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連載終了。あとがき。当然ネタバレ有り

 短いあとがき↓
 郤缺お疲れ様でした。そしてお読み頂いた方々、ありがとうございました。
 わたしは郤子壷を生で見たことはないですが、こういったものが残っていると本当に実在したのだなあ、としみじみ思います。
 
 以下、あとがき(長いので上記で終わりたい人はバックボタン推奨)

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 この度は拙作『父の仇を許された』をお読み頂き、郤缺という善人ではあるけれどもどこか屈折している男とおつきあいいただき、ありがとうございます。完結して小説、完結していないものは小□というものだ、と言っていたのは田中芳樹でした。完結してようやく小説と胸がはれます。

 少し感慨深いため、思い出話を失礼致します。

 十年以上前のことです。その日、いきなり脳内に出てきた漫画をとにかくアウトプットせねばならない、そうでないと死ぬ、というほどの衝動にかられまして、一気に殴り書きました。ストーリーで言うと、終盤だけです。一応おおまかなイメージはありましたが、一から構築してられない、とにかくこのシーンを書きたい、とノートに四十ページ前後の漫画を書きました。いつか、きちんと構成をつくりなおし、冒頭から書きたいなあ、と思いながらうっちゃってました。その時はそれで満足していたからです。
 今回の、小説の基盤はその漫画です。と言っても、ノートもネームも失われておりますが、郤缺が泣いてみんながぽかーんとしたコマ割は未だ脳内に残っております。
 久しぶりに春秋左氏伝を読み返しているうち、昔の衝動を思い出し、ああ、あれを終わらせたいなあ、と考えた瞬間に小説を書き始めておりました。一年ほど文章を何も書いていなかったため、序盤はとても酷い。助言を請うて今の一話~四話くらいになっております。このときは一人遊びのようにプライベッターに投下しておりましたが、小説投稿サイトの存在を教えてもらい、今にいたります。
 以上思い出話。

『父の仇に許された』は古代中国春秋時代、現代の山西省にあった公国、晋の紀元前六三〇年から紀元前五九八年を想定し書いた小説です。十年前に考えていた漫画ネーム時点の主人公は士会でした。が、改めて書こうとしたときに、人物関係のハブである郤缺を主人公に変えました、それはもう軽率に。郤缺は能力や経歴、性格など、主人公というより脇役のほうがすわりのよいタイプです。いわゆるサポートキャラというものですね。この男をセンターに持っていくべく四苦八苦し続けました。
 郤缺という人は逆臣の子であるが徳人である、と許され登用されます。これは作中どおりです。白狄子との戦いで武勲をあげ、軍を持たない大臣になります。これも作中どおりですね。ここから、趙盾に罵倒説教をしたあげく上軍の将となっている、までの記述がありません。気づけば、大勢力になっており、何故か士会の人となりも知っている。三席なのに次席を追い越して正卿になっている。春秋時代はこのような空白はありますが、それにしても不思議な人だと思っていました。その空白を埋めることができないか、と資料をひっくり返しましたが、未だに答えは出ておりません。この小説は『答え』ではなく、もちろん推察推測考察などではなく、私が考えた『創作』で空白を埋めてみました。
 最初の空白埋めがBLです。しかも、BLとして全くご褒美でもないBLですが。
 年表や史書を参考にして十割嘘八百を見てきたように並べている娯楽作品です。歴史史書や文献を元にしておりますので、その部分は『歴史』でありますが、大量に見てきたような嘘をぶっこんでいます。その、見てきたような嘘も含めて、創作作品として楽しんで頂けてたなら、嬉しく思います。

 少々、いやかなり。作品内、つまりはストーリーや人物についてつらつら綴ります。
 お察しかと思われますが。
 欒枝と郤缺は史書のどこをひっくり返しても接点はございません。推測でもできようがありません。同じ時間軸に同じ国にいた、という程度です。あえて言えば、同僚になったという程度です。この二人を組ませたのは、おもしろそうだから、という理由しかありませんでした。この二人の共通点は、父親を晋公に殺されている、という点です。この共通点で何かふくらませられないかなあ、あとホモエロ書きてぇ~というものが、前述の漫画ネームとは別にぼんやりございまして、悪魔合体させました。

 この話の序盤から前半にかけて、話を転がし続けたのは欒枝です。本当に感謝にたえない。この人の痕跡は左伝や国語に少々ございます。冷静貞節という欒枝評は趙衰の言葉です。元々、欒氏は晋本家の貴族です。祖父の欒賓が分家へ出向させられ、父の欒成は分家の君主武公(祖父が教導した)に殺され、本家は亡び分家に身を寄せました。武公は欒成の才、忠心を惜しみ投降を訴えましたが『二君に仕えず』と壮絶な戦死を遂げています。欒枝は『貞節』をうたわれており、この祖父、父の影響は強かったのでしょう。そのイメージを下敷きに、お育ちの良いお金持ちぼんぼんの気質や、物事を少し乾いて見る姿勢と晋への忠心、晋公への湿気た屈折等を練り練りし、あとは郤缺に放り投げた次第。ストーリーのナビゲーターであり、郤缺を導く人です。この人の死を書ききることが前半の目標でした。脳卒中で死んでいただくことは決めてましたので、それをどう見せるか、模索した覚えがあります。

 歴史物を書くにあたって、人物の死をどうえがくか、というのが課題としてあるのではないでしょうか。必ず死んでいます。死因がわかるものもあれば、全くわからない人もおり、それどころかいつ死んだかもわからない人もいます。それをどう演出するか、課題であり醍醐味だと私は思っております。

 覇者時代を語るに絶対はずせないのが重耳です。ほとんどの本は、この重耳を中心に覇者である晋をえがいております。狐偃の名が記載されていても欒枝の名が記載されていないことは多いです。郤缺と欒枝は重耳神話の外にいる人たちです。そういった、外から重耳を書きたいというものもありました。これに関してはきちんと書けたと言い切れません。読み手の方に狐偃の良い印象を与えることができなかったな、という後悔もあります。それ以外も第一部は重耳周辺に対して少々厳しい演出、嫌悪が生じるような演出をしてしまったと反省しております。私自身が重耳神話に振り回された感が強いです。

 第二部以降こそが、本編でした。第一部は長すぎる序章です、もっと短くしろよ。
 この時期に外せないのが趙盾と士会の存在です、主役級です。郤缺の政治人生の半分くらいは趙盾と共におります。趙盾にあんなに長々と罵倒したのは郤缺だけです。士会に関してですが、士会の人となりを詳細に説明して秦から誘拐しようぜ! と言ったのが郤缺です。しかし、それだけといえばそれだけ。私は元々史書を元に三人を想像はしていたのですが、そのままだと話にならない。がために、知人、友人というところから関係を膨らませました。

 士会と郤缺は年の離れた友人以上がなく、実は意外と一緒に行動しておりません。互いに何かあったときに、意見を確かめ合うけれども、政治的に党を組むわけではない。郤缺としては理想の友人関係であり、自分の見つけた宝石という気持ちもあります。士会としては友情と、己より上の存在がいつもいるという安心感があるんだなあ~と書きながら思いました。

 趙盾と郤缺ですが、最初に想定していた以上に関係が深くなりました。唖然としました。趙盾は霊公時代の表看板のような存在ですので、これにしっかり絡ませねばならぬ、というところから、ポイントポイントでエピソードを考えてました。が、いざ脳内から出力すると、命がけの誓いをした共犯者になり、私自身がびっくりしました。そこからもう、二人に関してはやりたいようにどうぞ、とするしかなく、自動書記していたような気持ちにもなっております。政治的な関係でしかないのですが、情がどちらも移っている、不思議な関係でした。

 この個性の塊のような三人と一緒にいて上手くいっていたのが荀林父でした。荀林父は史書を読んでて温和な人だったのではないか、と思い、あのように人物を考えました。常識的、温和、一生懸命、癒やし系萌えキャラ。そういったところで、友だちになりたい、と思わせる人を目指したので、そのように思って頂ければ幸い。いや、ペットでもいいです。
 郤缺、趙盾、士会の三人でストーリーも国も回せないことはないです。しかし、そうなるとギスギスし続け、息が詰まっただろうな、と思います。荀林父がいて本当に良かったです。この四人のバランスがあってこそ、話は回転していったところがあります、

 さて。登場人物の中には史書に一行しかいない、という人も多くおりました。その中で大いなる嘘で作られた人物もいます。はっきり開示しますが、士縠です。士縠は系図資料を参考するに、士会の叔父にあたります。活躍時期を考えれば士会の父よりも士会に近い年ではあったでしょう。ただ、春秋左氏伝では、士縠と士会は一度も会話をかわしておらず、関係もはっきりしません。資料によっては親子という系図もあります。私は専門家でなく、この系図の根拠を見つけることができませんでした。それなら、兄でもいいじゃん、と思いきり『家督を継いだ兄』にさせていただきました。年表としても史書としても矛盾はないです、系図と違うだけで。お読みになったかたの中でお兄ちゃん士縠が息づいてればいいなあ、って思いますね! 
 ただ、士縠が兄である必要は、士会が天才であることを表現するため、のたった一点でした。しかし、小説というものは生き物で設定など踏み荒らしていくようです。士縠と士会は奇妙な共依存となってしまいました。これが不健康な状況にならなかったのは、士会が健全な性質をもっていたからだと思います。過去をふり返らない彼は、分家の主として兄を置いて国に出ました。しかし、直前までは共依存の兄弟だったので、書いていて不思議な気分を味わったものです。今見ると士縠はひとつだけ道を間違えた真面目な人だったのだと思います。

 史書はプロット、設定を兼ねてましたが、それを踏みつぶすように人物たちは動いてくれました。終わりに向かって交通整理をする毎日だったような気がします。
 私の小説の書き方は、脳内に二ページ見開き漫画が出る→文章に変換するなのですが、それを出力するあたりになると『彼らが出したこの情報をどのような文章で表現するか』という作業になります。彼らの生き様を木の影から眺めては書きとめている気分でした。

 私がこの時代、この人物たちを通して書きたかったのは晋という国の転換点です。君主と血縁でもない一族たちが国を動かし、君主は圧迫されていく、最初の一歩です。晋のために良かれと思った趙盾と郤缺が最初に踏み出したということがとても興味深かったのです。その上で、郤子壷の存在を知った時に、最後に郤子壷を書いて終わりたい、と思いました。それはそれとして、郤缺と欒書の愉快な情人ごっこも書きたかったし、趙盾のジェノサイド、河曲の戦い、趙盾其弑君、そして私が勝手に考えた痴呆症の郤缺も書きたかったので、全部ぶっこみました。そうすると、思った以上にあれもこれもと書いてしまい、48万文字です。愚かです。
 この48万文字、70話、ほぼ四ヶ月間。一つの話をこの時間、この文字数をかけ、小出しに開示しながら書いたのは初めてです。お読み頂いた方の反応が前に進めてくれたところは大いにあります。自分のために書いていたはずなのに、読んで頂けると、追いかけていただけると、とても嬉しいです。

 この作品を楽しんで頂き、もう一度読みたい、友人に薦めて共に楽しみたい、などそういった、思い出以上のものになれば我が喜びといたします。

 追記。参考資料を改めて掲載予定ですので、ご興味ございましたら覗いていいただければと思います。

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