以下は、4/26投稿分、第616話の没verです。
フリーマ目線で書いていたのですが、あまりにもフラグ感が漂ったので没にしました。
いえ、北にはいくんですけどね?←
こんな展開もありましたということで、こちらで公開させていただきます。
ご覧いただく際は、ノークレームでお願いします( ͡° ͜ʖ ͡°)
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前を見ても横を見ても苦み走った魅力に溢れたおじ様というまさに楽園のような空間に、あまり得意とは言えないお酒が進む。
ザロッタ君が作ったらしい濃い味付けのおつまみも飲む速度を挙げている要因だろうか。
レプミアの最も西にあり、凶悪な魔獣の生息地である森から国を守り続けるヘッセリンク伯爵家の本拠地。
縁があって、ここ数年そんな危険地帯にたびたび足を運んでいるが、まさかこんなご褒美が待ち構えているなんて、過去の私に教えても信じないだろう。
あの鏖殺将軍ジャンジャックをはじめとしたヘッセリンク伯爵家に仕える素敵な男性に囲まれてお酒をいただけるなんて。
「フリーマ先生はカニルーニャ伯爵領のご出身でしたか。それは存じ上げませんでした」
年輪を感じさせる顔の皺が渋さを一層演出しているハメスロットさんが私の空いた杯にお酒を注ぎながら言う。
「ええ。なので私はハメスロット殿のことを存じ上げておりました」
私がそう答えると、ハメスロット殿の横に座るジャンジャック殿がその肩をバンバンと叩いた。
「ほほう。この堅すぎるほど堅いハメスロットさんが前職でどんな評判だったのか気になるところですね」
ニヤニヤと笑うジャンジャック殿に酒の肴にされた形のハメスロット殿だったけど、気を悪くした風もなく軽く肩をすくめる。
「私の評判など領民の皆さんに知られていたわけがないでしょう。職務上、表に出ることなどなかったのですから」
「いえいえ! カニルーニャ伯爵様の右腕を務める切れ者という噂が聞こえてきていましたし、私は子供の頃直接ハメスロット殿にお菓子をいただいたこともあるのですよ?」
特徴的な名前だし、この私がおじ様の顔を見間違うはずがない。
伯爵様のお言葉を聞きに行くと必ずお菓子をくれたおじ様。
それがハメスロットさんだった。
「あらら、ハメスのとっつぁん、あんた昔から子供に菓子配ってたのかい? 子供好きは変わらないね」
「年に一度、領民の皆さんに向けて伯爵様がお話しされる際、当時の同僚と集まった子供達に菓子を配っていましたが。まさかあの中にいらっしゃったとは」
オーレナングにきてからもこっそりユミカちゃんにお菓子をあげていることを指摘されて首を振るハメスロット殿を見て、皆さんが一斉に笑う。
くっ、笑い声すら渋い。
「まったく、縁というのは不思議なものです」
ひとしきり笑うと、オドルスキ殿がしみじみとそんなことを呟く。
「オドルスキはブルヘージュから、ハメスのとっつぁんはカニルーニャから、ジャンジャックのとっつぁんは国軍上がりでおっちゃんは闇蛇」
マハダビキア殿が指差ししながら皆さんの前歴を口にする。
ビーダー殿が闇蛇とか聞こえたけどきっと気のせいだろう。
似た名前のお店でもされてたのかもしれない。
「あれ。オグはどこの出だったっけ?」
「私は隣のカイサドル出身だな。領軍はほとんど近隣出身さ。でなければ好き好んでオーレナングになど来ないだろう?」
「そりゃそうだ。まあ、基本的にはみーんな外から集まってるんだから不思議だよな」
これはヘッセリンク伯爵家の治めるオーレナングに領民というものがいないのだから仕方ないのではないだろうか。
外から人を集めているのにこんなに素晴らしい面子が揃っているのだから、個人的には奇跡という他ない。
「そう言う貴方も外の人間でしょう。一番遠くからようこそオーレナングへ」
「マハダビキアさんは、どちらから?」
いけない。
ヘッセリンク伯爵家の人間ではない私がこの場で調子に乗ってはいけないと自制していたのに。
聞いてしまってから慌ててやっぱりいいと伝えようとすると、マハダビキア殿はまるで気にした風もなくいつもどおりの軽い調子で答えてくれた。
「ん? おじさんは北の国からだね。思えば遠くへ来たもんだ」
北の国。
レプミアの北にはいくつか国があったはずだけど、今の私にこれ以上詳しいことは必要ない。
今は謙虚にこの場の空気を楽しませていただこう。
「しかし、レックス様はこの短期間で東、西、南へ向かわれました。この勢いで北へ! とならないことを切に願っていますよ」
マハダビキア殿の北という言葉を受けてジャンジャック殿がそんなことを言い出すが、これも多分聞いてはいけない話だと思われるのでニコニコしながらお酒を飲むのみ。
「流石にそれはないでしょう。と、言い切れないのがレックス・ヘッセリンクの恐ろしさですな」
オグ殿が笑いながら首を横に振ると、ハメスロット殿も深く頷いた。
「絶対にないことなどヘッセリンクにはない。エリクスさんとデミケルさんには口を酸っぱくして伝えているところです」
「子供達が成長したら、オーレナング生まれオーレナング育ちの家来衆になるのですね。未来は明るい」
普段は真面目な顔で屋敷の警備にあたっていらっしゃるオドルスキ殿も、周りが自分より年上ばかりとあって楽しげに笑っている。
基本系が仏頂面の男性の緩い笑顔。
ご馳走様です。
「その明るい未来のためにも、もう少し人を増やす必要があるでしょう。少数精鋭といえば聞こえはいいですが、若い層の負担が重いように思います」
「一人二役三役は当たり前だからなあ」
人手不足は皆さんの共通認識のようで、揃って苦い表情を浮かべつつ杯を干すなか、ハメスロットさんが宥めるように笑う。
「伯爵様も本格的に人材発掘に乗り出すと仰っていましたから、多少なりともそのあたりは緩和されるのではないかと思います」
「人材発掘、かあ。それ、大丈夫かい?」
「どうしたマハダビキア。何か心配事か?」
オドルスキ殿の問いかけに、マハダビキア殿が遠慮がちに口を開いた。
「いや。うちの大将が人を増やそうとするたびに騒動が起きてる気がするんだよ」
「……まさか、気のせいだろう」
全員揃って気まずそうにするあたり、思い当たる節がありそうだ。
「ま、何が起きたところで妙なことになりはしないんだろうけどさ。最近不在が多いし、たまには落ち着いてくれたらいいって思ってるわけ」