この物語はフィクションです。実在する人物、団体、幽霊などとは関わりがありません。
2021年の鮎川哲也賞に応募して落選。改稿して論創ミステリ大賞に応募したのですが、あえなく落選しました。
冒頭の文章は奥瀬サキ『流香魔魅の杞憂』1巻(ガムコミックスプラス)二八頁から引用しました。口寄屋の流香魔魅と居候の來夕が幽霊の絡むさまざまな事件に関わります。コミカルな場面もありますが全般的には静かな雰囲気で、枚数のわりにこみいった展開があり人々の心に潜む深い闇が描かれます。
なお、魔魅の長い過去は『低俗霊狩り[完全版]』(ワニブックス)全五巻に収められていますが、話は独立しているため『~杞憂』から読み始めても差し支えありません。
引用した個所は第一話の終わり近くで魔魅が語ったものです。作者の奥瀬サキは1985年にデビュー、長きにわたり心霊ホラーを描いてきた創作者が新たな連載の第一話にあたって登場人物に幽霊の定義を語らせたことに畏敬の念を抱きました。
簡単にこの作品の成立過程を記しておきます。「悪い人になりたい」付記のとおり、倒叙に挑んでみたいという想いがありました。2020年に短編「悪い人になりたい」で練習をして、いよいよ長編に取り組んだのが本作となります。
正統派の倒叙ミステリには苦手意識があり、昨今流行りの特殊設定ミステリとの掛け算で挑もうと考えました。初めのうちライトノベルによくある超能力バトルの方向で構想していたのですが、作中で陵司がぼやくとおり「勝って、どうなる」という、犯人と探偵との倫理的な側面に悩むうち悪夢という趣向に思い至りました。
江戸川乱歩の「倒叙探偵小説」「倒叙探偵小説再説」を読むと、犯罪者が手を血に染める心理やその罪が暴かれそうになるスリルに注目していたことが窺えます。『刑事コロンボ』の第一作「殺人処方箋」を鑑賞したとき、オールドスタイルな謎解き小説の限界を越えるべく、正攻法しか知らない探偵では太刀打ちできないほどの狡猾さを備えた犯人と互角に渡り合える犯罪捜査のプロとしてコロンボが生まれたのだと感じました。
古典的な作品や海外ミステリの歴史に明るくないため不正確な見方になりますが、犯罪者の内面に肉薄しようとする初期の倒叙ミステリを第一期とするなら、犯人と探偵との丁々発止なやりとりに主眼を据えた刑事コロンボ以降を第二期と呼べるのではないかと思います。
では、その次になにがあるのか。特殊設定の助けを借りることで、犯人と探偵は遊戯としてのゲームをしているわけではなく人生を賭けた勝負をしていることを表現した第三期の倒叙が可能ではないか――などと、だいそれたことを初めから構想していたわけではないのですが、今になってふりかえるとそんなことも思うのです。