのに読者離れの恐れが・・ 
    苦情がきておりませんか。大事な役どころの平九郎さんが、この作品から降板するぞとおっしゃってはいませんか。心配です。
  • 私の近況ノートは昔から無法地帯ですのでご心配なく(笑)
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