佐久間サラ、本名草山紗羅は都内の大学1年生。
4年前から芸能事務所に所属し、時々タレント活動をしている。
一昨年、高校2年の冬に高校サッカー・全国選手権の大会マネージャーに選ばれた。
ここで彼女は予想外にサッカーに詳しいことを披露したが、「マニアック過ぎる」という評価も受けてしまった。サッカーファンからは好評だが、それだけで仕事が増えるわけではなく、芸能事務所としては使いづらい存在という評判を確立させてしまった。
その後、地味な仕事をこなしつつ、今に至っている。
「あけましておめでとう、サラちゃん」
元旦、事務所で初詣を行うので、一応顔出しした。
彼女の事務所は所属タレントが10人という小さな事務所である。
アットホームではあるが、それは仕事をガツガツ取りに行くところではない、ということも意味する。
そう認識しているが、この元旦、癒し系力士のようなぽっちゃりした社長の丸山千万夫は何かを成し遂げたという顔をしている。
「年始が明けたら大きな仕事があるよ」
「大きな仕事?」
年明け早々、エイプリルフールのつもりなのか。
あるいは自分に新しい仕事があること自体が「大きな仕事」ということなのか。
そんな程度で考えたサラは次の瞬間、驚愕する。
「4月から始まるJHK(ジャパン国営放送)の旅番組のサブナビゲーターに選ばれたんだ!」
「えぇっ!?」
JHKという言葉に驚くが、すぐに頭を切り替える。
「深夜番組ですか? 午前3時くらいの」
「違うよ。21時から始まるゴールデンタイム枠だ」
「100人くらいいるサブナビゲーターの1人?」
世界ワンダフル発見の不思議ハンターのような立場として選ばれたのではないか。
それならばありえそうだ。
「違う、違う、メインが1人いて、君が付き添いだよ。毎週、登場が確約されているから」
丸山の説明によると、女子の二人旅というテーマで、人気スポットなどを回るらしい。
ターゲットは若者……特に若い女性ということだ。
「本当にそんなものに出るんですか?」
「本当だよ」
「……ちなみにメインは誰ですか?」
「聞いて驚かないでくれよ、天見優依(あまみゆい)だ」
5秒ほど沈黙。
「えぇぇぇっ!?」
今度こそひっくり返らんばかりに叫んだ。
天見優依といえば、知らぬ者はいないほどの人気歌手である。日本でも年間6位とかなりのものだが、その人気はむしろ海外の方が高い。レイラー・スウィングやキラーナの次世代として注目されているとか、韓流アーティストに押されっぱなしの日本アーティスト界唯一の希望だという話もある。
それだけでなくその愛らしいルックスで女優やMCとしても活躍している。
歳は一つ下であるはずだが、スーパーな存在だ。
天見優依と旅番組に出演するとなれば、自身も世間から「天見優依の相方になっているのは誰?」と注目を浴びることは間違いない。海外の仕事も忙しい天見が日本の番組に出ること自体レアなのだから。
「もしかして、旅番組と見せかけて、実は私が途中で殺されるミステリードラマですか? 『金田次郎少年の事件簿』の最新版とか?」
この話には絶対にウラがある。佐久間はそう確信した。
もちろん、それなら断るというつもりはない。仮に死体役でも出る価値がある話ではある。
「いやいや、そんなことはないよ。たまにはうちの事務所を信じてくれたまえ……って言っても、ネタを明かすと向こうから君を指名してきたんだが」
「えぇ、天見優依サイドが私を?」
嬉しいというより理由が全く分からず、不気味ですらある。
知らないうちに彼女に害を与えていて、つけ狙われているのではないかという不安が押し寄せてくる。
「そうなんだよ。だから、ミステリー展開も満更否定できないのは事実だけれど、ちゃんと昨日契約してきたから。6日に顔合わせしてもらうけれども、それまでに事故に遭わないようにしてよ?」
「は、はい」
今年は外に出られない正月になる。
それが決定した瞬間であった。