※本編のオマケです。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの馴れ初めを気が向いたらこちらにアップしていきます。
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親父に無理やり連れてこられた王城。
親父だって宴だ社交だって柄でもねえくせに、今回ばかりはどうしても外せねえらしい。
なんでも、陛下からの名指しで十貴院やら力のある貴族が集められたんだとか。
じゃああんた一人で行けよっつったんだけど、お袋が俺に会いてえって言ってるっつわれたら無下にもできねえ。
渋々ついて行った国都で聞かされた有力貴族が王城に集められた理由は、唯一神レメシオを祀る教会の頭が交代することについての事前通告だとかなんとか。
鬱陶しい。
教会が権威無くしてどんだけ経ってると思ってんだ。
まだ近所の貴族の代替わりのほうが重要だわ。
宴には参加しねえはずだったのに親父に言いくるめられて王城に連れて来られ、最後列で見学させられることになったが、まあ儀式だなんだって長えこと長えこと。
ついつい欠伸なんかしようもんなら顔も知らねえおっさんが偉そうに説教してきやがるからじゃあいいやってんで部屋を抜けてやった。
あとは親父が上手くやるだろ。
帰ったら森に吊るされるかもしれねえが、それはまあ未来の俺が引き受けてくれるってつうことで。
王城の庭に出ると、外はもうすっかり暗くなってやがった。
どんだけ祈りの言葉捧げてやがったんだあのおっさん達。
流石に親父を置いて帰るわけにもいかねえから、暇つぶしに王城の外周を一回りすることにした。
すると。
「そこのお方、そこのお方。手を貸していただけませんか?」
「あ?」
助けを求める女のか細い声。
こんな時間、こんな場所で聞こえていい声じゃねえ。
警戒しながら周りを見回すと、さらに声が聞こえた。
「上でございます。もうちょっと。もうちょっと、はい! そこです。ごきげんよう。とてもいい夜ですね」
誘導に従って視線を上げると、小柄な女が今にも折れそうな木の枝にしがみついてやがった。
あー、ああいう手合いには近づいちゃいけねえっつうのが我が家の家訓だ。
見なかったことにして散歩に戻ろうとすると、上から慌てたような声が降ってくる。
「ああ! 絶対目が合ったというのに行かないでくださいませ! 派手な蜘蛛の刺繍が素敵なお召し物の貴方でございます!」
……この服の良さがわかるなんざ、なかなかいい目してるじゃねえの。
「おう、なんだってんだお嬢ちゃん。こんな夜更けに、しかも王城の庭で木登りなんていい趣味すぎて近づきたくねえんだが」
「木登りではありません。あそこの窓から飛び降りたら引っかかってしまっただけでございます」
女が掴まってる木の側には、城の二階の窓が開け放たれたまま風に揺れてやがった。
どうやら、本当にあそこから跳んだらしい。
俺や親父なら怪我一つしねえだろうが、城の女がそれをやったならやんちゃが過ぎるってもんだ。
「理由は知らねえが、イカれてんのか。ってまあ、俺に言われたかねえだろうがよう」
知らねえ人間が怪我しようが知ったこっちゃねえんだが、言葉まで交わしちまったからには見て見ぬ振りもできねえ。
木に登り、プルプル震えてやがる女を捕まえると、肩に担いで飛び降りた。
まあ、魔獣に比べたら軽いもんだ。
「助かりました通りすがりの貴方。私はグリエと申します。なにかお礼ができればいいのですが、何分何も持っておりませんでして」」
丁寧に頭を下げた後、何も持ってないことを証明するためか、手を開いたり閉じたりしてみせる女。
「いらねえよ。子猫を木から下ろして礼なんか求めねえだろ。じゃあな。あんま変なことすんなよ? 女子供でも怪しい動きしてたらしょっ引かれるからな」
「まあ、子猫だなんて」
頬に手を当てて微笑む姿に力が抜ける。
人の話を聞かねえ奴だな。
全く調子が狂うぜ。
「しょっ引かれる方を頭に置いとけっつうの。変わり者かよ」
「変わり者ですねえ。貴方と一緒ですよ、ジダ・ヘッセリンク様。なぜ? と仰りたいようなお顔ですが、わかって当然です。それだけ派手に毒々しい蜘蛛を刺繍したお召し物で王城にいらっしゃる殿方など貴方だけだともっぱらの噂ですから」
毒々しいっつうのは引っかかるが、確かにこんな格好で王城に来るのは俺くらいだろうなあ。
こんな得体の知れねえ変わり者にまで知られてるとは思わなかったが、こっちは元から素性を隠すつもりもねえ。
「ジダ・ヘッセリンクだ。不思議な縁だが、変わりもんどうし精々小さくなって生きていこうじゃねえか」
これ以上用もねえからじゃあな、と手を振って散歩に戻ろうとすると、なぜか小走でついてくる女。
「私が存じ上げているジダ様の噂は、とても小さくなって生きていらっしゃる印象はないのですが」
置いていかれないよう早歩きをしつつそんなことを言いやがる。
まあ、見解の相違ってやつだな。
「小さくなってるさ。もし俺が好き勝手生きてみろよ。この建物の主の首くらい、とっくに狙ってるかもしれねえぜ?」
不敬罪まっしぐらな言葉を吐くと、女は口元を両手で覆い、驚いたように目を丸くした。
が、次いで俺の想像を上回る言葉を吐いてくる。
「まあ! もしそれを為される際には、教会方面の偉い方の首も一緒に狙っていただけると幸いです」
なんつうことを。
いや、それこそ俺に言う権利はねえが……、こいつ。
「……まさか教会関係者かよ。待て。グリエ? さっき、新しい教会の頭の名前がそんなんだったって親父が言ってたような。はっ、まさかな」
ないない。
いくら教会の実態がハリボテでも、その頭に選ばれるような人間が城の窓から飛び降りて木にぶら下がってるような生き物なわけがねえわ。
「どうも、教会の新しい頭です」
嘘だろ!?
くそっ、なんの巡り合わせだ!
「ばっかお前、さっさと城に戻れ。城の奴らにこんなとこ見られてみろ。自分で言うのもなんだが、普段の俺の素行を考えたら、速攻でしょっ引かれちまうだろうが!」
今頃城ではこいつのお披露目の宴が進んでるはずだ。
クソ長え前振りの後に登場予定のこいつが決められた場所にいねえなんてことになったら確実に騒ぎになる。
で、いざ見つけてみたら外で俺みたいな札付きと一緒?
最悪だ。
「日頃の行いとは大事なものですねえ」
焦る俺を見て、可笑しそうにコロコロと笑う女。
誰のせいで焦ってると思ってんだ!
「お披露目の宴だってのに抜け出そうとして木に引っかかってたでけえ猫が言うじゃねえか」
この先の動きに頭を巡らせながら皮肉を返すと、なぜか女がさらに笑みを深める。
聖職者?
獣の間違いだろその顔。
「変わり者には生き辛い国なのです。いっそ、オーレナングに向かってしまおうかしら。貴方のような変わり者を極めたらしい方がいるなら私のそれが薄まりそうなので」
「黙れ変わり者。そんなことになったら教会関係者誘拐で家ごとお尋ねもんだろうがよ」
「その時こそ陛下と教会関係者のクビを取るいい機会では? 私も陰ながら応援しております」
ダメだ、話通じねえ。