――SIDE:野原花糸――
暗ぁい、暗い。
真っ黒な視界の中で、私は一筋の光を見た。
それは蒼い閃光だった。
闇夜を斬り裂く、真っ青な空の蒼。
"あの人"の色。
『良かった――』
私は思わず安堵した。
これで漸く、終わる事が出来る。
"未来"を託せる――
託した相手が"あの人"なら、私はもう安心だ。
呉羽さん、赤城君、皆――
私、頑張ったよ?
泣かなかったよ?
これから先、きっと"あの人"は苦しむだろう。現実が厳しくて立ち止まる事だってあると思う。
けれど大丈夫。
あの人ならきっと、成し遂げる。
一人でも、戦える――
心配事があるとすれば、それは……呉羽さんのこと。赤城君を抜いて――"塔"の中には七つの気配を感じていた。けれど、彼女の魂は何処にもない。
"カレ"が連れ攫った?
でも、何で彼女だけを――
……分からない。
分からないから、それだけが不安。
私が言える事じゃ無いけれど、
気を付けてね。
ソーマさん――
◆
「えぇー!? 惚れたァァッ!?」
「……ちょっと、美登里。アンタ声がデカいよ? 周りの客にも迷惑」
都内某所。
喫茶店の一角で、私達は『黄泉比良坂』の女子会を行なっていました。言い出したのは、屋代美登里さん。何でも春のボーナスが出たとかで、私達にお洒落なアフタヌーンティーを御馳走すると言ってくれたのです。「日がな一日ゲームばかりしているアンタ達に、私が女子らしい一時をプレゼントしてやるわ!」……と。言ったのは、屋代さんの言葉です。実際、地味な私では気後れしちゃって、こんなお洒落なお店には入れなかったかも知れませんね?
メンバーは5人。
某有名大学出身の鶺鴒呉羽さん。ジャズバーの店員をしているという漆原刹那さん。大手IT企業に勤める屋代美登里さん。出身は謎ですが、兎に角可愛いペトラ=アンネンバーグちゃん。
そして、都内の一般的な女子大に通う私。
何もかもがバラバラな私達が『レガシオン・センス』というゲームを通じて、こうしてお茶を飲んでいるのですから、不思議です。
現在の話題は呉羽さんの爆弾発言についてですね? 隣で聞いてて、私も思わず驚いてしまいました。眉目秀麗。才色兼備な呉羽さんが、まさかゲームの中で出会った人に恋をするだなんて……!!
「だって呉羽だよっ!? 黙ってりゃ優良物件が選び放題! 玉の輿放題な呉羽が、よりにもよってあの"亡霊"に惚れるだなんて……!?」
「……うぅ」
美登里さんの言葉に、耳まで真っ赤にして俯く呉羽さん。こう言った所も可愛らしいんですよね? きっと、本気でその人が好きなんだと思います。
「へぇ? マジなんだ……? 私はてっきり、呉羽は御剣とくっ付くんだと思ってたよ……」
紅茶を飲みながら、刹那さんが呟きます。
相変わらず冷静で格好良い。
「それな!? 赤城とは有り得ないとは思ってたけど、御剣と呉羽は私も"有る"と思ってたのよね!? いやぁ、当てが外れたわッ!!」
「ソーマは、格好良いよ?」
「そっか、ペトラちゃんは何度かリアルの彼と会った事があるんだもんね?」
「幼女とばかり遭遇する謎の亡霊男……ワンチャン、ただのロリペド野郎かと思ってたんだけど、まさか呉羽がねぇ……?」
「――で? どういう所が気に入ったの?」
「前に助けられたからとか、そういう理由!?」
「えぇっと……それは……」
二人に迫られて、困惑する呉羽さん。
助け舟を出した方が良いのかなぁ?
でも、私も気になります!
躊躇った呉羽さんは、手元の紅茶をぐいっと飲むと、カップをソーサーに勢いよく置きました。
まるでお酒の一気飲み。
アレで勢いを付けたのか、呉羽さんは迫る二人を見詰めながら、伏し目がちに口を開きます。
「ぜ、全部――……」
『……』
思わず、沈黙する私達。
想像以上に、ベタ惚れです。
この答えは、予想外――
「……あーしくった。今の発言録音して、赤城の奴にでも聞かせてやれば良かったなー?」
「泣いちゃうから止めなさい。彼、可哀想よ?」
「え、えーと、その、だから……!」
「はいはい、御馳走様ー。ケーキの食べ過ぎかしらねー? お姉さん胸焼けして来ちゃったわー?」
「……若いって良いわね?」
お姉さん組から揶揄われる呉羽さん。
ペトラちゃんは眠っていました。
良いなぁ……私も、あんな風に誰かを好きって言えたなら良かったのに。思い浮かんだのは、御剣さんの姿だ。何の取り柄も無い私を『黄泉比良坂』へと誘ってくれた人……私みたいな地味な女じゃ、きっと彼には釣り合わないよね……?
軽い片想いは、夢に消える。
それに、御剣さんは呉羽さんの事が好きなんだと思う。……何となくだけど、私はそう感じました。
この恋は実らない。
だけど――良いんです。
私は皆が好き。
黄泉に居る皆が大好きだから。
それだけで充分でした。
こんな毎日が――
「ずっとずっと、続けば良いのに……」