※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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夜。
ねじって棒状にした布を頭に巻いたドリッチが、大きな木槌を抱えて入ってきました。
「ジダの部屋の壁はぶち抜けましたか?」
何でも屋を自称するこの老臣にかかれば、部屋の壁を壊すことなど赤子の手を捻るよりも簡単なはず。
しかし、ドリッチは無念そうに目を瞑り、首を振りました。
「最後までジダ様の激しい抵抗に遭い、やむなく断念いたしました。しかし! 妥協案として、ぶち抜くのを全面ではなく一部に留めたうえで、そこに扉をつけるということで折り合いがつきましてございます」
おやおや。
せっかく二人の愛の巣を作ってあげようと思っていたのに、しようがない子ですね。
まあ、自由に部屋の行き来ができるところを落とし所にできたなら及第点でしょう。
「ご苦労様です。私の息子なのに照れ屋さんですからねあの子は。まあ、そこが可愛いところなのですが」
「はっ。若奥様に振り回されて表情をコロコロ変えていらっしゃるところなど、眼福にございます。幼いころのジダ様は、それはもう可愛いお子様でした。そう、たとえば」
この状態のドリッチを放っておくと際限なくジダ語りが続くので、ある程度のところで止めないといけません。
「そこまでです、ドリッチ。いつも言っていますが、あまり甘やかしてはいけませんよ? あの子には才能があります。ヘッセリンクとしての、そして狂人としての才能がね。その才能を枯らさぬよう、厳しく育てなければ」
息子を甘やかしたい気持ちをぐっとこらえて厳しく振る舞わなければならないこの辛さ。
これがなかなか家来衆には理解してもらえません。
趣味で厳しくしているわけではない。
どれだけそう訴えても誰一人信じてくれないのだから、日頃の行いを反省せざるを得ませんでしたね。
「厳しく? その役割はルクタス様にお任せいたしましょう。私は、ジダ様の爺やとして甘やかすことに専念いたしますので」
ドリッチが飴で私が鞭ですか?
それはずるい! と声を上げたいところでしたが、残念ながら仕事のことを思い出してしまいました。
「鞭といえば、ドリッチ。教会に鞭をくれる方法について、貴方はどう考えますか?」
『教会の増長が目に余る』
お披露目の儀式が行われる前に王城側からもたらされた情報。
たったそれだけですが、それだけだからこそ陛下の不満がわかるというものです。
陛下に目をつけられる段になっては放っておくわけにもいかないと十貴院で対応を協議した結果、今回は私達ヘッセリンクが動くことになりました。
いやあ、ジダとグリエ殿があのお披露目の儀式で出会ったことは、面白い偶然でしたね。
そんなことを考えていると、ドリッチが真顔で言います。
「消してしまって構わないかと」
聞いたのは、鞭を与える手段であって、鞭を与えた後の結果ではないのですが。
「理由を聞いても?」
「一昔前ならともかく、今の連中は金儲けにしか興味のない俗物の集団でございます。あれなら、必要悪と呼べる分闇蛇の方がまだ存在価値が認められる。違いますかな?」
闇蛇。
過去、どこぞの貴族が必要悪として生み出したと言われる暗殺者組織です。
まあ、今となっては教会と比べられる程度なのでお察しという状態ですが。
「まさか、教会の皆さんも闇蛇以下と評されているとは思わないでしょうね。可哀想ですが……、まあ愉快だ。ただ、教会を消してしまうとまた色々権力欲に塗れた老害達がしゃしゃり出てくる可能性がありますからね。消すのではなく、今回は削る方向で考えましょうか」
権力に取り憑かれたジジババというのは本当にどうしようもありませんからね。
軽く頬を張ったくらいではすぐにその痛みを忘れてしまうし、かと言って強く叩き過ぎると壊れてしまう。
なので、ジジババの陣取り合戦に使われないよう、教会のあれやこれやをそぎ落とし、規模を縮小したうえで存続だけはしてもらおうというわけです。
そう方針案を伝えると、規模縮小に留めることが不満だったのかドリッチがやや顔を顰めたものの、反論はせずに頷きました。
「御意。ルクタス様、若奥様にはこのことは?」
教会関係者であり、次代の指導者であるグリエ殿に、私達が教会を攻めることを伝えなくていいのか、と問うてくるドリッチ。
始末屋と呼ばれ、他者の命を奪うことになんの痛痒も感じないような男ですが、グリエ殿のことは気に入ったようです。
今日一日、共に部屋の壁をぶち抜く交渉に臨んだことで情が湧いたのかもしれません。
が、それはそれ、これはこれ。
「教えなくて結構。まだ、あの子が真に味方かわかっていませんからね」
ドリッチが、そんな私の言葉に目を丸くします。
「あれで敵なら立派なものですが。どう考えても腹芸が得意な方ではないでしょう」
「あくまでも念には念を入れて、です。グリエ殿のことは個人的にはとても気に入っているので、世間と彼女が許すならぜひ息子の妻として迎え入れたいと思っています」
「ジダ様の意向はよろしいのですか?」
息子の意向?
「聞くまでもないでしょう。なぜといって、私はあれの父親ですからね」
見ればわかります。
ジダはグリエ殿のことを嫌いではない、というかはっきり好いている。
私も妻に惚れた時はあんな顔をしていましたからね。
陛下のため、なにより愛する息子のために、教会にはここで表舞台から退場していただきましょうか。
「神のシモベを自称しているくせに、狂人に『聖』の字を奪われた愚か者達に仕置きを行います。全員、私から指示あるまで待機するよう伝えてください」
「ルクタス様の仰せのままに」