決勝戦を二日後に控えた夕方、陽人は大溝と共に名古屋市内のクリニックにいた。
「お待たせしました」
入り口で待っていると、スーツ姿の男性が現れた。
来年、入学予定の聖恵貴臣の父親・光臣である。
「それでは行こう」
大溝の声で三人が中へと入る。
きっかけは、月曜日の練習中であった。
聖恵貴臣が差し入れを持って練習場に現れたのである。
県立高校である高踏高校であるので、入学の保証はされていない。ただ、内申点と成績が安定しているらしく、余程のことがなければ入学できるようだ。
貴臣の父・光臣はリゾート会社の社長であり、その弟の義臣は県議会議員である。
高踏高校サッカー部のグラウンドとクラブハウスが強豪校をも圧倒する環境であるのは、優れたサッカー選手になりたいという息子に頑張ってもらいたい光臣の親馬鹿のなせる業であり、それを議会に認めさせたのは義臣の手腕である。
これが予期せぬ副産物を生んだ。
監督として招いた藤沖亮介が不慮の交通事故に遭い、休養している間に、恵まれた環境を生かして天宮陽人を中心にサッカー部が劇的に強化され、冬の選手権の県予選決勝まで進出したのである。
上り調子のチームに、スポンサーのような存在である聖恵光臣が期待して送ってくる貴臣は頭の痛い問題ではある。
とはいえ、本人が悪いわけではない。サッカーをやりたいという以上、一緒に頑張りたいという思いもある。
それで会うことにしたのであるが。
「あれ?」
144センチと聞いていた陽人は、実際の聖恵貴臣を見て首を傾げた。
自分よりかなり低いのは間違いないが、144ということはないはずだ。
「ちょっといいかい?」
保健室まで向かい、陽人は貴臣の身長を測定してみた。
150センチである。
高校サッカーのレベルでも問題外といえるほど低い。
しかし、144と150とではかなり違う。しかも、144だったのは4月の測定だという。であれば、半年で6センチ伸びたことになる。
「最終的には170くらいになるというのも嘘ではなさそうだね」
人並みの身長に達するのであれば、他の選手と同じように練習させても問題無さそうだ。しかし、そうでないのなら、かなり特殊な起用法が必要となるだろう。
陽人はその場で大溝に電話をして相談してみた。
「……知り合いがそういう子供の身長推測をやっている。検査してみようか」
ということで、検査することになったのである。
自由診療で数万円もするが、聖恵家にとっては全く問題のない額だ。より精密に何人の医師にも結果を推測してもらいたいということで、更に追加でお金を払っていた。
身長の推測は、骨端線などの骨の状況から調べることになる。
レントゲン、MRI検査などを月曜日に行い、何人かの医師が総合的に判断して木曜日に出すということになった。
それが今である。
本人は塾に行っており、サッカー部のメンバーは当然決勝を控えているので、陽人と大溝、父親の光臣が立ち会うことになった。
クリニックの中に行き、診断室に入る。
白衣を着た30代の人の良さそうな医師が資料を持っていた。
「……結論から申しますと……」
とレントゲン写真の骨の部分を〇で囲って説明を始めた。
もっとも、そうされても具体的にどうというのは陽人には全く分からない。それは大溝と聖恵光臣にとっても大差はない。
「この診断結果を見て、私も含めて五人の医師が推測をした結果がこちらになります」
出された資料を見て、三人ともほぼ同時に「えっ!?」と叫んだ。
「一番高い推測をしている者は193センチ、低い予想で181センチです。平均すると186センチくらいと思われます」
「た、貴臣は今、150なんですよ?」
光臣が情けない声で問いただした。
陽人にとっても信じられない。成長期に個人差があるということは理解しているが、現在150センチの子供がこれから30センチ以上伸びるという。
父親も決して低くないとはいえ、にわかには信じがたい。
「もちろん、それは承知しておりますが、今後、きちんとした生活を送っていれば、このくらいまでは伸びると思われます」
「そ、そうなんですか……」
「ですので、高校を通じてサッカーをするのは難しいかもしれません」
「どうしてですか?」
「いわゆる成長痛というものがありまして、無理な運動をすると膝や脚の軟骨部分にかなりの痛みを感じることになります。適切な休養……特に大きく伸びる期間にはしっかりとした休養を与える必要がありますね」
「あぁ……」
なるほどと、全員が頷いた。
陽人も納得はした。
あまりにも低身長での戦力外という事態は避けられそうだ。
しかし、より大きな別の問題が発生したことも確かである。
在学中、急激に身長が伸びてプレーできない時間もありそうな学生をどうやって使うのか、という問題が。