『蘇芳と梓弓』
時にふたりの壮士《をとこ》有り。
貴とき男、貌さやけくなまめかし。
益荒男、貌猛々し、梓弓のごとし。
貴とき男、益荒男の袖とりて曰く、
「月に日にしくしく思ほゆ 心を知らに
夏麻引く 命かたまけ もとなそ恋ふる
汝が帯ほどけ。」
益荒男袖うちはらひて曰く、
「乱れましなむ。吾は思わじ。」
貴とき男笑まし曰く、
「争はむ手もここだ愛しき。」
貴とき男、蘇芳より赤く匂ひたる唇で益荒男の……。
* * *
『蘇芳と梓弓』
ある時、二人の立派な男がいた。
一人は、貴い身分で、顔は清らかで優雅である。
一人は、マスラオで、顔は猛々しく、腕は太く、立派な梓弓のように堂々たる体躯である。
貴い男はマスラオの袖をとり、
「夜も昼も絶え間なく想っている、私の心を知らないのか、(※注一)夏麻引く、命をかけて、むしょうに恋い焦がれている。おまえの帯をほどきなさい。」
マスラオはつかまれた袖を振りほどいて、
「ご乱心めさるな。オレはそのような想いはありません。」
貴い男は微笑み、
「嫌がってみせるこの手も、なんと可愛いことか。」
と、蘇芳の花より赤く際立って美しい唇でマスラオの……。
(※注一)夏麻引く……なつそびく。夏、麻畑からとった麻。命にかかる枕詞。
「恋や明かさむ」
古志加の章
第四十話 「花麻呂っ、次から次へと来るよー!」
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