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物語が始まらない『煙草』

 ばあちゃんが死んだ。
 この国で煙草を買える最後の人間だった。

 80年前、煙草の購入可能年齢を引き上げる法案が通った。
 1年に1歳。全国民が煙草を買えなくなるまで、カウントダウンが始まった。

 当時、煙草を吸っていた大人たちは、自分には関係無いと煙草をふかし続けた。
 当時、まだ生まれていなかった僕たちは、生まれたときから煙草を買えなかった。

 ばあちゃんは煙草屋だった。
 そしてじいちゃんは愛煙家だった。

 じいちゃんはばあちゃんに一目惚れして、毎日煙草を買いに来た。
 店で売っている紙煙草の中で2番目に安いホープはじいちゃんのお気に入りだ。一番安い煙草じゃないのは〝じいちゃんのプライド〟らしい。

 じいちゃんは生涯紙煙草を吸い続け20年前に死んだ。大往生だったと思う。
 ばあちゃんは寂しそうに笑いながら、しかたないさね、と言っていた。

 ばあちゃんは死ぬその日まで煙草を買い続けた。
 じいちゃんの墓に新しい煙草を届ける為に。そして、この国の愛煙家たちの為に。

 ばあちゃんの元には、この国の愛煙家、正確に言えば紙煙草愛好家が度々訪れていた。
 この国で唯一煙草を買えるばあちゃんは、愛好家たちに煙草を配り続けた。

 金銭を伴った取引は、購入者も販売者も罰すると法律で決まっていた。だから、愛煙家たちは、みんな少し高価な果物やアクセサリー、子どものおもちゃなんかを持って集まった。ばあちゃんはそれと引き換えに煙草を渡し続けた。

 僕は煙草の煙はあまり好きじゃない。
 でも、ばあちゃんの煙草の恩恵を一番受けていたのも僕だと思う。

 だから僕は、この煙草を。ばあちゃんの遺産であるこの紙煙草を愛煙家たちに引き継ぐ義務がある。

「こちらが最後の一箱です。これをお渡しするには、一つだけ条件があります。」



「僕にも1本分けて頂けませんか?」


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