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タイトル未定継続 第10エピソードまで来ました(笑)

「なかなかやるじゃないか……」

 お義父さんがゆらりと立ち上がる。
 その頭には出来たばかり、まだ湯気を立てているたんこぶか二つ。
 一つは娘のつむぎさんが、もう一つは僕がスリッパで叩いてできたものだ。
 なんとも情けない姿ではあるのだが、不思議なオーラが全身から噴き出していた。

「だがお前たちは本当の芸術がわかっていない! 画家の魂の何たるかがまるで見えていない!」

 そういって、もう一度あの絵を見せつけてくる。
 うん。単純な線。狂った構図。色使いも適当。
 これが幼稚園児の描いたものだったらまだ許せる。
 むしろ微笑ましいと思える。

「見よ! つむぎを描いたこの緑色の線には娘への愛が、となりのアキラ君を描いた茶色の線には娘を奪った父親の慟哭が、そして新品のソファーをかたどる赤い線には「あ、なんかいいセンスだな」というちょっとした驚きが、それらの線が混然一体となってカンバスに絡みついているのだよ。まったくここまで説明しなければならないとは、芸術を理解できないものとの対話がいかに困難か思い知らされる。そうとも、ここが芸術の都『パリ』であれば多くの者たちがこぞって褒め称えたことだろうよ。だが残念ながらここはニッポン。芸術に対する理解度がここまで遅れているとは本当に嘆かわしい。C'est vraiment dommage、実に残念だよ」

 お義父さんは一気にそうまくしたて、最後にあきらめたように降参のポーズで決めた。 

 その勢いについ僕もなんだか申し訳ない気持ちに……なるわけがなかった!
 いやいや、これは違う。
 これが芸術だって?
 これでも美術部に属した者の端くれ。
 いくらお義父さんでも、こんな絵を芸術と認めるわけにはいかなかった。

 というかこれを芸術だと信じているお義父さんの目を覚ましてあげなければならない!

「あなたの演説は立派です。ですが、一枚の絵はそれ以上に画家の魂を雄弁に語るもの……」

 僕はお義父さんから絵を取り上げ、それを机の上にそっと置いた。
 いくら下手な絵でも一生懸命描いたものだ。粗末に扱うのは道理から外れる。
 だがこれを芸術と言い張るお義父さんの目はきっちり覚ましてやる必要がある。

「お義父さん、とりあえずソファーに座ってください」

「は。はい」

 お義父さんは僕の豹変にあっけにとられたように、ちょこんとソファに座った。
 と、そこにクリリンがやってきて膝の上にちょこんと座り、また髭をいたずらしようと手を伸ばした。

「いいですね、そのまま動かないで」

「あきらさん、絵を描けるんですか?」
 つむぎさんが心配そうに声をかける。

「まぁね、人よりはちょっと上手かなってレベルだったけどね」

 それから僕はもう一枚のキャンバスを立てかけ、対象を一瞥。
 それからパレットに全部の色を絞り出して深呼吸。
 懐かしいテレピン油の匂い。
 高校で過ごした美術室を思い出す。

「描くぞっ! 動くなっ!」

 そんな掛け声だったと思う。
 デッサンでザッと構図を書き込み、昔の経験を頼りにお義父さん、クリリンを書き込み、絵筆を走らせる。
 お義父さんの髭、丸メガネ、丸メガネに移る部屋の様子と画家の僕、全部描写する!
 続いてクリリン、柔らかな毛並み、獣らしい爪、瞳孔に宿した無邪気な残酷さ、これもカンバスに写し取る!
 買ったばかりのニトリのソファ、夕暮れのオレンジ色の空気、レースに膨らむ秋風の香り、それを油絵具のなかに閉じ込めてゆく!
 そうだ、これが芸術だ。
 これこそが芸術だ!
 僕のそんな気持ちを幾重にも塗り重ねてゆく。
 この気持ちを、この高ぶりを、この瞬間に感じた感動を、一枚のカンバスに残さずたたきつけるのだ。
 粗野でなく、華麗に、美しく、たくさんの色を乗せて表現してゆく……

 時間にしたら5分ほど。
 僕は昔から絵を描くのが速かった。

「もう動いていいですよ」

 出来上がった絵をお義父さんに見せる。

 お義父さんの口があんぐりと開いた。

「parfait、完璧だ……」

「あきらさん、すごい……」

 そうでしょう、そうでしょう。
 僕はちょっと得意になる。

 と、その時だった。
 ドアのチャイムが鳴った。

「あのー、となりのヨネです。先日のお礼に参りました」

11件のコメント

  • 今回は絵に込めた芸術とか迫力の描写の練習回でしたね(^^)
  • お父さんの絵との対比が面白いです!

    そしておヨネさん登場!
    楽しみです!
  • お義父さんが「なんかいいな」って思ったソファ、ニトリのやつだったんですね。さすがお値段以上なことだけはある……!笑
  • ゲージュツは爆発だぁ!! あきらさん、すごい!

    ピカソ以上の難解な絵を描くお義父さんと、パッションのみで描きあげる力のあるあきらさんの絵。
    もしかして~ どちらの絵も、え?って言いたくなるような絵なのではと・・
    そこへお邪魔虫のヨネが・・無視してやってくださいな、ろくな婆さんじゃなさそうで、平和が乱れそう。
  • 関川様、おはようございます😊

    近況ノート限定の連続ドラマ、今回はよりドラマチックで迫力がありました。
    あきらさん、芸術とはこれだ!と言わんばかりに高らかに速やかに描き上げた絵はお義父さんをも唸らせるほどの大傑作だったようですね。
    鮮やかです👏
    そんな高揚感たっぷりの所へドアのチャイム。
    あらっ!まぁ!隣りのおヨネさんですね。
    うわぁ、これは次回も目が離せませんね。
    こうご期待!
  • お義父さんはニトリのセンスがお気に召したのですね。ニトリさん、すぐさまパリへ店舗展開を!(当方では責任を負いかねます)

    これだけの絵を、たったの5分で描き上げるとは……アキラさん、すごい!!
  • 小烏さん、こんばんは!
    お義父さんとアキラ君の絵のギャップ、まさにそれです。目指していたものは。文章で表現するのに苦労しました(笑)
  • すずめさん、こんばんは!
    ここはIKEAみたいな感じでなく、ニトリでしょう。
    無印なんかでもちょっと違うだろうなと。
  • 88ちゃん、いよいよ出番ですよ。
    今回はラストにミステリアスな感じで。
    皆さんの期待値も上がってきたようです。
    セリフの準備は大丈夫ですか?(笑)
  • この美のこさん、こんばんは!
    ドラマチックでしたでしょ? なんか詰め込んで長台詞まで詰め込んでテンション上げていきました。
    そしていよいよ真打ヨネさんの登場です。
  • 霧野さん、こんばんは!
    絵を描くところの描写はアドラメレクを目標にして書いたのですが、妙にスケールダウンした感じで書きあがりました(笑)
    絵画の描写ってやってみると難しいものですよね。思い知りました。
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