真田朋子は、その日の午後、洗濯物の取り込みを急いでいた。
午後三時以降は雨が降るかもしれないという予報がある。早めに取り込んで、雨が降るまでに買い物に行っておきたい。
居間の方では、もうすぐ二歳になる娘の美希がテレビを観ながら騒いでいた。
消すと泣いたり、走り出したりすることが多いので、起きている時にはいつもつけるようにしている。
この日、チャンネルを弄っているとサッカーの試合がやっていた。
サッカーに関心はないが、高踏高校サッカー部が出ているという。
夫の高校が出ているということで、関心をもって見ていたが、前半ですぐ0-2になった。これはだめだと思ったが、娘が興味をもって見ているので、チャンネルはそのままに洗濯物の取り込みやら掃除やらを始めた。
洗濯物を取り込んで畳み、掃除機をかけ終わる頃には一時間が経過していた。
「ふう……」
一息ついたところで、娘がキャッキャッと楽しそうに叫んでいる声が聞こえてきた。
夫も自分もサッカーが好きなわけではない。ただ、娘はそれが楽しいようだ。
微笑ましく思っていると、「パパー!」という声が聞こえてきた。
「……?」
朋子は居間に入った。
娘の美希はテレビのすぐ隣にいて、「ママ、パパー」とテレビを指さしている。
『それでは、勝利しました高踏高校監督・真田順二郎さんにお話を伺いたいと思います!』
アナウンサーがマイクを向けた先にいる、オドオドとした男を見て、朋子が口元を押さえた。
「……えっ? パパ!?」
画面の向こうにいる夫の姿に仰天した。
もちろん、部活の顧問をしているということは知っていた。しかし、それがサッカー部であるということは聞いていなかった。もっとも、この点に関して夫を責めるつもりはない。県立高校の部活動である。束縛する面倒なものとしか認識していなかったからだ。
それがまさか、テレビで見ることになろうとは。
驚く朋子の事情など知らぬとばかりに、アナウンサーが質問していく。
『大本命深戸学院を相手に5-3という壮絶な打ち合いを演じての勝利です! 今のお気持ちを聞かせてください』
『はい。高踏サッカー部が日頃からやっていることの成果が出たと思っています』
スタンドからの歓声。
『試合を振り返りますと、前半早いうちに2点を取られました。ここまで先に点を取られたことはなかったと思いますが、どのようにお考えでしたか?』
『それはもう、高踏サッカー部が日頃からやっていることを信じるだけだと思っていました』
『瑞江君のゴールで1点返してのハーフタイム、何を選手達に言いましたか?』
『高踏サッカー部が日頃からやってきたことを信じて頑張ろう、とだけ言いました』
また大歓声が沸き起こる。
「……」
夫のインタビューに次第に苛立ちを感じてきた。
「パパー、パパー♪」
美希は父親が映っているだけで大喜びだが、晴れ舞台とも言って良いインタビューの場なのに、話の内容が無さ過ぎる。念仏を唱えるがごとくに「高踏サッカー部が日頃からやっていること」を続けていた。
もうちょっとどうにかならないのか。イライラしながら聞いている朋子に聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。
『あと一つ勝てば全国です! 決勝戦に向けての意気ごみを聞かせてください』
『もちろん、高踏サッカー部が日頃からやっていることを貫くのみです』
『……ありがとうございました。高踏高校監督の真田順二郎さんでした!』
「全国……」
朋子はパソコンで「高校、サッカー、全国」と入れて検索してみた。
「年末年始に、関東の方でやっているのね……」
夫はそこに行くのかもしれない。
自分達は置いてけぼりか?
それはあってはならない。
「美希ちゃん、パパは全国大会に出るかもしれないのよ」
「……バパ、ぜんこく?」
「そうなの。そうしたら、伊豆か箱根に行きましょうね。温泉で御馳走を一杯食べましょ」
「パパ、ごちそう♪」
御馳走が美味しいものを意味することは分かる娘である。ますます上機嫌になった。
テレビ画面の向こうでは、それとは関係なく真田が汗だくでインタビューを受け続けていた。