※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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「ジダ様。ジダ様? 起きてください。朝ですよ?」
外はすっかり明るくなっているというのに、目を覚ます様子もなくスヤスヤと眠るジダ様の体を優しく揺すります。
基本的には顰めっ面で、笑ったとしても皮肉げに唇を吊り上げることが多いジダ様。
しかし、今私の視線の先にある寝顔は、とても毒蜘蛛と恐れられている男性とは思えないほど可愛らしいものでした。
その可愛いお顔を眺めいると、ジダ様の瞼がゆっくりと開き、私と目が合うと掠れた声で言います。
「……おはよう?」
「おはようございます、ジダ様。お寝坊さんなのですね。家来衆の皆さんはとっくにお仕事を始めていらっしゃいますよ? さ、朝ごはんを済ませてしまいましょう」
そう言いながら私が水差しを差し出すと、抵抗する事なく受け取り口に含むジダ様。
喉を鳴らしながら水を飲み、水差しを私に戻し、再び目が合った瞬間でした。
「なにやってんだてめえ!! 許可なく部屋に入るなっつったろうがよお!!」
ほんの少し前まで寝ぼけていたとは思えない反応に、思わず笑みが溢れてしまいそうになるのをこらえながら答えます。
「許可ならいただきましたよ?」
「俺がそんな許可、出すわけねえだろうが!」
身を乗り出しながら叫ぶジダ様。
寝る時には何も身につけないらしく、露わになった引き締まった身体から目を逸らしながら、懐にしまっていた紙を手渡します。
その紙は、今朝程ルクタス・ヘッセリンク様からいただいた、ジダ様の自室への入室許可証。
それには、『いつ、どんな状況でも愚息の部屋への侵入を許可する』と記されています。
「クソ親父があ!! 殺す! 今日こそはあの腐れ聖者をあの世に叩き落とす!!」
ジダ様がベッドに立ち上がりながら、そう気炎を上げた時。
扉の向こうから明るく柔らかな声が聞こえてきました。
「まあまあ! 若奥様に起こしていただいたからといってそんなにはしゃいで、はしたない。婆やはそんな風に若をお育てした覚えはありませんよ?」
部屋に入ってきたのは、濃緑のメイド服を纏ったふくよかな女性。
彼女は、メイド長のレーダさん。
灰色の髪を一つにまとめた優しげな顔の老女に、ジダ様が鋭い視線を向けながら言います。
「こいつを部屋に入れたのはてめえか? レーダ」
歯を剥き出して問い質す毒蜘蛛様。
普通の女性なら、恐怖で言葉を紡ぐことすら困難でしょう。
しかし、レーダ様は一切動じる様子がありません。
それどころか、だったらどうしたとばかりにニヤリと笑ってすらみせました。
「そうですが? ルクタス様より、若奥様から求められれば若の部屋の鍵のことごとくを解放せよと指示を受けておりますので」
先程私がお願いすると、昨日壁をぶち抜いて設置された部屋と部屋を繋ぐ扉の鍵を、一切躊躇うことなく快く開けてくださったレーダ様。
聖者様に、心からの感謝を。
「なあ、婆や。やっていいことと悪い事があると思わねえか?」
「それはあるでしょう。このレーダ。他の頭のおかしい家来衆と違い、そこまで世間からズレておりません」
「なら、なんでこいつを止めなかった?」
「やっていいことだからですが?」
一連のやり取りを終え、ガシガシと乱暴に髪をかき回しながら深々とため息をつくジダ様。
乱れたお髪もまた素敵です。
「よっし。今日も安定して話通じねえし、今ので完全に目え覚めたわ。……お前、朝飯は? まだなら一緒に来い」
ジダ様が、レーダ様から渡された上着を羽織って目に毒な肉体美を隠しつつ、そんなことを仰いました。
本音を言えばもちろんご一緒したいのですが、グッと堪えて首を横に振ります。
「この格好を見てお分かりになるとおり、仕事中でございます」
今の私は、レーダ様とお揃いのメイド服を身に纏うヘッセリンク伯爵家のメイドであり、現在は朝のお務めの途中。
決してジダ様の寝顔が見たいなどという自らの欲望に従ったのではなく、あくまでもメイド仕事の一環としてお部屋に侵入したことを、一点主張させていただきましょう。
「ちなみに、このあと家来衆の皆さんからジダ様の子供の頃の話を聞きながら朝食をいただく予定にしています」
そう言いながらレーダ様に視線を向けると、優しく微笑みながらも、任せろと言うように力強く胸を叩いてくれました。
「お生まれになってからこれまでのジダ様について、余す事なくお伝えいたしましょう。婆やの名に賭けて」
「素敵です、レーダ様」
あまりの頼もしさに思わずその豊満な身体に抱きつくと、よしよしと髪を撫でながらレーダ様が言います。
「若奥様。ぜひ婆やとお呼びくださいませ。若は私の宝物でございます。そして、そんな若が選び欲した貴女様もまた、この婆やの宝物。もし若奥様を害そうするものあれば、この婆やが排除して差し上げます」
「レーダ様が? まあ。まるで毒蜘蛛様のような仰りようです」
教会から逃げ出し、不安定な立場にある私を安心させるためにそんなことを言ってくださっているんだ。
そう思って胸が一杯の私に、ジダ様が真剣な顔でこう言いました。
「今のところ選んでも欲してもいねえが、とりあえず気をつけろよ。見た目は虫も殺さなそうな婆さんだが、その辺の魔獣なら素手で縊り殺すぞ」