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くろてんゲーム化エッセイ-43.進捗+世界包括神話-韓国(2)

おはようございます、遠蛮です。

先日ちょこっとお話しましたゲームの新規システム、アレ大枠でいけそうです。ツクールをベースとしながらほぼ完全に別システム、というか拠点争奪SLG(その中に個人戦としてRPGのシステムも残す)のシステムだったので不可能かなーと思ったのですが、およそ不可能と思われることもまず大丈夫、のお墨付きをいただきました。まあ、お金はたくさんかかりますけども。
概要としましては
・まず ○ ←のような「拠点」を設定。
・○と○を線でつなぎ、画面内部会話ウインドウをのぞく範囲にマップを自由に形成可能にするコンストラクション。
・また、シナリオをユーザー様が自在に追加できるよう、外部エディタの追加。このエディタ上でユーザー独自の顔グラ、立ち絵、イベントCG等々を使って完全オリジナルのイベントを作れるように。
・拠点の奪い合いによるSLGパート。AI種別は政戦両略を使い分ける「王覇」、状況により最適解をとる「天才」、我攻めの「猛者」、バランス型「中庸」、常に失策ばかりの「蒙昧」、能力にかかわらず消極策の「臆病」の6種。
・拠点では内政・外交・クエスト(任務)と、仲間との交友およびエロイベント。作品の展開(スイッチの状態や条件分岐)により娼館、出産、捕虜調教などあり。今回くろてんでは主人公が一般人の学生なため内政に関わることはないのですけども、汎用ゲームシステムとして完成したものにするため「君主」「士官」「一般」の3プレイスタイルに分けてプレイ可能に。内政はおもに「投資」による「軍資金」「食料」「霊的鉱脈」の獲得で、内政・外交に関してはできるだけシンプルに。外交も他勢力との好感度を贈り物などで上げて友好を結ぶか、喧嘩売って下げるかという程度に簡略化。簡単だけど自由度は高い、というシステムにしたいです。システムは結構変わることになりますがシナリオの大枠は変わらないので、くろてんゲーム版としては問題なし。
・都市vs都市の戦いは以前にもお話ししましたタクティカルコンバット。そして都市内部でのクエストや潜入戦は通常のツクール戦闘……なのですけどもここでも、「距離と高低差の概念」をお願いする予定。
……まだ企画段階ですし予算が及ぶかどうかという心配点はあるのですが、だいたい以上のようになります。より詳細なことは来年になって実際、システムが上がってきてから。納得のいくシステムが仕上がったら「ゲームくろてん」に「with汎用ゲームエディタ」としてリリースしたいところ。この場合別々で売り出した方がいいのですかね、ゲームプレイしたい人とゲーム作りたい人はイコールではないでしょうし。ともかく、単価は結構お高くなりそうと言う、それだけが気がかりです。ほとんど商業のゲーム作ってるのと変わらないような予算……数百万とか使ってるので。


それでは、今日は世界包括神話-韓国(2)。

 先日、「次は駕洛国の建国神話」と予告しましたけれども資料をあたるとちょっとだけムガ(巫歌)の開闢神話・創世神話がでてきましたので先にそれを。開闢神話といいつつ間違いなく仏教の流れを汲んでいるので、成立は相当降った時代であることは一目瞭然で見て取れます。

「天と地が生ずるとき、弥勒様が誕生すれば、天地はついて離れず。天は釜の蓋の取っ手のごとくに突き出て、地は四方に胴の柱を立て」
 これが「創世歌」の出だし。弥勒というワードからして仏教伝来以降の成立だと思われるのですが、天地ついて離れずという状態は中国神話の混沌から着想されたものと思われます。そして四方の胴の柱によって天地を引き離した、と。

 別の歌として

「天地混合は第一なり。
 如何なるが天地混合なりや。
 天と地の相つけるが混合なり。
 混合の後、開闢が第一なり。
 如何なるが開闢なりや。
 天と地のおのおの別れるが開闢なり」

 というのがあって、こちらがわかりやすいですね。最初、天地は混合(くっついて混沌としていた)であった、そこから天地が別れて開闢がなった、とされています。この歌には続きがあり、

「天地開闢はいかにして成れるや。
 天より朝露降り、
 地より水の露湧き出でて、
 陰陽相通ずれば天は子の刻に開き、
 地は丑の刻に開き、人は寅の刻に開く。
 天の頭は甲子年甲子月甲子日甲子時に子の方に傾き、
 地の頭は乙牛年乙丑月乙丑日乙丑時に丑の方に傾き、
人の頭は丙のほうへ丙寅年丙寅月丙寅日丙寅時に開き、
東方に歯を囲み、西方には尾を打ち、
南北方には翼を囲んで、もって天地開闢成る」

 ……天地は陰陽に通じることで開いて分かれ、甲子(一番目)のときに天が傾き、乙丑(2番目)のときに地が傾き、丙寅(3番目)に人が開いて、この順番で天地が創造されたということです。

ついで天とはいかなるものか。

「天とは如何なる天なのか、
青々と清い天なり。
戴くも三天、地下にも三天、智者にも三天、
三十三天九天三十三天、これが天なり。
天は怖い天、地は白砂の地、
天地の間には何が異なるや、山も水も異なる。
山水のうち何れが先に生ぜしや、区別できませぬ。
山が生じて水が生じたので山中に水が生じ、
水中で山が生じたので山が先に生じたと申し上げん」

 ……蒼く清い天が生まれた。それは天空と地下と智者の三界にあり、それぞれに三天があった。あわせて九天、さらに三十三天もあった……ということです。三は聖数ですね。仏教でもキリスト教でも、だいたい世界的に三は聖なる数です。三位一体。そして天地の山水について語ったあと、いよいよ人間が創生されます。

それによると。最初、人間たちの世には目がなく光もなく、ために東西南北の区別もできず、やむなく茫漠と暮らしていると、南方の国日月宮の子・青衣童子(青は五行思想における東方、最初の意)、かれの額と後頭部に目が二つずつ生えました。

ここで天の玉皇が都守門将を使わし、門将は童子の額から目を取って東方の摂提(ソプチェ。十二支の寅のこと)の地で玉帝に祈願します。すると天には太陽がのぼりました。こんどは後頭部の目を取って西方のソプチェで祈願すると月が生じました。これで世界は明るくなりましたが、どうにも、二つの目玉を使って生まれた太陽と月は二つずつあったので、暑すぎる日光に人は焼死し、冷たすぎる月光に人は凍死しました。ここで天地王という両班(ヤンパン=貴族、貴種の総称)が天下り、パジ王という女王と結婚。天地王は再び天に昇りますが、このとき懐妊していたパジ王は大星王と小星王という二人の道令(トリョン=若君)を産んみました。

……ということですが、突然パジ王という、どこに国があったのかわからんにもかかわらず女王様がいたことになってます。というか創世神話なのにそれ以前から人間いたことになってますし、熱い日光と冷たい月光でバタバタ死ぬほど、結構人がいるような……なんだか矛盾だらけです。

さておき。続けて大星王と小星王は父捜しの旅に出ます。15才になった大星王は母王に父王はいずこに? と効きました。パジ王はそなたの父は天地王である、と応え、大星王がその証拠を問うと、パジ王は一片の龍櫛と筆と一尋の糸、そして夕顔の種三粒を差し出します。これをどうせよというのかと問うと「正月初亥の日に夕顔の種をまけば、天の玉帝のもとにツタが伸びる故登っていけ」と。これに喜んだ大星王と小星王は母の言ったとおり種をまいて天に昇り、玉帝のもとを訪ね父王に会い、住所姓名を証して証拠の品を見せると親子であることが明らかになりました。

……なんというか、天神の裔というわりに置いていった形見がしょぼいですし、神様と半神親子の対面で住所姓名いちいち問い合わせないと神族だと認めないあたりがいかにも儒教チックでいやな感じです。そもそも神様がヤンパンという表現からして「ヤンパンでなければ人間ではない」なのかと。さておきまして兄弟は天に太陽と月が二つずつで人間が生きていられません、と天地王に言上、すると父王は重さ千斤の鉄の弓と矢を授け、「太陽を一つ、月も一つ射よ」と。地上に帰った兄弟は大星王が後ろの太陽を、小星王が後ろの月を射落とし、これによって天に太陽と月は一つずつに収まって人が住めるようになりました。そうしてほどよく明るくなった天には星がきらめき、東には東山明星、西には朧星、南方には老人星、北には北斗七星、星座の中央織姫・牽牛、夜中の明星は太白と他光星であり、二十八宿が星座の中心に定まって天地宇宙に秩序が通り、人が安心して生きられる環境になった、ということです。このあと、人間界を治める聖人と鬼神のあいだでどちらが偉いのかという論争がちょっと続いたりしますけども、そこは割愛。

次回はまた建国神話に戻って、今度こそ駕洛国をやります、それでは。

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