佐久間は契約書のコピーを貰って自宅マンションに戻った。
半信半疑で愛知にいる母親に「私、天見優依ちゃんの番組に出ることになったみたい」とメッセージを送ってみた。
既読はすぐについたが、返信は来ない。
二分ほどして返信が来た。
『殺される役は重要よ。お色気シーンも含めて手を抜かずにやりなさいね』
やはり親子である。殺される役を連想したらしい。ただ、お色気シーンは想定していなかった。現在はコンプライアンス上問題があるだろうが、昔の番組なら湯煙シーンとかそういうものもあったのだろう。
正月休みはアッという間に終わった。
分不相応に運が来ると事故が来るという格言がある。
そんなものはアテにならないが、それでも自分を戒めて損はない。毎日慎重に生活をして1月6日を迎えた。
この日の夕方、JHKで打ち合わせをするため、佐久間は渋谷駅でマネージャー……というか社長の丸山と合流し、タクシーが向かう。
JHKだからなのか、あるいは相手が相手だからなのか、応接室のスケールもいつもよりいいような気がする。絨毯にソファ、絵などが飾られた応接室に入ることは、記憶を遡る限りない。
佐久間の直感が走った。
唐突に、もしかしたらドッキリなのではないかと思ったのだ。
ドッキリ番組を作るには自分の知名度が低いように思うが、何かしらの需要があるのかもしれない。
となると、もしもの事態には大袈裟に慌てふためく方がいいだろう。
(ここで天見優依の偽物が出てくる可能性もあるけれど、気づいているフリをしつつ、我慢するくらいがリアクションとしてちょうどいいのかしら?)
方針が決まり、相手が来るのを待つ。
時間前15分に来ていたが、5分前にノックがされた。「来た」と思うと同時に扉が開く。
「こんにちは! 天見優依です! 今日もよろしくお願いします!」
爽やかな挨拶とともに、まさに輝くような存在が入ってきた。どんな服を着ているのか、化粧の様子はどうなのか、そんな考えが吹っ飛んでしまう。オーラと輝きだけで周囲を圧するような真のスターがそこにいた。
(うわー、本物の天見優依だ。本当に存在していたんだ)
もちろんまだドッキリの可能性は否定できないが、これが偽物であるはずがない。
本物と会えただけで自慢になりそうだ。後でサインを貰おうと思うと。
「サラちゃん! 初めまして! あ、私が年下だからサラさんの方がいいですか?」
にっこり笑って両手で握手をしてくる。もうそれだけで異性同性なんて考えが抜けて抱きしめたくなるくらい尊い。
「と、とんでもないです。呼び捨てでも構いません。私は優依ちゃんでいいですか?」
「もちろん!」
愛嬌に満ちた満面の笑みである。
まさにこういうのを太陽と言うのだろう。
自分は彼女と比べると月であるが、月としての役割をきちんとこなしてこそ太陽もより魅力的になるはずだ。頑張らなければならない、と佐久間は思った。
「じゃ、別の番組の打ち合わせに行くので」
丸山が抜けて、代わりに局の人間が入ってきた。
(これは……私サイドの関係者が抜けたわ。いよいよドッキリが始まるのかも……)
いよいよ、その時が来た。佐久間が内心で頷いている間に、局の人間が名刺を出してくる。
「今回の番組責任者でJHKの乙井と申します。これから番組の説明をさせていただきます」
そう言って、乙井は話を始める。
女子2人の旅番組というのは間違いないようで、故にプロデューサーの話もたいしたものではない。
欠伸が出てきそうになるが、天見はそれを真剣に聞いている。その様子にますますドッキリを疑いたくなってきた。
(ここまで何もないわ。ここからドッキリになるとするなら、最初のロケ先がとんでもないところかもしれないわ。富士の樹海とか、心霊ツアーの名所とか)
番組ディレクターの話を待つ。
「第一回については、これは鉄板ということで銀座あたりを予定しているのですが」
(そう来たのね。多分若狭湾にある原発銀座とか、過疎地の銀座とかそういうびっくりするところに行くことになるのでしょう)
覚悟をしてリアクションも予想していると、乙井は気楽に話している。
「まあ、普通に有楽町方面から会話しながら歩いていく感じですね」
「え、若狭にも有楽町ってあるんですか?」
「……若狭?」
乙井が「何のことだ?」と目を見開いた。
「あ、失礼しました」
そこから更に番組の中身について話す。
「現時点では、喫茶店は銀座松屋のここを想定しておりまして、その後の食事については女子2人のイタリアンということでこの店を予定しています」
意表を突くような話、ドッキリになりそうな話は何もない。
「……すみません、これだと普通のロケにしか聞こえないのですが?」
ディレクターが目を丸くした。
「は? はぁ……普通のロケですが? 事務所から違う話を聞かされています?」
乙井がけげんな顔をして首を傾げた。
「あ、いえ……その、すみません……」
佐久間は頭を下げた。
ここまで含めたドッキリなら、もしかしたら成功かもしれない。
「サラちゃんって面白ーい」
天見が楽しそうに笑っていた。