「こっち。近道なんだ」
言われるがままに垣根の隙間をくぐると、そこはザ・金持ちの庭だった。
ぐねぐねと枝を広げた松に、子どもの背丈はあるでかい岩。池には橋が架かり、赤や白の鯉がゆったりと泳いでいる。
黒光りする石の小道を進むと、いかにもな日本家屋が現れた。
雑巾がけが大変そうな廊下を、着物を着た女性がこちらへ歩いてくるのが見える。
「おい東條」
一歩遅かった。
俺たちを見つけた女性がすごい剣幕でこちらへやって来る。
「ぼっちゃん!どこから入ってきたんですか?コソ泥かと思いましたよ!」
身を固くする俺の横で、東條はゆっくりと女性に視線を向けた。
「ただいま戻りました。友人と約束があるので失礼します。」
動揺も畏怖もない淡々とした声だった。
女性が気圧されたのが分かる。助けを求めるように泳いだ目が俺を捕らえた。
ざっと上から下まで目を走らせると小さく「友人?」と呟いて口の端を引き上げる。
勝ち誇った目だった。私はこいつより上だという鈍色の目。その目が東條に...向いて...
気づいたら、走っていた。
バキバキと枝が折れる音がする。
楽しそうに揺れる赤いランドセルを追い越した。
角を曲がる。曲がる。
クラクションを振り切り、坂を駆け上がる。
ガチャガチャとランドセルの金具が叫ぶ。
心臓が痛い。
秋の風が肺を刺す。
苦しい。
苦しい。
息が...出来な...い
コンセントを抜かれたような強い衝撃と共に映像が消え、見慣れた天井に切り替わる。
フルスロットルで稼働する心臓を抑えるように呼吸を繰り返すと、質量が夢から身体へと少しずつ戻って来る。
ひときわ大きく息を吐いたとき、思い出したかのようにアラームが鳴り始めた。
202304頃 夢日記