※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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嘘に塗れた今の教会に唾を吐き続けた私が、そんな教会の指導者に選ばれるのだから人生というのはわからないものです。
確かに私は三代前の指導者の孫なだけでなく、水魔法、特に癒しの力に長けているかもしれませんが、現在の指導者層にはっきり反旗を翻してきました。
そんな反体制まっしぐらな私を積極的に頭に据えたい理由が、史上稀に見る癒しの使い手である当代ヘッセリンク伯爵、ルクタス・ヘッセリンク様に対抗し、教会の権威を取り戻すためだというのだから呆れるほかありません。
仕方ないではありませんか。
長い時間をかけて理念が腐り切り、内部で権力争いすることにしか頭が回らない教会より、思惑がどうであれ分け隔てなく怪我を癒してくれるヘッセリンク伯を民が崇めるのは当然のことです。
なぜそれがわからないのか。
教会を率いる立場になることを打診されてからもそのことを何度も訴えましたが、結局理解されることはありませんでした。
『聖者』という、教会関係者にこそ相応しい冠を、よりによって狂人と呼ばれる家の主に奪われた。
そんな嫉妬に囚われた教会の有り様こそ、狂っていると呼ばれて然るべきという状況に、私の心は暗く沈んでいきました。
そんななか、王城で内々のお披露目が催されたあの日。
控えの間から逃げ出したのは、ほんの気まぐれでした。
普段の品行方正かつ聞き分けのいい従順な私なら絶対にそんなことはしなかったのですが、この時は教会と私自身の先行きが全く見通せないことに、精神的にまいっていたのだと思います。
そうでなければ、ろくに運動もできないことを忘れて窓から飛び降り、木の枝に引っかかるなんて無様を晒すことはなかったでしょう。
そのおかげで、あのジダ・ヘッセリンク様と知り合えたのは不思議な縁でしたが、なんとも格好のつかない出会いではありませんか。
ジダ様はだいぶ呆れていらっしゃったようですが、なんと、紆余曲折を経てジダ様は私を攫ってくださいました。
ヘッセリンクが世に送り出した新たな狂人、毒蜘蛛。
そんな噂は私の耳にも入っており、どんな乱暴者なのかと思っていたのですが、実際のジダ様はというと乱暴なのは言葉だけ。
私を抱きかかえて走る間、気持ち悪くないか、怖くないかとぶっきらぼうに声をかけて下さる様は、とても『毒』の文字を背負っているとは思えません。
その後、ヘッセリンク伯から、お披露目から逃げ出した私の立場が悪くならないよう、ジダ様が積極的に攫ったことにすればいいと提案されたことには本当に驚きました。
むしろこの方こそ『毒』を背負うべきでは? と思わざるを得ないほど簡単に息子を売り飛ばすことを決めた姿を見るに、ああ、こちらは本当に狂人と呼ばれるに相応しい方なのだなと。
教会の指導者の座に就いた暁には、この方と対峙しないといけないのかと思った瞬間、膝の震えが止まらなくなったものです。
あの時の私は、上手く笑えていたでしょうか。
ヘッセリンク伯とジダ様に王城に送り届けていただいた後、私は改めて教会の在り方を変えるべきだと強く主張しました。
今の腐敗した組織では、民からの信頼は得られない。
先人達が教会という組織を立ち上げた際の教えに立ち戻り、一からやり直すべきだと。
力を貸してほしいと頭を下げましたが、やはり受け入れられることはありませんでした。
彼らは彼らなりに、教会という器を守ってきたという正義と自負があることは理解しています。
しかし、私は敢えてそれを悪だと断じ、教会を駄目にしたのは、ヘッセリンクに『聖者』の冠を奪われる原因となったのは貴方達自身だとそう批判したのです。
すると、それが彼らの誇りを酷く傷つけたのでしょう。
あれよあれよという間に拘束され、幼い頃から教会本部になぜこのような設備が? と不思議でならなかった地下牢に放り込まれてしまいました。
魔法を使えば彼らを抑えることなど容易かった。
しかし、力づくで事を運べば、必ず遺恨が残ってしまう。
それでは何も変わらないではありませんか。
そう思っていたにも関わらず、結局、何も変えることができなかったどころか、仲間であるはずの教会関係者の誇りを傷付けるだけの結果に終わってしまった自らの無力感に苛まれながら、涙だけは流すまいと唇を噛み締めて牢の壁にもたれた時。
そういえば、戯れにオーレナングに文を送ったことを思い出しました。
本当に逃げ出したいくらい辛いなら文を送ってこいと仰ったジダ様。
物語の中なら、その文を受け取って全てを察した主人公が、颯爽と駆けつけるのでしょう。
「よう。えらいことになってるじゃねえか」
そう。
ジダ様が主人公なら、きっとそんな風に言いながら、面倒くさそうに眉間に皺を寄せるかもしれません。
「おい、大丈夫か? とりあえずこの教会にある意味がわかんねえ牢、壊しちまうぜ? 文句があるならあとで親父に請求しろや」
古びた鉄格子が蹴り折られた音が、私を現実に引き戻しました。
「……なぜ?」
我ながら、あまりにも間の抜けた問いかけです。
だって、仕方ないではないですか。
何度でも聞きましょう。
なぜ?
「あ? そりゃあお前。ほんとにしんどいなら文を送れって言ったら本当に届くじゃねえか。様子くらい見に来るだろうがよ」
「普通は、見に来ません」
見に来ないんです。
文にも、お礼と近況しか書かなかった。
なのに。
「だったら俺は普通じゃねえんだろ。クソッタレなことに、ヘッセリンクなんだから仕方ねえ。おら、立てるか?」
お世辞にも趣味がいいとは言い難い、毒々しい蜘蛛を縫い取った服を着たジダ様が手を差し伸べてくださいましたが、私は首を横に振ります。
「無理です」
あまり人に甘えた記憶がない私ですが、この時だけはどうしてもこの方に甘えたくなりました。
ジダ様がどうするかと見ていると、躊躇うことなくあっさりと私を肩に担いでみせました。
「じゃ、運んでやるから大人しく荷物しとけ。とりあえずうちの屋敷までいくぞ。その後のことは、親父がなんとかするだろ」