いやおもいきり言い訳ですが、胃腸炎やらかしてプロットすすんでおらんです✧◝(⁰▿⁰)◜✧
さて。
閑話で大きくゲスト出演した荀罃さん。青春が終わっている世代なので、レギュラー準レギュラーにはできません。いつも見切れ出演でした。
ともすれば、内輪ウケになりかねない話でしたが、士匄が最近かっこよく決めすぎているという反省もあり、小ネタとして笑って終わらせられるもの、そしてなんだかんだと回を重ねているので登場キャラ内の話として踏み切りました。
荀罃は天才ではないですが、やはり才がある人だったようで、当時には珍しい、攻城のための砦(土を盛る高台ていどですが)を作り、難攻不落の鄭を閉口させたというエピソードがあります。
が。
彼を物語るに代表的であり、ゆえに作中に入れられなかった逸話、バックボーンがあります。
郤缺引退翌年に起きた、対楚戦。邲の戦い。
この戦争で捕まり、捕虜となります。荀林父の甥ですが、荀林父と弟の荀首は少し年が離れていた可能性もあり、20代前半から中盤だったかと思われます。
で。
9年間、楚で虜囚してました。
かれは20代、大切な最後の青春時代を敵国の虜囚としてすごしました。とんでもねえ苦労人です。
父荀首は荀罃を愛しんでいたと記録にあります。即座に助けたかったでしょうが、戦場では届かなかったのでしょう。
同じ戦場で『息子と交換してもらうに値する楚人』を冷静に選別しながら二人の将を捕虜、一人の将を討ち取ってます。こっわ。
しかし、外交的バランスもあり、9年の長い間、捕虜交換はなされなかったのでした。
先の見えぬ状況に荀罃も忸怩たる思いがあったかと。鄭の商人が『私が袋に入れて連れ出します』と申し出があったのが9年目。その申し出に
『来年も虜囚なら受けよう』
と応じた荀罃は、矜持と望郷の狭間で悩んでいたのがありありと伝わります。大夫たるものが商人の袋に忍んで逃げて帰るというのはみっともない。しかし、10年をこえれば心が折れる。
結局、彼はこの年に正式なやりとりで帰国を終えるのでした。この後、荀罃は鄭の商人に礼物を渡そうとしますが、この鄭人は何もしていないからと受け取らず去っていきます。鄭人の独立心と先進性が見える人物の一つです。
ついで。荀罃は楚で優遇されることもなかったですが、酷い目にも合わなかったと本人の弁。その堂々たる態度に楚の君主も感心しておりました。
この荀罃が戻ったあとに、士燮が士匄を面倒見てほしいと頼んだ、というのが本作の設定です。
ゆとりせだいのクソガキの前に、本物の戦場を知り、屈辱と忍耐を知る、バリバリ武闘派の三十路が現れました。
なんでもできると井の中の蛙で荀偃で遊んだり欒黶のバカを楽しんでるクソガキの前に、家族ではない大人が現れるというのは、世界の大変化ではないでしょうか。
そういった大変化を感受性高い時期に洪水のように浴びせかけられれば、少年はヒーロー憧れ沼にドボンこ。
しかもちゅうにびょう思春期時期なので、自己陶酔型の士匄は浮かれてしまうかもしれない、と考えた次第。その浮かれに乗るのが嫌だ!となったクソガキでした。
来週くらいには新編を更新していきたいです。カクヨムコン開催中に完結させるのが目標です。