※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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しんどいことがあれば文を送ってこい。
そう伝えたはずの女から届いた文の中身は、なんてことのない近況と、国都でのやり取りの礼だった。
多少の縁が出来たとはいえ一日二日顔を合わせただけの赤の他人だ。
精々、こんな中身なら西の果てからあいつが上手くやることを祈ってやって終わりのはずだったのに、なんだかスッキリしねえ。
あれが、近況報告の文なんて送ってくるタマか?
いや、一日二日しか顔を合わせてねえのに何がわかるっつう話だが、どうしても違和感が拭えなかった俺は、ニヤニヤ笑ってやがる親父の顔面に一発入れ、何人かの家来衆を連れて国都に向かった。
もちろん殴り返されはしたがそれはまあいいや。
で、教会本部に顔出してみたら、お前には会わせねえの一点張りときた。
まあ、直近で頭を攫ったことになってるんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだが、ヘッセリンクなんてやってると疑い深くなっていけねえ。
手段は伏せるが、対応してくれた聖職者らしい兄ちゃんに口を割らせてみりゃあ、なんと神への反逆の罪で地下牢に入ってるっていうじゃねえか。
いや、腹抱えて笑ったわ。
教会の頭が反逆って、神さんもザマァねえな。
で、なぜか善良な市民である俺に刃物持って向かってくるヒョロい聖職者連中を丁寧にしばきながら地下を覗いたら、本当に捕まってやがるの。
顔見たら指差して笑ってやろうと思ってたんだが、あんまりしょぼくれてやがるからやめた。
「あの、ジダ様」
二度目の人攫いと洒落込む俺に、それまで大人しく肩に担がれてた女が声をかけてくる。
「あ? なんだ。今更やっぱりやめたはなしだぜ? 現状立派な人攫いだからよ。なら、せめてきっちり攫わせてくれや」
教会の頭を二度攫ったなんてことになれば、流石に王城あたりから兵を出されるはずだからな。
何しても捕まるなら、攫い切った方が達成感があるだろ。
「攫われることには大賛成なのですが、その、お屋敷とは逆方向では?」
あー、なるほどな。
「もし俺が方向音痴で道に迷ってるとか思ってるなら、その辺りにぶん投げて帰るからよーく考えて喋れよ?」
「ジダ様の腕の中、とても落ち着きます」
理解と手のひら返しが早いのはいいことだぜ?
まあ、腕の中じゃなくてどう考えても肩に担がれてるわけだがよ。
「心配しなくても屋敷には間違いなく向かってる。黙って荷物やってろ」
ちゃあんと向かってるさ。
オーレナングの屋敷にな。
俺が向かったのは、教会本部から十分離れた、屋敷とは逆方向にある古い家が密集した地域。
「ジダ様。こちらでございます」
女を担いだ俺を待っていたのは、ローブを着た爺いと、小型の馬車だ。
「わりいな。俺の小遣いから給金に色付けとくから勘弁しろよ」
「何を仰いますやら。幼い頃から見守ってきた坊っちゃまが、教会勢力の排除に着手されると聞けば興奮で夜も眠れぬほどです」
そんなもんに着手した覚えはねえよ。
俺がそう言うより先に、女が俺の名を呼ぶ。
「ジダ様、あの」
「勘違いすんなよ。別に教会をどうこうなんて考えちゃいねえよ」
親父と家来衆共がどう考えてるかまでは知らねえが、少なくとも俺は教会に興味はねえ。
そう伝えると、肩に担がれたままそうじゃないとぶんぶん首を振ってみせる。
「やるなら、徹底的にお願いいたします。腐敗したものは、元には戻らないと思い知りましたので」
重てえなあ。
いや、こいつそのものじゃなくて、こいつが背負ってる諸々がだ。
どう答えようか考えてると、爺いが口を開いた。
「若奥様、よろしいでしょうか?」
おいテメエ。
「はい、なんでしょう」
お前もなんでだよ。
「待て待て待て待て。おかしなやりとりしてんなよ。とりあえず乗れ。追手が来ねえとも限らねえからな」
なぜかジタバタ抵抗する女を肩から下ろして馬車に乗せようとすると、俺の言葉を聞いた爺いが薄ら笑う。
「追手? まさか。動いているのが爺だけだとでも? もう、終わっておりますとも」
何が、とか、どこまで、とかは聞くまでもねえ。
こいつが終わってるって言うならそうなんだろう。
「相変わらず動き早えな」
「素敵なこともそうでないことも、やるなら迅速丁寧、そして徹底的に。それが、ヘッセリンクでございます。特に今回はジダ様が若奥様をお迎えに上がると聞いて、皆浮き足だってそれはもう」
そう言って心から嬉しそうに笑いやがる爺いにこっちも心底げんなりしながら返してやる。
「今夜のことを素敵なことと捉えてるのがどうかしてるって気づけよ? あと、触れたかねえが、なんだよさっきからその若奥様っつうのは」
「あの朴念仁極まるジダ様が積極的に二度も同じ女性を攫いに向かったと聞けば、家来衆一同つまりそういうことだと認識しております」
「きゃっ」
きゃっじゃねえんだよ、きゃっじゃ。
「二度攫うって言うがよう。一度目は親父に売り飛ばされただけで、今回は気まぐれでしかねえ。おう。お前もちゃんと否定しとけよ。じゃねえと、本当に取り込まれちまうぞ」
「あの、お名前を伺っても?」
俺の注意を黙殺した女に名を問われた爺いが背筋を伸ばす。
「名乗りもせず大変失礼を。私はルクタス・ヘッセリンクが家来衆、ドリッチと申します。ジダ様のお目付役兼、何でも屋でございますな」
「始末屋の間違いだろ」
ルクタス・ヘッセリンクが聖者なら、このドリッチは異端審問官。
親父の敵は絶対に許さねえ、真性の狂信者だ。
始末屋呼ばわりされても、ニコニコ穏やかに笑ってやがるとこなんて、最高にヘッセリンクだと思わねえか?
「それも含めての、何でも屋でございますよ? それでは若奥様。なんなりとお尋ねください」
若奥様はやめろって抗議する俺をひたすら黙殺しながら、女が躊躇いがちに口を開く。
「ではドリッチ殿。ヘッセリンクに速やかに取り込まれたい場合は、どうすればよろしいのでしょうか」
「ふむふむ。いくつか手立てはございますが、一番手っ取り早いのは、毒蜘蛛と呼ばれる若者に愛していると囁かせることでございます」
「なるほど。頑張ってみますね!」