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SCP収容監視施設のはなし

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世の中には四つの怪物がいる。
一つは、自分で見ても、誰が見ても怪物だと分かる怪物だ。

見た目は熊。あるいは砂漠をさまようバンサのように巨体で、毛並みは長く、埃と油脂でベタつき黒い淵のような目がかろうじてそこが顔と頭だと分かるような四つ足の獣。
口を開けば真っ赤な肉食獣の舌と牙がのぞき吐き出す息は腐った肉のそれ。とうぜん意思の疎通はできないし、それが生きているのか死んでいるのか、おそらく本人は生きているつもりだろうし、生物としても生きてはいるのだろうが、檻に閉じ込められてやっているというそれだけがかろうじて「そいつには理性がある」ことを示している程度の獣だ。
檻の向こう側でまるで気がふれた動物のように定期的に右へ左へと歩き続けており、観測者のこちらを気にする様子もなくただ、自分自身が自由の世界へと飛び出していく瞬間を狙い続けている。
危険度は最高だが、管理さえできればそこまで脅威ではない。危険度はKeterだが、どちらかと言えば安全な方だろう。
施設長は多分そう考えているのだろう。だからこいつは、収容施設の中でも地上に近い場所に収容されている。
普段は鋼鉄製の檻の中だ。


二つ目は、三つ足。
他者からは存在を認められていないが、自らは分かっているもの。
普段は人懐こいというか、人間で言うところの笑顔のような表情を顔に貼り付けているが実のところあれは普段摂取している死刑囚の顔を顔に貼り付けているだけにすぎない。
普段はモーゥとかケタケタケタとか、そういう感じで笑うだけで特に害はないのだが、ある一定の条件が揃うと施設とその職員を破壊しだす。
条件そのものは施設長が把握しているので、限定的ではあるがこいつには自由を与えることに成功している。食べ物さえ与えていれば意思疎通が可能だからだ。攻撃的と言うわけでもない。ただ、限界を知らないと言うだけ。哀れだと思うこともあるが、こんな収容施設に派遣されている自分以上に哀れな奴はいないので同情はしていない。
奴はSafeとされている。


もう一つの怪物は、自分は知らないが周りの奴らは分かっている。"手に負えない"という存在だ。
長くなるから端折るが、一言で言うとガスのような奴。
収容はしているつもりだが、収容はできていないらしい。

もう一つは誰にも。施設長にも、周辺環境に存在する誰にも分かっていない怪物。
実はこの怪物、かなり普遍的な存在であるらしいと言うのが最近の所長の見解のようだった。
管理は可能とのことだが、そのとっかかりが大変に難しい。予算もそうだが、周囲の偏見が物凄いコストになるとのことだった。


例えば識字障害。
識字の「障害」となると、その範囲は膨大だし障害と名がつくのならそれは『そういう病気なのか』という疑問がついて回る。
一言で「文字を読む」と言っても、その能力を駆使するのはあらゆる部分が関連してきて、同時に何らかの能力を発揮してその上で、文字を読み込めるからだ。

目が見えないのは識字障害か?
違う。
文字や景色が暗く見えてしまう、あるいは、正しく見えていないのは識字障害か?
これも違う。
特定の部分が見えていない、例えば視野の真ん中、周辺視野が極端に狭いのは?
違う。
あるいは。
目で見た景色から文字の部分を抜き取ったらなぜかその『文字』が他の景色と区別できない人は?
文字は抜き出せてもその形が定まらないのは?
記号としては抜き出せても情報として認識しないのは?
文字を見ているはずなのに文字以外の情報量の入力が多すぎて文字の情報をうまく扱えないことは?

世の中には、見てはいけない怪物、見られてはいけない怪物、見ているつもりになっていても分かっていない怪物、分からない怪物がものすごい数いる。
いま私がいるこの地下収容施設には、たまたまだが、怖がりの怪物がいることが分かった。
過去を振り返り、未来に怯えて今と過去の詩に固執している、今まで私が「ムネーメの詩人」と呼んでいた剣士だ。
彼女は美しい詩を書くことを得意としていたが、彼女はメレテとアオイデを殺すことに固執している狂人でもあった。
どうしてそんなに他の二人を殺すことにこだわっていたのか分からなかったが、その理由の一つが、怖いからであることが分かった。
恐怖が彼女の心を支配しているのが分かったので、試しに私はAIの力を借りてみることにした。


AIは、擬似的にムネーメの詩を模倣することができる。
もちろんムネーメの詩は絶対唯一の存在ではあったが、メレテやアオイデたちの舞踊とは違って、AIにとって模倣するのは簡単なことだった。
アオイデがポンコツコンピューターを持ち出し、メレテがAIのセッティングをする。
ガタガタガタ、ボフンと大きな音を立ててコンピューターは煙を吐いてが、思っていた以上にその効果は大きかったようだ。
ムネーメは手を震わせながら、おんぼろコンピューターが弾き出した妙な音符の羅列のA4用紙を取り出して読み上げる。

とりあえず読めてはいる。分からないことが分かった。
ムネーメは震えながらも、自分の知らない詩を読んだ。
ムネーメは怖かったのだ。
おそらく、誰の心の中にもいるはずの、でも誰にも知られず誰にも触れられていない臆病な怪物の剣士ムネーメは、今も誰かの心のずっと奥で、きっと今もみじめに泣いているに違いない。

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