第2話 必然の恋
それが彼と初めて出会った日のことだった。
「ねえ、うちの学校にさテープ式じゃないネクタイしてる男子っていたっけ?」
うちの学校制服のネクタイにはマジックテープ式と大人がするような普通のネクタイがあるのだけど、ほとんどの男子が面倒だからという理由でかテープ式を着用していた。
が、彼は結び目からしてあきらかにテープ式ではなかった。だからネクタイからわかればと私は友人にさり気なく聞いてみたのだ。
「あ、もしかして5組のネクタイノキミでしょ?」
「ネクタイノキミ?」
「ネクタイの君よ! そっかぁ、恋しちゃったか~(>ヮ< 」
何故だかばれた。しかも彼は私が知らなかっただけでかなり有名で女子たちから慕われていることがうかがい知れる。……片思い記録50分ちょっと。終わったわこれ。
「いやいやそれにしてもあんたがねえ。しかもあのネクタイの君とはねえ」
「やめてよ、もうあきらめるからいいよ」
腕組みして力強く頷いている友人の肩をベシベシ叩きながら否定する。
「いやいやそんなに否定しなさんなって。それにあんたが思ってるようにモテてるってわけじゃないからさ」
私は一瞬思考が止まった。モテてるわけじゃない。たしかにそう聞こえた。
「え? でもネクタイの君っていうくらいだし人気あるんじゃないの?」
友人の返しに急に不安が込上げてくる。何だろう、次から次へと手を出しては女子を食い物にしてるとか? 実は特殊性癖の持ち主とか? まさかまさかあんなイケてる顔してオタクとかだったらどうしよう!
「いやあ、聞いた話だと彼そうとうの人見知りなのか告白されても一度も返事を返したことがないらしいのよ」
なるほど。友人の話によると今まで告白した女子たちは返事すらもらえずに玉砕、その噂が広まって今では彼を遠巻きに眺めることしかできずにいるということらしい。ってやっぱり私終わったじゃん。片想いのロスタイム終了~。
はああ、と溜め息。
「ところでさ、あんたどこでネクタイの君とお近付きになったの?」
「いや今朝車にひかれそうになって助けられたの。たぶん」
「たぶん?」
かくかくしかじか――。私は事のてん末を話した。
「え、じゃああんたネクタイの君に話しかけられたってこと?!」
友人は大げさに驚く。
「そんな話したっていっても赤信号だからって言われただけで」
「それよそれ! ネクタイの君から声を掛けるなんて天変地異の前触れか石油王に見初められるレベルなんだからね?!」
え、私そんなすごいことされてたんだ。知らなかった……。
「ネクタイの君は極度の人見知りなのか授業で先生に指されても一度も答えたことがないって噂だもん」
それはいろいろと問題なのでは。
友人は彼から声を掛けてきたなら脈ありよオオアリクイよと言いながらちょっといってくると教室を出て行ってしまった。
「ちょっと、どこいくのよ?!」
そう言った時にはすでに彼女の姿はなかった。
はああ。彼のことすごく気にはなるけど、きっと見向きもされないんだろうなあ。でも話しかけられたのって私だけなんだよね、もしかしたらちょっとだけチャンスなんてあったりしちゃったりなんかするんじゃないかな。いやいやいやでもでも――、なんてことを考えていると廊下から聞き覚えのある声がしたと思うと教室に飛び込んできた友人の姿が。
「ねえねえ、ネクタイの君! ネクタイの君が!」
息切れしながらそう言う彼女に飲み物を渡し落ち着かせる。
「何してきたのよ?」
「ネクタイの君に伝えてきた!」
そっかーありがとうって何してくれてんのよ!!!
╲何してくれてんのよ!!!╱
ここまで彼女は10回くらいネクタイの君と言ったのだけど、もう10回くらい聞かされて私は渋々彼のいる5組へと向かった。
5組へ行くと彼は自分の席で読書していた。
「やっぱりやめておこうよ、じゃましちゃ悪いよ」
失礼しまーすと教室へ入ろうとする友人の袖をひっぱり引き止める。
「あんたこそ何怖気づいちゃってるのよ。ガツンと告っちゃいなさいって」
いやいやいやそんなこと言ったってまだ心の準備もできてないし、第一こんなみんながいるところで告白だなんてそんなの全体むりだよう。
「やだやだやだ帰る、無理無理無理!」
他所のクラスまで来て騒いだせいで教室内の人たちからは奇異の目で見られているわけで、彼もそのうちに漏れず私たちを見ていた。
彼と目が合ってしまい私は首だけで小さくお辞儀をした。
それに彼もぺこりと返す。通じ合ったと思うと胸がどきっと高鳴る。
「ほら行ってきなって」
友人に押され教室の中へ。こいつ親獅子かと言いたくなったが、ええいままよと彼の前まで歩く。もうこうなったら勢いだ。玉砕覚悟!
「あ、あの……。今朝は、ありがとう」
ああ、周りの視線が痛いし恥ずかしいしもうやだぁ。
彼は少しきょとんとしてから何か納得したような表情をした。
「ああ、赤信号の」
彼の一言に教室中がどよめく。彼は何か続けていたが他の人の声で聞き取れなかった。
結局私は彼にお礼を言って人ごみをかき分けるように教室を後にしてしまった。
聞いた話では、私のことはすでに学校中の噂になっているらしく、ネクタイの君の呪いを解いた赤信号の姫だとか、呪いをかけていた魔女に違いないとか。特に彼を慕っている女子たちからは変に目をつけられてしまったらしく、しばらくは大人しくしておくしかなさそうだ。
それからどうやって彼とデートをする約束に至ったかというとなんだけど、――とちょうどそのとき遠めに見てもすぐわかる爽やか少年が目に飛び込んできた。
(彼だ!)
時計台を振りかえると1時半に間もなくなるところだった。なんて律儀な彼なんだろう。彼の姿を見たとたん自分の胸が高鳴るのがわかる。
まだ私には気付いていないようで辺りを見回している。
私は立ち上がり彼に見えるよう大きく手を振ってみせた。
彼はそれに気が付いたらしく何か言いながらこちらに向かってくる。
そんなに慌てなくてもいいのにと内心思いながら彼が私のもとまで走ってくるのを早く早くと待ちわびる。彼の走る姿がまるでスローモーションのようにゆっくりと感じてしまう。ああもうじれったい。そう思いながらも、この後すぐに彼が来て申し訳なさそうに待った? なんて言ってくれるだろうなんて考えるとますます胸が高鳴ってしまう。
彼の歩調が、私の心音が、時計台の秒針が、重なるような気がして――。
背後から突然の風と爆発音に驚き振り向く。
時計台が中辺りから折れこちらの方へ傾いて地面に落ち破片が、針が飛び散り、逃げ惑う人々に当たる。
当たった人が倒れる。下敷きになる。
再びの爆発音に耳を塞ぐと私はその場でへたり込んでしまった。
噴水の水が空に舞い風船が飛んでいく。
上半身のなくなった老人の周りを犬が吠えつきながら駆け回っている。
子どもが歩いている、破片を顔に受けたのか陥没した血だらけの顔で手探りをしながらふらふらと。
ミニスカートから出ているはずの足のない女が這う横で下半身から飛び出た臓物を必死にかき集めている男。
あまりにリアルな映画のような状況に自分だけが無傷であることの不思議さよりもあまりにストーリー性のない展開に憤りを感じていた。
だって、だってこの後彼が来て私はデートをして、一緒に買い物したりお茶したり手なんか繋いだりなんかしちゃったらどうしようなんて、それなのに――。
そうだ、彼は? 瓦礫と壊れた人形、肉塊を無視して彼を探す。
私の正面50mくらい先に彼は立っていて腹部に刺さった時計の針を手で押えながら何かを言おうとしている。しているがそれが何か聞こえなかった。爆音で耳が麻痺してしまったからなのか、私が耳を塞いだままだからなのか、彼の言葉は届かない。ただ赤いネクタイだけがひらひらとはためいていた。
そして気付く。通りで彼の声が届かないわけだ。だって彼との距離がだんだんと離れているんだもの。
私はいつの間にか座った体勢のまま
キャトられ
ようとしていた。
頭上には銀色の円盤が公園を覆っていてその真下に私がちょうどいて、入口のように穴のあいている部分の縁には銀色のタイツのような服を着た父と母が立っていて。
「ちょっとお父さん!お母さん! 私のデート台無しにしないでよ! 私のデート返して!」と叫ぶ。
☻「それはできないな娘よ」と父。
☺「小説(事実)は現実(小説)より奇なりよ」と母。
大地と円盤の中間あたりで浮いたまま私は円盤の飛ぶままに連れていかれる。
彼が豆粒くらいに小さくなって蟻くらいになって消えていく。
家まで飛んできた円盤は割れた庭に収納され、暴れる私は虚しくも自室のベッドに仰向けに縛り付けられた。何を言っても聞いてくれない両親の前で私はただ涙を流すことしかできずにいた。
「さあ、これを飲むのよ」
母の手には水素水と書かれた怪しいボトルが握られている。
キャップを外すと私の口へ無理やりそれを押し付ける。
抵抗虚しく私の喉を水素水が通っていく。それは体に浸透し、私の体は水素の力で軽くなる。
すると今度は父が黄燐マッチを踵で擦るとそれを私の鼻へと近づけてくる。いやいやをする私の顔を母の手が押さえつける。
「ぽん」と私は言うと体の内側から粉塵爆散した。
ㇱ‶ㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼㇼ
けたたましく鳴る目覚まし。母の急かす声に起こされ時計を見る。9時……遅刻という2文字が頭に浮かび脳が覚醒する。
カレンダーには×印が先週から並んでいる。
今日は待ちに待ったデートの日だった。
「被験体O-0-O(オー ゼロ オー)。通称オレオ。夢落ち型ループに入りました」
白衣の女が培養液の入った水槽を覗きながら記録を取っている。培養液には黒い円盤に挟まれた脳が浮かんでいた。
「今回も失敗か」
白衣の男は記録用紙を受け取るとパソコンへの入力に取り掛かった。
終
ヴィイイイイン、プシューン、ピピ……
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この作品_
この作品面白かったです――賞賛型AI
☞[投稿]ピッ
「被験体O-1-O。通称ドクシャ。『いたってふつうの女の子が恋をしたっていいじゃない』読了。今後の動向について継続して観察を行う」