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「ファントミーム・オーヴァーレイ」あとがき

 2011年の3月、私は茨城で大きな地震に遭いました。
 家屋は皿の上のプリンみたいに揺れ、本棚はおもむろに本を吐き出したその光景を、私は心の奥に緊張感をしまい込んで、楽観的な感情で見ていました。友達の連絡にも床に投げられた本の写真で返すくらいの余裕がありました。
 結果、私の家は屋根の瓦が一枚落ちた程度で、私は一応の『被災者』になりました。
 他所の被害を聞いたときは、そのギャップに少なからず驚きを隠せませんでした。併発する津波被害・原発事故……気仙沼辺りの困窮した現場を見て、事態を軽く見ていたお気楽な自分が、段々と恥ずかしくなってきたのと……どことない疎外感を感じていたのを思い出します。
 実家を離れたのちにわかったことですが、この地震で水道周りが破損していたそうで、家のシャワーや浴槽周りの心もとない出力はそのせいだったらしいです。ありがとうシャワー・浴槽、冬の日は地獄だったよ。

 ご拝読ありがとうございます、葛猫サユです。
 虚実重なる都市で始まる、見習い捜査官×厄災のガール・ミーツ・ガールというキャッチコピーで始まった「ファントミーム・オーヴァーレイ」は、そんな『一応の被災体験』が少し混じっているかもしれません。原発事故や津波などの大きな被害が取り沙汰されるなかで、私の体験談など笑い話にしかならないような些末事で、そんな人間が被災者に数えられるのも憚れるような気恥ずかしい雰囲気を少しは感じられたら幸いです。
 最初は災害の要素を前面にだすような物語ではありませんでした。捜査官と人の記憶を操る少女が出会い、その中で捜査官が成長する……その設定から紆余曲折を経てカイキョウシティは生まれました。
 仮想と現実が曖昧な街というのはかなり最初期から設定されていて、爆発事故による被災者の霊が人知れず社会に紛れ込んでいるというもの初期の設定でした。災害事態は最初から設定として存在していましたが、それと主人公をリンクさせて物語に組み込むのはプロット作成の段階でも終盤の構想だったと思います。
 主人公は災害に特別な思いがある。そして災害から生まれたヒロインに惹かれるといった構図から始まり、かと言って安易に被災者という設定をつけるのもいただけない(この設定自体はオーソドックスで受け入れやすいので、塔子に回しています)と考えたとき、最初のエピソードを思い出しました。
 被災者でなくとも、大きな災害はそれだけで大きな影響があります。生活環境は激変し、経済は打撃を受け、災害を連想させるものにはSNSで不謹慎だと罵られる。ここまでの影響力があるのなら、被災者でない主人公は容易に成立するのではないかと考えました。
 そうして生まれたのが浜浦渚。両親の記憶を無くし、親戚に同情されるのに嫌気がさしていたところに災害の映像を見て、心を救われるというややアブノマールなキャラクターとなりました。余談ですが渚の性別はプロット段階ですら決めあぐねていて、物語を進める上では本当にどちらでも良かったんですが、友人に相談したところ事件解決よりも被害者を重視する精神性は女性的だという意見を貰い、渚は女の子になりました。
 そこから派生する幻捜課やGCは本筋の進行を補助するサブプロットの役割を担っています。尺の都合上見せられなかった部分も多くありますが、彼らもまた災害によって大きな影響を受けた者たちなのは間違いありません。全てを語ると長くなってしまうのでこちらでは割愛します。続編を書く気があったら掘り下げるかも。

 ということで、「ファントミーム・オーヴァーレイ」いかがだったでしょうか?
 これからはコンテスト応募用に調整で細々な修正や加筆が入ると思いますが、大本は変わりません。災害によって煩わしさを忘れたい主人公と、災害を忘れさせたくないヒロインという図式は、アドリブで少し歪みましたが、おおむね想定通りの着地になりました。これも見ていただける読者様の応援のおかげです。1と0では見られているという緊張感が違いますから。
 では、また別の作品でもお会いできることを願って、一旦筆を置かせていただきます。
 よろしければご意見・感想などお願いします。

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