一通り説明が終わると、乙井も次のスケジュールがあるということで出て行った。
部屋にサラと優依の2人が残される。
「ねえねえ、サラちゃんって、弟さんの進学先探すために色々頑張ったんだって?」
「えっ? えぇ、そうですが……」
コミュニケーション能力に問題を抱える弟・紫月が中学校を不登校になったことで、高校サッカーの大会マネージャーとなった時に、色々と調査をしてみた。
その結果として、「ここが良さそう」と思った高踏高校に弟を行かせて、今のところうまくいっているようだ。
「弟って可愛いよね?」
「優依ちゃんにも弟さんが?」
尋ねると満面の笑みで「うん!」と答える。
どうやら、これがパートナーに選ばれた理由のようだ。
弟想いに悪人はいない、ということなのだろうか?
しかし、大会マネージャーをやっていた時に弟の高校を探していたということは誰にも話していない。高踏サイドもそうした事情は公にしていないはずで、その情報を何故天見優依が知っているのかは不思議である。
(高踏高校から海外に行った颯田君がアイドル好きだというから、彼と優依ちゃんがどこかで一緒になって、その中から話した……?)
くらいしか考えられない。
天見もその様子に気づいたようだ。
「あ、サラちゃんのことはマネージャーが調べてくれたの」
「マネージャー?」
そこで初めて気づいた。
天見優依は1人である。
自分のような売り出し中の、言葉を悪く言えば二線級でも社長がついてきたのに、彼女のようなトップオブトップが1人というのは理解に苦しむ。
もちろん、「JHKなんて私の庭です」くらいの雰囲気を漂わせているので、彼女なら1人でも大丈夫なのだろうが。
天見が携帯を広げると、ツインテールの同じくらいの年代の少女が現れた。
『初めまして、佐久間さん。優依ちゃんのマネージャーをしている新居千瑛といいます』
「あ、佐久間サラです。よろしくお願いします。この度は、パートナーに選んでいただきましてありがとうございました」
『御礼を言われるようなことはしていないわ。優依ちゃんが、弟想いの人をパートナーにしてほしいって言っていたので調べただけだから』
「でも、よく調べられましたね」
『まあ、色々あるのよ』
マネージャーの新居は言葉を濁した。
敵対的な表情でも口調でもないが、その先は聞かない方がいい、というような雰囲気がある。
「と、とにかく、ありがとうございました」
早めに話を終わらせることにした。
そこからも「サラちゃんは弟を大切にしている」というような話をされる。
ピンと来ない部分もある。
弟をとことん大切にしているか、と聞かれると、正直そうとは答えづらい。
ただ、邪険に扱ったわけではないので。
(まあ、評価されているのならいいか……)
ひとまずそう思うことにした。
「優依ちゃんの弟さんって何歳年下なんですか?」
見ている印象では弟にメロメロだ。少し歳が離れていて、3歳とか4歳の可愛い盛りなのだろうか。
天見が上機嫌に「これなの」と携帯の画像を見せてきた。そこには2人の4歳くらいの子供が映っていて、片方が「YUI」、もう片方は「YUU」という服を着ている。
佐久間は少し背筋が凍えるのを感じた。
「えっと……もしかして、双子?」
「そうなの! 双子の弟なの!」
「そ、そうなんですか……」
答えた後、思わず首を傾げる。
(双子の弟って、そんな可愛いものなの?)
一卵性双生児の双子は特殊な感情をもつというのはあるらしいが、「可愛い」とかそういう感じの想いではないと聞いている。
どうにもよく分からない。
「最近は忙しくて、全然会えないんだけど、寂しくしていないかなぁ」
「優依ちゃん、忙しいですものね。どのくらい会っていないんですか?」
「7年くらい……2552日」
「ず、随分と長いですね……。日数まで……」
とはいえ、ありえないことではない。本格デビューは3年前くらいだったはずだが、それ以前から色々トレーニングを受けていたのだろう。
「そうなの。だから、心だけは一緒にいようと思って、毎日2人分のご飯を作って、一緒に食べているつもりでいるんだけど……」
「そ、それもちょっと……」
数日くらいならありえるかもしれないが、7年もエア弟と一緒に食事しているのも寒気のする話だ。
(こ、これがもしかしてドッキリ……?)
これが素なのか、ドッキリとして仕組まれていたものなのか。
結局分からないまま、佐久間はその日のスケジュールを終えた。
弟の話を離れると、天見優依はいつも通りの太陽なような少女へと舞い戻る。
だからこそ、自分が見た一面が素の天見優依なのか本当に気になるが、しかし、今日のことは誰にも言わない方が良さそうだ。
人は余計なことを知ろうとすると、長生きできない。
触らぬ神に祟りなし、なのだから。