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タイトル未定継続 コメディーのためのストーリーな第9エピソード

「ところで……ムッシュ・アキラ」

 もやし焼きを食べ終えると、義父の火垂(ほたる)さんがにこやかに話しかけてきた。

「tu(キミ)、お金に困ってるんじゃないのか?」

 さすが貧乏神さんのお父さんだ。いろいろとお見通しらしい。
 ボクは正直にコクリとうなづいた。

「Oui(やっぱり)! 我が家でも『もやし焼き』はSOSのサインみたいなものでね。ピンときたよ、もうおかずを買うお金もないってね」

 なるほど。

「どれ、ここは父親として一肌脱ぐとしよう。それにtoi(キミたち)の結婚祝いもまだだったしな」
「え? そんなお気を使わなくても……」
「なに、これでも芸術家の端くれ。ボロは着てても心は小錦ってね」

 それはお相撲さんでは……とは思ったが、海外生活が長いとそんなものなのかもしれない。
 少なくとも、お義父さんにはそんな雰囲気があった。

 そういってなにやらカバンを開け、小さなカンバスと筆と油絵具をとりだした。

「そうだな……」

 お父さんは指先でフレームを作り、部屋の中をあちこち見まわす。
 おそらく窓からの光線の具合とかレイアウトとか、そんな感じを見ているのだろうか?
 それからフレームを僕と貧乏神さんに合わせ、うんうんとうなづいた。

「よし、窓際にソファーに移動させて」

「はい」
 二人して窓際にソファーを寄せた。

「いいね。それじゃ二人とも服を脱いで。もちろん下着もだよ」

 はぁ?!
 もちろん二人とも目が点になる。
 いきなり何を言ってんだこのオッサン?
 とは思ったが、お義父さんの目は芸術家の目、そのものだった。平たくいえば大真面目だった。
(ついでに言うと、平九郎さんの姿がパっと浮かび上がった)

 と、ここで静かにつむぎさんが立ち上がり、履いていたスリッパを軽やかに手に持ち替え、スパーンと火垂さんの頭を叩いた。
(ついで言うと、平九郎さんの姿が寂しそうに消えていった)

「oh! フランスのジョークです!」
「お父さん、そういうのやめてっていつも言ってるでしよ?」
「desole(ごめんなさい)! ほら、toi(キミたち)を和ませようとね、ハハハ」

 とはいえ笑っているのはお義父さん一人。それで気まずくなったのか、ササッと筆を走らせはじめた。
 そうなるとさすが芸術家。
 内面まで見通すような鋭い視線を向け、熟練のピアニストのように絵筆をカンバスに走らせる。
 パレットにいくつも絵の具を絞り出し、一筆一筆を迷いなく塗り付け、時に会心の笑みを浮かべている。

「やっぱりすごいな、本物の芸術家って……」

 思わずつぶやきが漏れて、ついお義父さんの鋭い眼光に射すくめられてしまう。
 そう。じっとしていなきゃ……僕もつむぎさんもソファで手を握り、じっと指示された姿勢のままで完成を待つ。

「できた。parfait、完璧だ」

 お義父さんが静かに筆を置いた。
 なんだか後光がさしているように見える。
 室内にはいつの間にか夕暮れが忍び寄り、最後の残光のようなオレンジ色がみちている。
 ついでにいうと遠くでカラスも鳴いていた。

 どんなすごいものが出来上がったんだろう?

 実は僕は高校の時に美術部だったのだ。
 たくさんの絵を見てきたし、それ以上にたくさんの絵を描いてきたのだ。
 卒業してからは一切描かなくなってしまったけれど、いまでも絵が完成した時の感動は覚えている。
 それが自分の絵であっても、他人の描いた絵であっても。

「タイトルは【Mariage】、結婚という意味だよ」

 お義父さんがゆっくりと完成した絵を僕らに見せる。

 そして僕たちは固まった。

 そこに描かれていたのは、
 あんなにも一生懸命描いていたのは、

 パースも構図も、なんなら僕とつむぎさんの姿も、すべてを無視した、線描きの二つの奇妙な生物と四角い枠のソファーらしきものだった。

 僕の中の何かが切れた。

「つむぎさん、スリッパ貸して」
「はい。思い切りやっちゃってください」

 僕はつむぎさんからスリッパを受け取ると、スタスタっとお義父さんに近づき、スパーンと頭を叩いたのだった。

5件のコメント

  • お義父さん、抽象画を描く人だったのでしょうか。
    意外と価値が出たりして。
  • ボロは着てても心は小錦? 
    ボロは着てても心はニシキヘビちゃいますのん?
    このお義父さん、アホちゃいますか、パーデンネン!!パー・・??
    そう言うワタシもパ~でんねん。ぅひひ、一緒でっせ。

    だからね、そんな感じのお義父さんですから、ワテ、描いてくれた絵は「餅」かな、って思いましたんですわ、あはは。
    ボンビーならば「絵に描いた餅」がチープでよろしおすやろ?

    で、どんな絵でしたん? え、と驚く絵?
    そりゃぁスリッパでパーン!! 仕方おまへんわ。
    ほんで、ワテにも一緒に、スパパパパーンと連打でっせ。
    そりゃあんまりな、ご無体な、とのたうち回るワテこと88のよね。
    ご愁傷様。 
    関川さんの名作を汚した罰ですね~。一同うんうん、と納得。
       m(__)m
  • あきらさん、お名前拝借しております。
    見る人が見れば芸術かもしれません。
    芸術の世界はよくわかりませんよね(笑)
  • 88さん、こんばんは!
    いよいよ次辺りで出番です。
    こうして交流のある人をキャラクターにするとですね、なんか書きやすいんですよ。ゼロから作るよりも。
    もっともキャラクターなので、いろいろとひねってますが(笑)
  • スリッパの使い方が素晴らしいですね( *´艸`)

    お父さん、フランスでどんな貧乏神生活だったのか、気になります!
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